おれとぼくの恋愛事情

 マユはしぶしぶ条件をのんだ。
 そして今に至っている。
 
 俺は結局、マユの強い押しに負けて取材を受けることになった。
 ただ、この取材には一つ明らかになっていないことがあった。

 それは、取材を受けるのは俺だけではなくもう一人相手がいるということだ。
 体育会系と文化系でそれぞれ活躍している人間を対談させ、それを記事にしようというものだった。
 その相手は取材当日まで教えない、との事だった。
 なんだそれ。
 どうせ相手が見つからないんだろ。
 そう思っていたが……。

 しかし、マユはやるとなったらやる女だ。
 取材当日、呼び出された美術室で待っているとドアが開いた。
 ガラッ。
 扉が開くと、そこには……。
 
 マユと……。
 俺は目を見開く。
 そこには白馬の王子様――いや、白城陽向がいた。一瞬、時間が止まったかのようだった。
 「琉生、お待たせー!」
 マユの声で我に返る。
 「では、お互い紹介するね。有名人だからね、知ってると思うけど、こちら白城陽向くん。で、こっちは清水琉生」
 俺がまともに白城陽向と向き合ったのは、この時が初めてだった。
  
 「いきなり写真からよりも軽くトークして気持ちをほぐしてからの方がいい写真が撮れると思うから、インタビューから始めてもいいかな?」
 俺と白城陽向は目を合わせるとうなずいた。
 「ではではー、お願いします!」
 「おう」
 「はい。いいよ」

 こういう時、コミュニケーション力の高いマユの存在はありがたい。
 「二人は初めて会ったってことでいいのかな?」
 マユは俺と白城の顔を交互に見た。
 「そうだよな?」
 「うん。」
 白城陽向が少し戸惑っているのを感じた。
 当たり前だ。
 たまに彼を校内で見かけるが、誰かとつるんでいる様子はあまり見たことがない。
 強いて言えば、高円寺沙羅が常に隣を陣取っていることくらいか。
 普段の様子からも、初対面の人間と気軽に会話するタイプでないことは何となく察していた。
 校内を歩いているだけで、女子たちが通路をあけ見物客化している白城陽向の存在は高貴な存在なのだ。自分から目立とうとしなくても自然と目立ってしまうタイプ。
 マユ、こういう時こそお前の出番なんだが……。
 ダメだ。あいつは白城陽向に見入っている。長所であるコミュニケーション能力が消え失せていた。完全に自分の仕事を忘れている……。はあ。
 それにしてもこんなに間近で白城の顔を見たことがなかった。
 薄い色素の瞳に透きとおるような白い肌。
 陽向からは、白い花を思わせる淡い香りがした。その奥に、清潔なホワイトムスクが静かに残っている。
 女子たちが白城陽向にキャーキャー言う理由もわかる気がした。
 男の俺でも惚れ惚れしてしまう。
 この調子だと、俺が会話を盛り上げるしかないのか。当たり障りのない事を話しかけてみた。
 「白城は美術部だよな?いつも何描いてるんだ?」
 「僕は油絵を中心に描いている。風景を描くことが多いかな」
 「油絵か……」
 絵画を見る習慣のない俺は油絵も水彩画も違いがわからない。
 困った顔をしていると、「油絵って言われてもわからないよね。代表的なもので言うとゴッホとかゴーギャンなんだけど、わかるかな……?」と白城が話し続けた。
 それでも俺がわからない様子を感じ取ったらしく、白城は美術室の棚からゴッホの画集を取り出し、ゴッホの自画像のページを開き「こんな感じ」と説明した。
 一概に油絵イコール”ゴッホ”ではないが、水彩画とは明らかに違うことは俺でも理解できた。
 「まあ、油絵って言っても、描き方は人それぞれだから、全部ゴッホみたいな作風ってわけではないけど」
 他にもゴッホと一緒に名前を言ったゴーギャン、フェルメール、モネなどの画集を広げ、熱心に説明してくれた。
白城の手が自然と目に入るので気づいたが、爪の先に絵の具が少し残っていることに気づいた。
 いつもは何を考えているのかわからないのに、絵の事になると口数が多くなる。
 とは言え、柔らかな物腰で静かに話すので、全くうるさくない。
 そんな彼の様子からは想像できない熱いものが隠されているような気がした。
 「絵画とか見る習慣がなくて、説明ありがとう」
 白城は目を細めてほほ笑んだ。