おれとぼくの恋愛事情

沙羅のことは、よく知っている。
 何を言いたいのか。何を望んでいるのか。どんな言葉を待っているのか。
 長く一緒にいすぎて、言葉にされなくてもわかってしまう。
 だからこそ、苦しかった。
 沙羅は何度も「私を描いてよ」と言った。
 そのたびに僕は、理由をつけて断ってきた。
 時間がないから。まだ構図が決まらないから。今は風景を描きたいから。
 嘘ではない。
 けれど、本当でもなかった。
 僕は沙羅を描けなかった。
 沙羅の優しさも、強さも、僕を守ってくれた過去も知っている。感謝もしている。
 でも、いざ描こうとキャンバスの前に立つと、手が止まる。
 沙羅の奥にある感情に、僕は応えられない。
 応えられないものを、描くことはできなかった。

 下書きがそろそろ終わるというところで、琉生が現れた。
 オレンジ色の西日が琉生を照らす。
 まるでヒーローのような登場だ。
 普段は堂々としているのに、少し戸惑いながら言った。
「……原稿、俺んちで一緒に読まないか?」
 嬉しい誘いだった。