おれとぼくの恋愛事情

 水曜は本来、授業が終わればそのまま帰る日だった。
 それなのにその日は、どうしても描きたい衝動に駆られて、美術室へ向かった。
 沙羅が迎えに来たけど、「美術室に寄る」と言って、先に帰ってもらった。
 先日から絵のテーマを考えていたのだが、せっかくなら、高校二年の思い出になるような作品にしたい。そう考えたところで、行き詰まっていた。
 でも、琉生と出会って、テーマが決まった。
 今の感情をそのままキャンバスに描きたい。
 テーマが見つかった嬉しさと、今すぐ描きたい衝動がぶつかり合っていた。
 美術室に着くなり、ストックしていたキャンバスを取り出し、色を薄くのせた。
 
 四月に間宮さんの取材を受けたことをきっかけに、清水琉生は、遠くから見るだけの存在ではなくなっていた。
 彼と会うたびに、知らなかった一面が見えてきた。
 最初、僕の中の清水琉生は、遠くから見るだけの存在だった。
 女子に騒がれるサッカー部のエース。
 まっすぐで、熱くて、少し眩しい人。
 でも、話すたびに、その輪郭が変わっていった。
 笑う時に少しはにかむこと。
 照れると目をそらすこと。
 誰もいない朝のグラウンドで、一人黙々と身体を動かしていること。
 外側だけだった清水琉生に、少しずつ中身が宿っていく。

 今まで人物を描いてこなかった理由は、そこにある。
 表面的に描くことはできても、その人からにじみ出る雰囲気や、思い、考えといった内面的なものを描く自信がなかったからだ。
 そこまで他人と深く付き合ってこなかったからとも言える。

 キャンバスの中では、柔らかな朝日が、まだ誰の足跡もついていないグラウンドを薄く染めていた。
 白いラインは、光を受けて少しだけ浮かび上がって見える。
 その真ん中に、琉生の背中があった。
 誰に見られるためでもなく、誰かに褒められるためでもなく、ただ自分のために身体を動かしている背中。
 その姿を見た瞬間、僕は思った。
 描きたい。
 清水琉生という人間の熱を、この静かな朝の中に閉じ込めたい。
 描ける。
 納得のいく作品が仕上がる。
 そんな予感がした。