おれとぼくの恋愛事情

 美術室に近づく足音が廊下に響いた。
 サーッとドアをスライドさせる音がしたと思ったら、小林だった。
 俺たちは慌てて身体を離したが、向かい合っている姿を見られたような気もした。
 小林に視線を向けると、今にもこっちに来そうな剣幕をしていた。
「おい、お前ら、そこで何してる!」
「ヤバッ!」
 説明できる状況じゃなかった。
 俺は条件反射的に陽向の手を取り、全力で走り出していた。
 小林に視線を向けると、俺たちの走り去る姿を見て、眉間に深いしわを寄せていた。
 
「もう、もう大丈夫じゃない?ここまでくれば」
 白城は身体を折り、両手を膝について、ゼーゼー言っている。
 長い廊下を走り抜け、二階から一階へ階段を駆け下りた。
 美術室から下駄箱までは、思った以上に遠い。
「だよな?」
 俺は後ろを振り返るが、小林の姿はない。
「琉生……。やっぱり速いね」
「まあ、本職ですから」
 俺の額から汗が噴き出していた。
「これ」
 陽向が白いコットンハンカチを差し出した。
 ハンカチからも、白い花の香りの奥に、ホワイトムスクがほんのり残っていた。

 どこまでも完璧だ。
 
 汗を拭くのがもったいない。
 この真っ白な汚れのないハンカチを俺の汗で汚したくなかった。
「わりい。洗って返す」
 でも、俺はハンカチを使わなかった。
 この香りが消えてしまうのが、惜しかったから……。