おれとぼくの恋愛事情

 サーッとドアをスライドさせる音がした。
 誰かが入ってきたのはわかっていた。
 俺の知り合いだったら声をかけるはずだ。
 でもそうしないということは……。
 ここで起きたら面倒な気がして、寝たふりを続けることにした。
 
 誰かが俺のそばに立ったが、それが誰なのかすぐにわかった。
 白い花を思わせる淡い香り。その奥に残る、清潔なホワイトムスク。

 白城陽向だ。

 起きるタイミングを逃してしまった。
 しばらく寝ておこう。
 白城はいつ出ていくのだろう。
 タイミングを待っていたが、白城は何かを描き始めた。
 自意識過剰なのかもしれないが、白城の視線を感じる。
 ますます起きづらい。

 白城がため息をついたところで、わざとらしくあくびをして起きた。
「あれ、白城?」
 俺たちは目が合ったまま、そこから逸らすことができなかった。
 
「そういえば、高円寺は?待ってるんじゃね?」
 何か話さないと、と思って開いた口から出たのは、その言葉だった。
「沙羅には先に帰ってもらった」
 なぜだろう、白城が「沙羅」と名前を口にするたびに、胸の奥が焼けて全身の筋肉がこわばった。
「そ、そうか」
「ぼくは忘れ物を取りに来たんだけど、清水君がいたから……」
 白城は持っていたスケッチブックを棚に戻した。

 沙羅。
 清水君。

 たかだか呼び方ひとつで、俺と高円寺沙羅の距離の差を見せつけられた気がした。

 俺は白城の後を追い、白城を後ろから抱きしめた。
「お願いがある。聞いてもらえるか?」
 白城の耳元でささやく。
 白城の耳は赤く染まり、小さくうなずいた。
「名前で呼んでほしい……。俺と二人でいる時だけでいいから……」
 俺は小学生か。
 ずっと胸の奥に引っかかっていた願いが、そのまま口から出てしまった。
「……わかった。……りゅ……せい……」
 俺は陽向の背中に顔をうずめ、ぎゅっと力を込めた。
「ぼくも名前で呼んでほしい」
「もちろん。陽向」
 俺と陽向は向き合い、おでことおでこを合わせた。
 お互いにクスッと笑った。