おれとぼくの恋愛事情

 一週間のうち水曜の放課後は完全に自由だ。
 美術部も塾もない。
 帰りの準備をしているところで、美術室に忘れ物をしていることに気づいた。
 1本筆を洗って干したままだった。
 自宅で描いている絵を仕上げたいが、筆が必要だ。
 教室の外で待っている沙羅に「ごめん。先に帰っていて。美術室寄ってから帰る」と伝えて、小走りで美術室に向かった。
「待ってるけど……」

 筆を取りに行くついでに、描きかけの作品の状態も確認したかった。
「時間がかかりそうだから、待たなくていいよ」
 振り向くと淋しそうな沙羅の顔があった。
 
 さーっとドアをスライドさせ、静かに美術室に入った。
 美術室には6人掛けのテーブルが6つ置いてある。
 入り口から対角線にある一番奥のテーブルに人影があった。

 ―――誰だろう……。

 静かな美術室には、外のざわめきもよく聞こえた。
「帰りにミスド寄ろうよ」
「あーーー。私今金欠」
「おごるからさ。恋バナ、聞いてほしいっ」
「はいはい。いつものノロケね」
 
 僕は音を立てないよう人影に歩み寄った。
 僕がいることに気づかないのか、動かない。
 まっすぐ伸ばした右腕を枕にして、彼は眠っていた。
 かなり深い眠りに入っているようで、起きない。
 一歩一歩近づくと、そこには無防備な清水琉生がいた。

 僕の体は自然とスケッチブックの置いてある棚に向かっていた。
 スケッチブックを棚から取り出すと、すぐに鉛筆を取り出し線を描いた。
 時間がないので、スケッチだったら描けるかも。
 お願いだ。
 10分、そのままでいて……。
 被写体とスケッチブックの間で目を泳がせ、線を描いていく。
 鉛筆が紙の上をすべる音が教室に小さく響く。
 この教室には僕と清水琉生だけしかいない。

 このまま時間が止まったらいいのに。
 清水琉生を、このまま描きとめておきたいのに。