おれとぼくの恋愛事情

 部室から校門に向かって歩いていると、白城陽向と高円寺沙羅が並んで歩いている姿が見えた。
 そうか……、そうだよな……。
 あいつらは入学した時から一緒にいたよな……。

 白城の姿を眺めていると、杉本と後輩の会話が頭の中で再現した。
 このまま知らないふりをするか、挨拶くらいしておくか。
 数分迷った末に後者を選んだ。
 自然に、見かけちゃったから声かけましたっていう風に装うんだ。
 喉にキュッと力が入り、上ずった声が出そうだ。
 深呼吸しよう。
 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す、これを3回。
 力んでいた身体が少しほぐれて自然な声を出した。
「あれ?白城?」
 いつもの声であいつの名前を呼んだ。

 白城を自宅に招いたものの、びしょ濡れだった俺たちは急いでタオルで身体を拭いた。 
 タオルを持ったまま、ぼーっと立っている白城が見ていられず、タオルをかっさらうと白城の頭をガシガシ拭いた。
 こんな日でもホワイトムスクの香りが全身から漂っていた。
 この香りが近づくたびに、俺の中の何かが簡単に揺らぐ。
 落ち着け、と自分に言い聞かせた。
「うっわ。強い、強いよ」
 白城の無邪気な笑い声が現実に戻した。
「ご、ごめん。着替え、着替え持ってくる」
 俺はジャージを取りに部屋に向かった。
 
 やばいだろ。
 白城は男なわけで。
 彼女がいるし。
 俺が男だから、あんなに無防備なんだろうし。
 それにしても普段は高貴な色気を振りまいている白城が子どものように笑う姿を見せるとは思わなかった。
 白城の貴重な一面を俺は胸にしまった。
「あぁ、こんなことしてる場合じゃなかった」
 急いで自分も部屋着のジャージに着替え、白城の元へ戻った。

 ジャージ姿で座っている白城の傍に俺は座った。 
 二人の間には30センチメートルの隙間。
 この隙間から目を上げると、白城陽向の顔があった。
 雨に濡れたせいか、額を隠した前髪から瞳が透けて見えた。
 色素が薄い瞳が自分の目と合った。
 もうそらせない。
 右手を白城の手の方に滑らせると、お互いの小指が触れた。
 後には引けない。
 白城の手の甲へ、自分の手を重ねた。
 白城の顔に、自分の顔を近づける。
 視線は外さない。
 唇が触れる直前で思い出してしまった。
 高円寺沙羅の顔を……。
 とっさに顔をそらし「わりぃ」とつぶやいた。
「何が?」
「だって、白城は彼女いるのに。変な空気作って悪かった」
 俺は頭を抱えて髪をくしゃくしゃにして立ち上がった。
 数秒の沈黙を破ったのは俺の笑い声だった。
 気まずい空気に耐えられず、立ち上がり「雨の様子、見てみるか」と、窓へ歩いた。
 遮光カーテンを開けると、土砂降りだった雨は小雨に変わっていた。
 まだ白城陽向は黙っている。

「もうすぐ止みそうだな」
「……」
「テレビでも見るか?」
 部屋は静まり返ったままだった。
「なんかごめん。変な空気になっちゃって」
 俺の弁解もむなしく、白城は黙ったままだ。
 白城は立ち上がり、俺に近づいてきた。
 そう思った瞬間、白城は後ろから俺を抱きしめるように覆いかぶさってきた。
「彼女って何?いないよ、そんなの」
 俺の耳元でささやいた白城の声は震えていた。
「えっ。高円寺沙羅は?」
「沙羅は向かいに住んでる幼馴染で、両親が仲いいんだ」
「じゃ、彼女じゃないってこと??」
「うん。沙羅は彼女じゃないよ」
 白城ははっきり言った。
 俺はずっと誤解したままで過ごしていた。
 俺は白城の身体に両腕を回し、指先に力を込めた。
 もう少しこのままでいさせてくれ。
 雨がやまないでほしい。