さよなら、ブラック

そんな馬鹿なことを言ったばっかりに、歩は本当に風邪をしっかりもらってしまった。
「風邪 助けて」
と、まるで電報のようなメッセージが届いたので、今度はわたしが歩のアパートへ行くことになった。

男性の部屋へ上がるのは、もちろんあいつの部屋以来で、歩のアパートが近づくにつれて、体が固くなっていった。
わたしは看病に行くだけなのに。
しかも、それは歩の家なのに。
夕暮れの道を自転車で走りながら、体が固くなる自分が嫌になった。

歩の部屋のチャイムを鳴らすと、着ていてよけいに疲れるのではないかと思うような、目が覚めるような赤いパーカーをはおって現れた。
「ありがとう」
そう言って、ごほごほと咳込む。
「いいからいいから。寝てて」
歩はこくりとうなずいて、背中を丸くしてベッドへ向かった。
彼の背中を見た時、広い背中いっぱいにでかでかと「HELP ME!」と書かれていたので、わたしは思わず吹き出してしまった。
何がおかしいの?と言いたげに、歩はわたしを振り返ったので、
「なんでもない、なんでもない」
と言いつつ、必死で笑いをこらえた。

歩の部屋は、単行本や雑誌やCDが山のようにあって、棚に入りきらない分が床に積み上げられていた。
情報工学科というだけあって、パソコンの周りには、理解不能なパソコン関係の本が積み上がっている。
黒を基調としたその空間は、まさに男子の部屋だった。

台所を借りておかゆを作ってあげると、歩はゆっくりスプーンを口に運びながら、何度も、
「ありがとう、おいしい」
と言って、なんとか茶碗に一杯食べてくれた。
「みちる」
「なに?」
「ありがとう」
がらがら声でそう言うと、わたしの手をぎゅっと握った。

思わず肩に力が入ってしまった。
それを見破られないように、
「これで、おあいこだね」
と言って、笑顔を作った。
「さあ、もう横にならなくちゃ」
わたしは歩に、ベッドに寝るように促した。
「うん」
歩はベッドにもぐりながら、
「……もう少し、いられる?」
と、やっと聞き取れる声で尋ねた。
今までに見たことのない、歩の甘える姿に少し驚いた。
でも、それがとても愛しく思えて、
「大丈夫だよ」
と、歩の手をぎゅっと握った。
「ありがとう……」
そう言って、歩は目を閉じた。

目を閉じている無防備な歩の顔を見て、わたしは不思議な感覚になった。

キスがしたい。

自分のその気持ちに戸惑った。
あれだけ、自分が避けてきたのに。
愛しいと思うと、キスをしたくなるのかな。

「どうしたの?」
歩は片目だけを開けて、わたしをちらりと見た。
「ご、ごめん。なんでもない」
わたしは何度も首を横に振った。
すると。
「おいで」
歩はわたしの頭に手を回し、やさしく引き寄せた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
そう言って、わたしの髪を何度もやさしく撫でた。
押し込めてあったものが溢れてきて、それが涙になった。
「歩……」
わたしは、彼の胸の中で静かに泣いた。