さよなら、ブラック

大学生になったわたしは、それなりにキャンパスライフを満喫していた。
アルバイトをしたり、サークル活動をしたり、たまに授業をサボって友達とバーゲンに行ったり。

ただひとつ、友達と違ったのは、それほど彼氏が欲しいとは思わなかったこと。
ある友達に、信じられないというような顔で「どうして?」と尋ねられたが、まさか本当の理由なんて言えるわけもなく、
「白馬に乗った王子さまが迎えに来るのを待ってるだけ」
なんて言って、はぐらかしていた。

あいつとは、あれから程なくして別れた。
こちらから別れを切り出すと、驚いた表情で、
「なんで?」
と言われたので、その一言でわたしは吹っ切れた。
男を見る目のない自分が、ほとほと嫌になった。

見た目も中身もごくごく普通のわたしのことを、好きになってくれた人。
自分に自信が持てないわたしのことを、好きになってくれた人。
初めての彼氏。
だから、わたしは彼の要求に答え続けた。

それは、まさか愛なんてことはなく、情でもなく。
嫌われたくない。
という、ただの保身だった。
ひとりで街中を歩いている時、カップルとすれ違っても、
「今はひとりだけど、わたしにも彼氏いるんだから」
って思えるちっぽけでしょうもない自信。
それだけのことで、わたしはちょっと背筋を伸ばして街の中を歩くことができたんだと思う。

今のわたしは、というと。
ひとりはやっぱり寂しい。
あいつは最低なことをしたけれど、楽しい思い出だってある。
クリスマスやバレンタインのようなイベントごとがあると、ひとりは身に染みる。
ひとりしか知らなかった時よりよけいに。

だけど。
彼氏をつくる、ということは、いずれはまたああいう関係にならなければならない時が来るわけで。
それを考えると、一歩が踏み出せない。
足がすくんでしまう。

あの時のあの記憶が、ひょんなことがきっかけで思い出されるたびに、言いようのないものに襲われて、ひとりおびえる。
テレビで女性が襲われている場面を見てしまった時。
「こわい」という感情を抱いてしまった時。
時間がたっていても、いつも鮮明に蘇るのだ。

だから。
わたしが、また普通に恋をすることなんて、やっぱりもう無理なのかもしれない。
男性とデートをすることなんて、もうないかもしれない。

そう思っていた。
本当にそう思っていたのに、わたしは今、男と一緒にお茶をしている。
しかも、オープンテラスのあるお洒落なカフェで。
目の前の男は、レモンティの入ったカップをゆっくり口に運んでは、そのたびに、ふぅ、と息を吐く。