さよなら、ブラック

すっかり月も高くなった頃。
「そろそろ行こうか」
歩は懐中電灯を持って立ち上がった。
「どこに?」
すると、歩は懐中電灯を顔の下から照らし、
「き~も~だ~め~し~」
と、低い声を出した。
「え……」
ドン引きしたわたしを見て、
「うそうそ。いいからついて来て」
と、わたしの手を引いた。

ホテルを出て、暗い遊歩道を歩いていく。
その遊歩道は、海岸に繋がっているようで、次第に波の音が大きくなっていった。

ゆっくりゆっくり遊歩道を下っていく。
すると突然、唇にやわらかいものを感じた。
「誰も見てないから」
歩が耳元で囁く。
頬が赤くなるのがわかった。
わたしがうつむいていると、顎を持ち上げてもう一度キスをする。
今度は熱のこもった深いキス。
こんなところで、恥ずかしい。
唇を離した歩は、くすりと笑った。
「かわいい」
まだ、わたしの唇には熱が残っていた。

しばらく歩いて、ようやく砂浜に降り立った。
そして、目の前に広がったのは。
きらめく青だった。
「これは……」
息を呑んだ。
闇の中に浮かび上がる神秘の色。
波に漂って、ゆらりゆらりと揺れている。
「海ほたるだよ」
「海ほたる」
目の前に広がる幻想的な世界に、心が震えた。
「一度見てみたいと思ってたんだ」
そう言って、歩はわたしの手をぎゅっと握った。
「綺麗……」
目が離せない。
こんな綺麗な色、見たことがない。
どんな宝石よりも美しい。
わたしの中のすべてが、透明になるような気がした。
「自然って、すごいね」
ゆらめく神秘の青を見つめながら、歩はぽつりと呟いた。
わたしは、こくりとうなずいた。
「みちると一緒に見られて、本当によかった」
歩はわたしに顔を向けて、ふんわりとした笑みを浮かべた。

この色、きっと、一生忘れない。
少しひんやりとする潮風も。
闇を照らす、満月も。

これからも、歩の隣でいっしょに見る景色を胸に刻んでいきたい。
わたしの体を、いろんな色に染めていきたい。
歩となら、きっと、素敵な色になる。
わたしは歩の手を、しっかり握り返した。