王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中

フォルジェ王国にある榊原邸の客用居室は、深い静寂に包まれていた。
疲労と興奮の余韻が漂う中、榊原は革張りのソファに深く腰掛け、卓に置かれた大きな算盤を静かに弾いていた。
彼の指が奏でる小気味よい音が、室内に規則正しく響く。

その音を聞くたびに、わずかに緊張感を覚えるのだった。
目の前には、鈴村君が少しだけ青ざめた顔で座っている。
彼の隣には縮こまっているシリルさんがいる。
そして、その向かいでは、アレクシスが優雅な姿勢で紅茶を飲んでいた。

「今回の食の祭典とサイン会、大成功でしたね、榊原さん」

鈴村君が興奮を抑えきれない様子で言う。
彼の顔には、国立魔術研究院での連日の取り調べによる疲労の痕跡と、イベント成功の達成感が複雑に入り混じっていた。

「ええ。想定を上回る収益です。特に、絵師アヤノ様のイラスト付き指南書は、初回出荷分が完売。増刷分の予約も殺到しています」

榊原は淡々と告げ、分厚い書類を私に差し出した。
フォルジェ王国通貨を日本円に換算した数字は、私が日本でBL漫画を描いて得ていた収入とは比べ物にならない額だ。
桁数の多さに眩暈を覚えそうになるが、その莫大な額は、この数日間の混乱と疲労をいくらか和らげてくれるような気がした。

「さて、その莫大な利益を鑑み、アレクシス様。あなたの日本への再転移計画ですが、予定通り進めることになります」

榊原の言葉に、アレクシスは急に顔色を変えた。彼の完璧な表情に、焦りの色が浮かぶ。

「何を言うんだ、コウ。俺の『愛の料理』は、まだこのフォルジェ王国で、真に理解されていない。このままでは、俺の旅立ちの意味がないではないか」

アレクシスは、先日の愛の料理を極める旅立ち宣言を引き合いに出し、静かに抗議の姿勢を見せた。
彼の瞳は、純粋な情熱を否定されて悲しむ、おもちゃを取り上げられた子どものようだ。
顔は信じられないほど良いのに。

「アレクシス様は今回のイベントで十分に貴方の存在をフォルジェ王国の民に示しました。強硬派も、貴方が一時的に日本へ退避することは容認するでしょう。このまま此方側に滞在を続ければ、無駄な摩擦を生むだけです」

榊原は冷徹に言い放つ。
彼の言葉には、一切の情がない。
ただひたすらに、効率と利益、そして王国の安定という冷徹な計算があるだけだ。

「それに、日本での『リアルアレス王子』としての動画活動は、継続してもらいます。その収益で、今後のあなたの生活費を賄っていただきますので、ご安心を」

アレクシスは、榊原の言葉に渋々頷いた。
どうやら、自分の活動が金になるという話には弱いらしい。
彼のプライドをくすぐりつつ、同時に彼の生活の基盤を握る。
榊原の巧みな手腕に、私は感嘆のため息をつきそうになった。

「そして――」

榊原の視線が、私に向けられた。私の背筋がスッと伸びる。

「貴殿の『絵師アヤノ』としての活動ですが、フォルジェ王国での人気は絶大です。今後も、定期的に新作の料理指南書や、似姿集の制作を依頼をさせていただきたいと思います。もちろん、報酬は今回と同等、あるいはそれ以上を保証します」

「え……異世界での絵師活動……ですか?」