王子サマはBL漫画家(わたし)の部屋にパラサイト中

アレクシスの張り上げる声が、天井の梁に反響した。

「……俺は、選ばれなかった。俺の愛は、まだここでは真に理解されていないようだな……」

悲しみをかみ殺すような低い調子。
しかし言い終えた瞬間、目の奥に燃えた決意が、聴衆の胸を静かに打った。

「だからこそ、俺は旅に出る。俺の料理を分かち合える仲間を、世界のどこかで探すためにな」

言葉は控えめでも重く、会場を包んだ熱気は一拍遅れて凍りつく。

ただの敗北宣言のはずが、なぜか世界行脚宣言にすり替わり、私は舞台袖で固まる。
まさか私のせいで放浪を決めるとは。
私の栄光の漫画家人生は、急カーブを切ったまま戻ってこないかもしれない。

しかしイベントは待ってくれない。
私は声が裏返る前に自ら叫んだ。

「えー……それでは! 本日の署名会&指南書即売会、ただいまより開幕です!」

宣言した瞬間、観客の視線が一斉にステージへ戻り、どっと前列へ雪崩れ込む。

長机を挟み、アレクシスと私が座る形で即席のサイン台が整えられた。
こういう時、鈴村君は妙に手際が良い。
捌きなれているというか、完全にコミケの壁サークルの売り子である。

また、アレクシスも謎宣言直後とは思えない切り替えで、積み上がった本を優雅に手に取る。

「ようこそ。これは俺と絵師アヤノが紡いだ愛の料理指南書だ。味わうだけでなく、行間に秘められた物語も楽しんでほしい」

端正な笑みと落ち着いた口調。
さっきの檄とは別人のようだが、むしろ品の良さが際立つ。
女性客の頬が緩み、男性客まで背筋を伸ばす。

列の先頭で少女が身を乗り出した。

「王子殿下も、ご自分で料理もなさるんですか?」

「もちろんだ。愛は手を動かしてこそ深まる。まずは塩加減を恐れないことから始めよう」

言葉の端にだけ小さく熱が宿る。
絵に描いたような王子様対応に、黄色い歓声が弾けた。

その背後、会計係として駆け付けたシリルが青い顔をし鈴村君の手帳を覗き込んでいた。

「スズムラ、こちらの貨幣の桁は大きいので繰り上がりに注意をしてくださいね……」

「わかってますって! 二重チェックしますから、横で呪文みたいに唱えないでください!」

漫才のような押し問答に客が笑う。
硬かった空気が、じわじわと柔らかくほぐれていった。

私の前にも、次々と署名を求めて指南書が差し出される。

「アヤノ様『攻めの肉じゃが』の続編はありますか?」

「『受けのオムライス』は涙なしでは読めませんでした!」

いや、それただのお料理本……。
行間読みすぎでしょ。
異世界の人々、腐の波動に目覚めるのが早すぎないか?

フォルジェ王国民は娯楽に飢えているらしく、妄想がはかどりまくっているようだ。
だがしかし、ペンだこの出来た指先には確かな充実感がある。
こうして直接届けられる読者の声が、単行本よりも重い現実として私の心を打つ。

ふと脇を見ると、アレクシスが子どもに身を屈め、優しく本を手渡していた。

「君の小さな手でも、この世界は変えられる。料理はその第一歩だ」

熱烈なファンレターよりも真っすぐな一言。
子どもは頷き、胸に本を抱えた。
私は自分の作品が、知らない場所で別の命を得ていることを実感し、目頭がじんと熱くなる。