カインドネス・リベンジ

 今日は俊介にとって、とても大切な日だった。

 俊介の彼女である、神崎(かんざき)すみれ。
 彼女の誕生日パーティーが都内の某ホテルの会場で行われる。

 すみれは生粋(きっすい)のお嬢様。
 日本で数本の指に入る資産家の娘だ。
 一人娘ということもあり、両親はすみれを目に入れても痛くないほど溺愛していた。

 そんな彼女と知り合えたのは、同じ政界にいる親友、新藤(しんどう)悠斗(ゆうと)のおかげだった。

 彼の紹介で出会い、俊介の猛アプローチと悠斗からの後押しもあり、なんとか付き合うことに成功した。

 俊介にとって彼女は最高の贈り物だった。
 彼女の後ろ盾を手に入れれば、政界でのし上がっていくことなど造作もない。
 将来は約束されたようなものだった。

「俊介さん、今日は来てくれてありがとう」

 すみれが嬉しそうに俊介に駆け寄ってくる。

 さすが育ちのいいお嬢様というだけあって、見た目やスタイルも申し分ない。
 可愛いアイドルのような顔に、豪華なドレスを着こなすその姿は、誰の目にも留まる美少女だ。

 彼女が通ると、男たちは皆、羨望(せんぼう)の眼差しを向けていく。

 それはそうだろう。
 彼女を手に入れれば、金も権力も地位も名誉も、欲しいものが全て手に入るのだから。
 さらには、可愛い妻も手に入るというおまけつきだ。
 これ以上の結婚相手はいなかった。

 今は恋人の位置に収まっているが、必ずや婚約し、結婚までこぎつけてみせる。

 俊介は自分にできる精一杯の笑顔をすみれに向けた。

「誕生日おめでとう、すみれさん」

 すみれは照れながら嬉しそうに微笑んだ。
 その頬はほんのり桜色に染まっている。

 上目遣いで見つめる彼女は本当に可愛らしく、両親の後ろ盾がなくても欲しいと思う者は多かったことだろう。

 悪いな、俺がすみれをいただくよ。

 俊介はひっそりとほくそ笑んだ。


 俊介がすみれとのひと時を楽しんでいると、二人のもとにすみれの両親がやってきた。

 俊介はここぞとばかりに精一杯のもてなしをする。

 周りからはきっと、媚を売っているように見えているかもしれない。
 だが、そんなことはどうでもいい。
 すみれとの結婚が決まれば、すべて報われる。

 四人で楽しく談笑していると、

「そうそう、紹介したい人がいるんだよ」

 突然、すみれの父が辺りを見渡す。
 お目当ての人物を見つけると、手招きした。

「彼、ちょっと前から私の主治医になってね。本当に優秀な医者で、それでいて人格者で、とても素晴らしい青年なんだよ」

 すみれの父が褒めちぎったその人物は――。

「な、なんでっ」

 そこに現れたのは空良だった。

 俊介が目を大きく開き、空良を凝視する。
 空良はいつも通りの爽やかな笑顔を俊介に向けてきた。

「俊介さん、またお会いしましたね」
「あら、俊介さん、お知り合いでしたの?」

 すみれが興味津々といった様子で聞いてくる。

「ああ、まあ……」

 俊介は頭がついていかず、なんとなくの返事しかできない。
 代わりに、空良が話を繋ぐ。

「ええ、中学の時、同じクラスだったんです」
「へえ、それは奇遇だなあ。俊介くんは私の娘の恋人でね」

 すみれの父は偶然の出来事に驚きつつ、嬉しそうに笑っている。

「お嬢様はとても可憐で素敵な方ですね。羨ましい」

 そう言うと、空良はすみれの手を取り、その甲に口づけをした。
 その仕草はごく自然で、まるでどこかの王子の所作(しょさ)のようだった。

「なっ、おまえ!」

 俊介が怒ろうとすると、すぐさま空良が謝った。

「申し訳ない、恋人がいるのにこんなことを。あまりに美しかったので、つい」

 空良がすみれを見つめると、すみれはうっとりとした表情で空良を見つめていた。

 突然、俊介が強引にすみれの手を取る。

「すみれさん、行きましょう」

 俊介はすみれを連れ、急いでその場を離れていった。


 なんなんだ!
 あいつはどうして次から次に俺の周りに現れる?

 やはり、あいつ……知っているのか。

「痛いっ、俊介さん」

 俊介はすみれの手を強く握っていたことに気づき、手を離す。

「ごめん」
「急にどうしたの? 蒼井さんに失礼よ」
「どっちが失礼なんだよ!」

 俊介の剣幕に、すみれは驚いたように目を見開く。
 いつもとは違う俊介の様子に、明らかに戸惑っていた。

「俊介さん、変よ。私、お父様のところへ戻るから」

 すみれは空良たちの方へ戻っていく。
 苛立ちを隠せない俊介は、壁を強く叩き、舌打ちした。

 遠くの方で、すみれと楽しそうに話す空良が視界に入る。

 俊介は、だんだん自分の抱いた恐ろしい疑念が本当なのではないかと思い始めていた。