カインドネス・リベンジ

 俊介は帰宅するタクシーの中で、空良のことを思い返していた。

 あいつのことなんて、とうの昔に忘れていた。
 しかし、本人を目の前にすると、いろいろ思い出しちまうもんだな。

 俊介自身も、あの時のことは馬鹿なことをしたと思っている。
 今さら謝る気もないし、真実を言うつもりもなかったが、若気の至りとは恐ろしいものだ。

 あんな奴のせいで人生を棒に振ってたまるか。
 絶対あの時のことはバレないようにしないと。

 自宅に到着し玄関の扉を開けると、そこには見慣れない靴があった。

 誰だ? 父さんの客か?

 リビングから笑い声がする。
 足音を立てないようにゆっくりと近づいていき、そっと様子を窺う。

「……っ」

 俊介は目を疑った。

 空良だ、空良がいる!

 リビングのソファに座り、笑顔で父と母と妹と楽しそうに談笑している空良。

 なぜ、どうして、あいつが俺の家にいるんだ?

 俊介が混乱して動けずにいると、

「どなたですか?」

 空良が声をかけた。

 家族も空良の視線の先を追うように、リビングの入口に目を向けた。

 俊介はこれ以上隠れていても仕方がないので、みんなの前に姿を現す

「なんだ、帰ってたのか?」
「そうなら、声かけてよ、もう」
「お兄ちゃん、お帰り」

 家族が声をかける中、俊介は黙ったまま空良をじっと睨み続ける。

「あ、すみません、挨拶が遅れまして。この度、お父様の主治医になりました、蒼井空良と申します」

 空良は俊介に向かって丁寧にお辞儀する。

 なんだと? 父の主治医?
 確かに父は体が悪く、前から往診に来ている医者がいたが……。

 俊介が考え込んでいると、空良が顔をじっと見つめてきた。

「あの……俊介くんですよね? 同じ中学だった」

 こいつ! やっぱり覚えてやがる。
 しかし、俺とあの事件は無関係だと思っているはずだ。

 大丈夫だ、狼狽えなければ。

 俊介は動揺を隠しながら、平然と返す。

「そうだったな、覚えてるぜ。元気だったか」

 空良は一瞬間をおいてから答える。

「ええ……おかげさまで」

 その言い方に妙な違和感を覚えたが、その時の俊介は気に留めなかった。

「ねえ、お兄ちゃんなんか放っといて、私と話しましょ」

 妹が空良に腕を絡ませる。
 それを上手くかわし、爽やかに微笑む空良。

「家族団欒(だんらん)を邪魔してはいけませんね。私はこれで失礼します」

 父も母もとても残念そうな表情になり、空良との別れを惜しんでいる。
 妹はというと、空良に絡み、必死に女をアピールしていた。

 空良はそんな妹をやんわりとかわし、優しく諭している。

 なんなんだ……いったいどうなっている?
 こいつ、もしかして――。

 疑惑を抱えながら、空良を睨む俊介。
 その眼差しに気づいた空良は、何事もないように爽やかな笑みを返す。

 今の空良の様子を見ていると、とてもそこに恨みや憎悪があるようには感じられない。

 二十年も前の話だ。
 復讐だったら、とっくの昔に実行しているはず。

 俊介は湧いてきた疑念をかき消すように頭を振った。