カインドネス・リベンジ

 たまの休日。
 公園のわきを通ると、子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。
 青空の下、上機嫌な雅人は軽快な足取りで歩いていく。

 休みの日は必ずある場所へ足を運んでいた。
 それが雅人にとって一番の楽しみであり、幸せだった。

 雅人は色とりどりの花で飾られた花束を嬉しそうに見つめ、大切そうに抱えながら歩く。
 向かう先は都内の病院。

 病室のドアを開けると、ベッドにいた女性が雅人に微笑みかける。

「雅人、いらっしゃい」

 雅人は慣れた手つきで花瓶に花を飾ると、彼女の側にある椅子に座った。
 彼女を愛おしそうに見つめ、その華奢な手をそっと握る。

「なかなか、来れなくてごめん」

 雅人が申し訳なさそうに眉を寄せると、由紀(ゆき)は可愛らしい笑顔で首を振る。

「仕事忙しいんでしょ? 大丈夫」

 いつもこの優しい笑顔に癒されながら、雅人は至福の時を過ごしていた。

 由紀は小さい頃から体が弱く、入退院を繰り返していた。

 彼女とは大学の頃に出会った。
 とても芯が強く、心優しい女性。動物好きで、出会ったときも犬を追いかけていた。

 あれはいつだったか。

 雅人が道を歩いていると、突然ゴールデンレトリバーに突き飛ばされた。
 腰を抜かし座りこんでいると、犬を追いかけてきた可愛い女性が雅人に声をかけてきた。

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

 その姿に、雅人は目を奪われた。

 すごく可愛らしい笑顔、そして透明感のあるその肌と声。
 瞳にはきらきらとした輝きが宿っており、まるで天使が舞い降りてきたのかと思ってしまった。

 一目惚れだった。

 それからというもの、雅人は何かしら口実をつけては由紀を誘い出し、幾度も逢瀬(おうせ)を重ねていった。

 いつしか、雅人の猛烈なアプローチが功を奏したのか、由紀と付き合えることになった。
 そのときの気持ちは今でもはっきりと覚えている。

 いわゆる天に昇る気持ちとは、こういうことをいうのかと生まれてはじめて実感した。

 由紀は体が弱く、思うように会ったりデートしたりすることはできなかった。
 しかし、雅人にとってそんなことはどうでもよかった。

 由紀と一緒にいるだけで幸せだったから。

 誰かと一緒にいることがこんなに心地よく幸せなことだなんて、由紀に出会って初めて知った。

 これからも彼女とずっと一緒に生きていきたい。
 そう願っていた。

 そのとき、ガラガラっと病室のドアが開く音がした。

「あ、先生」

 由紀が微笑む。

「やあ、お客さんですか?」

 その声に雅人の心臓は一瞬止まった。
 この声は……まさか。

 ゆっくりと振り返る。

 そこには、白衣を着た空良が立っていた。

「雅人じゃないか」

 空良の爽やかな笑顔を見ながら、雅人の頭は真っ白になった。

「二人とも、知り合いだったの?」

 由紀は驚きながらも、嬉しそうに二人を見て笑っている。

 一時停止状態だった雅人の脳が、何とか稼働し始める。

「……空良、ここで働いていたのか? ていうか、医者だったんだ?」
「そういえば、言ってなかったな。俺、医者になったんだ」

 昔から空良は頭が良かった。
 医者になったと聞いても不思議ではない。
 
 しかし、由紀が入院している病院に勤めているなんて……これは偶然なのか?

「それで、今度から由紀さんの主治医になったから」

 さらっと恐ろしいことを言う空良に、雅人はゆっくりと目を向けた。

 再会してから、雅人は初めて空良の目をしっかりと見た。
 空良の瞳はどこまでも深く、底がないように感じられる。奥底で何を考えているのかなんて、雅人にわかるわけがなかった。

「雅人、由紀さんの恋人なんだろ?
 これからまた会う機会も増えるかもしれないし、よろしく」

 空良が手を差し出した。

 由紀が笑顔で二人を見守る中、雅人は小刻みに震える手で空良と握手を交わした。