カインドネス・リベンジ

 俊介は空良を刺したあと、すぐに捕まった。
 病院内で奇声を発し彷徨っていた彼を、通報で駆けつけた警察官が捕まえたらしい。

 雅人はあれから警察に行き、二十年前のことを正直に話した。

 放火は重い罪だ。
 他人に脅されたからといって、免除されるわけではない。

 しかし、雅人が当時家族を人質に取られ、脅されていた事実と、自ら警察に出向いてすべてを話したこと。
 そして、何より空良が残した日記もあり、雅人には執行猶予がついた。

 空良はあの日からずっと日記をつけていた。

 その日記には、雅人への想いがたくさん綴られており、空良が雅人を恨んでいないことが伝わってくる内容だった。

 日記に目を通した雅人は、涙が止まらなかった。

 この二十年間にわたる、空良の深い悲しみや苦しみがそこにはあった。

 自分ではどうしようもない恨みや憎しみの感情。
 その感情が暴走し、自分が悪魔や獣になってしまうのではないかという不安や恐怖。
 自分がどれだけ非道な考えを持てる人間なのかという嘆き。
 暗い迷路の中を彷徨い、深い闇の中で迷子になってしまったような孤独。

 それらと真剣に向き合い、葛藤する日々が記されていた。

 絶望のような日々の中で、彼は自分の心と向き合い、一人で闘い続けていたのだ。

 彼ほどの優しい人間だからこそ、どれほど苦悩し、絶望したことだろう。
 途方もない自分との闘いを、ずっと続けていたのかもしれない。

 きっと誰にも想像できない道を、彼は一人歩いていたのだ。

 そして、さらに驚くべき事実がそこには記されていた。
 彼は雅人を恨むどころか、心配していたのだ。

 また誰かに流されて、間違った方向へ進んでいないか。
 いじめられて辛い思いはしていないか。
 少しずつでも自分の意志で強く生きていって欲しい、という願いが記されていた。

 あんなに酷いことをしたのに、なんでそんな風に思えるんだ?
 普通は恨むだろ、許せないだろ。

 ……なんで、そんなに、優しいんだよ。

 空良は本当に馬鹿だよ。
 馬鹿がつくお人好しだ。

 日記の最後には、俊介のことを心配する記述があった。

 もちろん、許せないし恨んでいたのだろう。

 日記の始めの方では、彼への辛辣(しんらつ)な言葉や表現が溢れていた。
 それほど強く憎んでいたことが伝わってくる。

 しかし、日記が進むにつれ、彼への想いに少しずつ変化が垣間見られるようになった。

 それは俊介自身の成長や変化を願う想いだった。

 絶対に許せるはずはないし、一生恨みや憎しみが消えることはないだろう。
 でも、空良はきっと、ほんの少しの希望を抱いていたんだ。

 あんなどうしようもない奴でも、いつか変わるんじゃないかって。

 期待していたんだ。

「……ったく、どこまで、お人好しなんだよ」

 雅人はその日記を大切そうに抱きしめる。

 頬を伝った涙が、そっと日記を濡らしていった。