カインドネス・リベンジ

 ネットニュースで俊介の記事を目にした雅人は焦った。

 空良だ、空良が仕掛けたんだ。

 今度は由紀に、いつ何を仕掛けてくるかわからない。
 彼女に本当のことを話し、なんとしてでも空良から遠ざけなければ。

 雅人は病院へと急いだ。

 息を切らし、由紀の病室へ駆け込む。

「雅人……」

 勢いよく開いた病室の扉に驚き、由紀が呆然と雅人を見つめた。

 そこに空良の姿はなかった。

 雅人はほっと胸を撫でおろす。
 息を整えてから、由紀に真剣な眼差しを向けた。

 雅人は恐かった。

 これを話すことで、由紀の気持ちが自分から離れていってしまうのではないかと。
 しかし、今は一刻を争う。
 迷っている暇などなかった。

「由紀……これから話すことは驚くと思うけど、最後まで聞いてほしい。
 ――僕は君を愛してる。それだけはどうか忘れないで」

 雅人は祈るような気持ちで、由紀を愛おしそうに見つめる。

 そして、ゆっくりと話し出した。

 空良と俊介との幼き日の出来事、そして放火のこと。
 それから、今俊介に起きていることと、由紀も危ないかもしれないということ。

 話している間、喉は乾き、体は震え、動悸がする。
 じっとりと汗が滲んでいく。

 今さらながら、自分の犯した罪の重さを思い知った。

「今まで黙っててごめん。……怖かったんだ。
 こんな僕のことなんて、嫌いになってしまうんじゃないかって。本当の僕を知ったら、君は離れていってしまうんじゃないかって。
 事件のことも、ずっと誰にも言えなかった。
 臭いものに蓋をして、見ないようにしてた。ずっとそうしていれば、いつか消えて無くなるんじゃないかって、都合のいいこと考えて。
 ――最低、だよね」

 雅人の体は震えていた。

 黙って聞いていた由紀は、優しく雅人に語りかける。

「私、全部知ってたよ」

 由紀の発言に、雅人は驚いて目を見開いた。
 そして、穴が開くほどじっと由紀を見つめる。

「空良さんから、全て聞いてたの。
 あなたとの関係も、あなたが過去にしたことも。
 そして……空良さんの想いも」

 雅人は驚き過ぎて、言葉が出なかった。

 空良はあの事件の真相を知っていたのか。
 僕が火を放ったことも――。

 だったら、なぜ僕には何もしてこない?

「空良さんはあなたのことが好きなのよ。
 嫌いになりたかったけど、なれなかったって。いつもあなたのこと、心配してた」

 由紀から発せられる言葉が信じられなくて、雅人はただ呆然と話を聞いていた。

 由紀は雅人に優しく触れ、そっと顔を覗き込む。

「あなたのその優しいところはとても素晴らしいけれど、もっと自分を強く持って欲しいって。
 本当はもっと自分らしく強く生きられるのに、もったいないって。
 空良さん、いつもあなたのこと話すの。だから私も嬉しくて、雅人の話たくさんしちゃった。
 空良さん、よくここに来てたでしょ? ほとんど雅人のことよ」

 由紀は優しい目をして笑った。

「ねえ雅人、今からでもやり直すことはできないの?
 空良さん、待ってるんじゃないかな。雅人が本当のことを話してくれるの」

 今度は由紀が真剣な表情で雅人を見つめた。

 雅人は予想もしなかった空良の想いに困惑し、ただ混乱していた。

「そ、そんな、今さらできないよ。
 空良だって、由紀には嘘言ってるかもしれないだろ。
 僕を騙して、罪を告白させるつもりかも」

 由紀は悲しそうに眉を寄せ、首を振った。

「空良さんはそんな人じゃない。彼を信じて」

 由紀は雅人の手を握る。
 大丈夫というように、手に力を込めた。

「そんな、だってあれは僕のせいじゃない!
 俊介に脅されて仕方なく。……僕は被害者なんだ!」

「いつまでそうやって現実から目を逸らし、逃げる気だ」

 急に声がして、驚いた雅人は振り返る。

 いつの間にか、病室の入口付近に空良が佇んでいた。
 彼は真剣な眼差しを雅人に向けていた。

 その姿に怯みながらも、雅人は初めて空良に食ってかかった。

「お、おまえに何がわかる!
 僕は家族を守ったんだ。
 自分の家族を守るのは当たり前だ。空良だって僕の立場だったら同じことしてたさ!」

 雅人は震えながら空良を睨む。

「そうだな。その立場にならなければ、決してその人の気持ちはわからない。
 雅人だって中学生だった。判断を誤ることもあるだろう。
 ――でもな」

 空良の瞳の色が変わる。
 それは深い闇の色をしていた。

 その瞳に射抜かれた雅人は、背筋が凍るような感覚に陥(おちい)った。

「犯罪は駄目だ。……それに命を、奪うことも」

 空良の声は低く、その痛みや悲しみが、雅人の胸に突き刺さる。

 雅人は心の呵責(かしゃく)から逃れたくて、空良から視線を逸らした。

「本当は火を付けた直後に、ガラスを割って空良の家族に知らせようとしたんだ。
 なのに俊介が邪魔をしたから」

「言い訳をするな、人のせいにするな! 雅人はずっとそうやって生きていくのか。
 何かうまくいかないことがあれば、人のせいにして。そうやって生きていきたいのか?
 強くなろうとはせず、誰かの後ろで守られていたいのか!」

 その言葉の強さに、雅人は衝撃を受けた。

 彼の目、口調、声、態度。
 全身全霊をかけて、雅人に向かってくる。

 空良は本気だ。心から雅人に訴えかけている。

 なぜだろう、すごく痛い。
 雅人の目から涙が溢れてくる。

「……雅人の優しいところ、俺は好きだよ。
 でも、それが弱さになるときもあるよな。弱さのせいにして逃げるのなんか簡単だ。
 雅人には、そんな人間になって欲しくない。強くあってほしい。
 一人でも立ち向かえる強い人間になれ。――由紀さんのためにも」

 空良はすべてを優しく包み込むような微笑みを見せた。

 この顔を、雅人はよく知っている。
 昔、たくさん見てきたから。

 その人が何も心配しないように、安心できるように、という気持ちが込められた笑顔。
 彼の精一杯の優しさ。

 なんで君がそんな表情をするんだ?

 その顔は、とても復讐をするような人間のものには思えなかった。
 昔のまま、お人好しで優しい空良の表情だ。

 ガタンッ。

 突然、病室のドアが音を立てた。

 振り返ると、そこには俊介が立っていた。