カインドネス・リベンジ

 雅人はだんだん怒りが湧いてきた。
 ぎゅっと拳を握る。

「なんだよ……おまえのせいだろ! おまえが悪いんだ!」

 叫んだ雅人の声が、暗闇の中で不気味にこだまする。

 そうだ、全部俊介が悪い。
 僕は脅されて仕方なくやったんだ。
 僕は可哀そうなんだ。僕は弱いから、誰かに守ってもらわないと駄目なんだ。

 それでいいのか?

 ふと、そんな声が頭に響いた。だが、雅人はその思考を無視する。

 すると、由紀の顔が思い浮かぶ。
 なぜか無性に会いたくなった。

 空良に何かされるかもしれないという心配もあったけれど、ただ彼女に会いたくて堪らなかった。


 雅人は由紀に会うため、病院へと向かった。
 病室の扉を開けようとすると、中から声が聞こえ、雅人の動きが止まった。

 まさか、また空良が来ているのでは。

 雅人はそうでないことを祈り、耳をすます。

 ぼそぼそとした声で、何をしゃべっているのかまではわからない。
 声だけで誰なのか判別することもできなかった。

 雅人はゆっくりと扉を開けた。

 由紀と空良がこちらへ顔を向ける。
 空良の顔を見た途端、雅人は血の気が引いていくのを感じ、軽く眩暈を覚えた。

「雅人、来てくれたの?」

 嬉しそうな由紀の隣で、空良は相変わらずいつもの爽やかな笑顔を向けてくる。
 雅人はひきつった笑顔しか返すことができなかった。

「空良……由紀の診察か?」

 たどたどしく声をかける雅人に、空良は嬉しそうに微笑む。

「診察ついでに雅人の話もしてた。本当に由紀さんは雅人が大好きなんだね」
「もう、先生……やめてよ」

 空良と由紀は仲が良さそうに見つめ合って笑った。

 雅人は焦った。

 空良は俊介のときのように、僕から由紀を奪おうとしているのか。
 それとも、彼女を人質に取り、僕を利用するつもりなのか。

 わからない。
 わからないが、空良が何かを企んでいることは確かだ。

 俊介の身にあれだけのことが起きているのだから、自分にだけ何もないとは思えなかった。

「空良、悪いけど由紀と二人きりになりたい」

 雅人の様子に、二人は心配そうな顔をする。

「雅人、どうしたの?」
「大丈夫か?」

 空良が雅人に触れようとする。
 雅人はその手を払い、怯えた目で空良を見つめた。

 空良は少し悲しそうな表情を見せると、何も言わず病室から出て行った。

 二人きりになった室内に静寂が訪れる。

 雅人は下を向き、何かに怯えるようにわずかに震えていた。
 由紀が雅人の手を優しく握る。

「どうしたっていうの、最近変じゃない? 仕事忙しくて疲れてるんじゃないの?」

 心配そうな眼差しを向ける由紀に、雅人は真剣な表情を向けた。

「由紀……お願いだ、空良には近づくな。
 主治医だから診察はしょうがない。でも、それ以外であいつと話すな、仲良くするな。
 いいな、お願いだ、約束してくれ」

 雅人は震えていた。

 由紀はそんな雅人を優しく見つめ、そっと抱きしめる。

「雅人……私は、何であなたがそんなに苦しんでいるのかわからない。
 でも、私はあなたが大好き。
 世界中が敵になったとしても私はあなたの味方。それだけは信じて」

 雅人も由紀をきつく抱きしめる。

 恐かった。

 自分の犯した罪と、それが暴かれること、裁かれること。
 そして大切な人を失うかもしれないこと。

 すべてから目を逸らし、逃げたかった。

 今さらどうすればいいのかわからない。
 今さら全てに向き合うことは恐かった。

 だから、逃げる。
 逃げ続ける。

 そうすることしか、今の雅人にはできないのだから。