カインドネス・リベンジ

 俊介はイライラしていた。

 空良への対策は考えないといけないが、なんとかこのむしゃくしゃした気持ちを誰かに打ち明けたかった。

 そこで俊介は、久しぶりに親友の悠斗に会うことにした。

 彼とは政界で苦楽を共にしてきた仲で、気心が知れている。
 同い年で、政界に入ったのも一年しか違わない。だから始めはお互いライバル心を抱いていた。
 しかし、それが仲間意識へと変化するのに、そう時間はかからなかった。

 彼と交流するうちに意気投合し、時間の経過とともにお互い気の置けない存在となっていった。

 すみれを紹介してくれたのも、仲を取り持ってくれたのも彼だった。
 本当に彼には頭が上がらない。

 俊介にとって、この政界という荒波の中で唯一、彼だけが信用できる存在だった。

「待たせて悪いな」

 待ち合わせの喫茶店に着くと、先に到着していた悠斗に軽く挨拶をする。悠斗はいつも通りの笑顔を向けてきた。

「ひさしぶりだな、元気だったか」
「そうでもない」

 仏頂面の俊介に、悠斗は呆れたように笑い、ため息を吐いた。

 俊介の機嫌が悪くなることはよくある。
 そんな彼の愚痴を聞くのも、悠斗にとってはいつものことだった。

「どうした?」

 悠斗が尋ねると、とんでもない言葉が俊介の口から発せられる。

「すみれを取られた」
「え! 誰に」

 悠斗は驚いたように目を見開く。

「昔の知り合いで、最近俺の周りによく現れる医者がいるんだよ。
 そいつにやられた。
 ……それでおまえを信用して、相談したいことが」

 俊介の話を遮るように、それは突然現れた。

「あ、先生」

 悠斗が誰かを見つけたように手を振る。

 この展開に嫌な予感がした俊介は、ゆっくりと振り返り、そいつの顔を確認する。

 こちらへ笑顔で近づいてくる人物……。

「悠斗さん」

 悠斗に笑顔で手を振っているのは、空良だった。

 やっぱり。

 これほど自分の予想が外れてほしいと思ったことはなかった。

「先生、お休み? 紹介するよ。こいつ、俺の親友の森谷俊介」

 空良は俊介を見ると驚いた表情をする。

 白々(しらじら)しい、と俊介は心の中で毒づいた。

「俊介さん、よくお会いしますね」
「ああ」

 空良の笑顔とは対照的に、俊介は不機嫌そうに顔を背ける。

 ぶっきらぼうな俊介に、悠斗は不思議そうな表情をする。

「おまえ、先生のこと知っていたのか?」

 口を聞こうとしない俊介に戸惑った様子で、悠斗は二人の顔を交互に見る。

「すいません、俊介のやつ気まぐれなんで。気にしないでください」
「大丈夫ですよ」

 にこりと爽やかに微笑む空良を、俊介は恨めしそうに睨む。

 気まずい空気を変えようとしたのか、悠斗が明るい声音で話し出した。

「そういえば、先生に診てもらってから加奈子(かなこ)の奴、すごく良くなって。みんな喜んでます。本当に先生には感謝しています」

 悠斗が空良に深々と頭を下げる。

 俊介は愕然とした。

 加奈子とは、悠斗の妹のことだ。
 その妹を利用して、悠斗に取り入りやがったな。

 こいつ……今度は、俺の親友まで奪うつもりか!

 俊介が勢いよく立ち上がった拍子に、椅子が大きな音を立てて倒れた。
 二人は驚いて俊介に視線を向ける。

 俊介は憎しみのこもった眼差しで、空良を睨みつける。
 空良は何も言わず、平然と俊介を見返していた。

 悠斗は状況が飲み込めない様子で、二人の間に視線をさまよわせている。
 
「悠斗、また連絡する」

 そう低い声で言うと、俊介は二人に背を向け、さっさと行ってしまう。

 背後から、悠斗の声が聞こえてきた。

「先生、どういうことですか?」
「大丈夫です、これは私たちの問題なので。あなたは何も気にしないでください」

 空良の穏やかな声を背中で聞きながら、俊介はその場をあとにした。