カインドネス・リベンジ

 それから数週間が過ぎたある日、すみれから連絡を受けた俊介は嫌な予感がした。

 呼び出されたホテルのラウンジで、すみれは「少し二人で話したい」と俊介を人通りの少ない廊下へ連れ出した。

「俊介さん、ごめんなさい。私と別れてください」

 俊介の目の前で、すみれが頭を下げる。
 涙ぐむ彼女を見て、俊介の脳裏に空良の顔が浮かんだ。

「あいつか……空良か!」

 その言葉に、すみれは驚いた顔をして静かに頷く。

 空良をパーティーで見たときから気が気ではなかった。
 まさかとは思いつつ、こうなることも予想していた。

 だから、あれから俊介はすみれの気持ちを繋ぎとめようと、必死にデートを重ね、愛を伝え続けてきた。
 その裏で、二人は会って仲を深めていたというのか。

「許さない、あいつだけは駄目だっ」

 俊介は険しい形相ですみれの肩を掴むと、壁に押しつけた。

「やめて、俊介さん、怖い」

 すみれは怯えた目で俊介を見つめる。
 その姿が、さらに俊介の感情を逆撫でした。

「あいつは駄目だ! あいつは君を――」

 と言いかけたところで、俊介はすみれから引き剝がされる。
 突然現れた空良が俊介の腕を掴み、引き離したのだ。

 空良は俊介を押さえながら、すみれに優しい笑みを見せた。

「すみれさん、大丈夫ですか?
 すみません、あなた一人で行かせてしまった私のミスです」
「いてっ、てめえ、何すんだ、離せ!」

 俊介は空良から逃れようと藻掻くが、掴まれた腕はびくともしない。

 すると、ふいに空良の手から力が抜け、俊介は解放された。
 俊介はすぐに距離を取り、警戒するように空良を睨みつける。

 しかし、空良はなぜか姿勢を正し、真面目な表情を浮かべていた。

「俊介さん、本当に申し訳ありません。
 あなたという恋人がいることを知りながら、すみれさんのことを愛してしまいました」

 空良は深々と頭を下げる。

 こいつ、ぬけぬけと……。
 俊介の顔が引きつる。

「私はすみれさんのことを本気で愛しています。
 どうか、すみれさんと別れていただきたい」

 空良の隣ですみれも、俊介に向かって深く頭を下げる。
 二人並んで頭を下げる姿を見ながら、俊介の身体は小刻みに震えだした。

「許されると思うのか? すみれは俺のものだ! 絶対別れないからな!」

 俊介は叫ぶが、二人は深々と頭を下げたまま動かない。

 すみれの意思も、固まっているということか。
 二人を見て、俊介は唇を噛んだ。

 やっぱり、こいつはわざとやっている。

 俺があの事件に関わっていることを知っているんだ。

 復讐にきたんだ。――俺から全てを奪うために。

 俊介は悔しかったが、すみれの気持ちが動かない以上、何を言っても仕方がない。

「俺は認めないからな!」

 そう吐き捨てると、俊介は二人を置いてその場から立ち去った。



「雅人、あいつ、やばいぞ」

 俊介はイライラしながら、雅人に電話していた。

『どうしたの? 何かあった?』
「あいつは、俺たちがやったことに気づいてる」

 雅人もうすうす感じていたことだった。

『……何で、そう思ったの?』
「俺の周りに現れては、大切なものを奪っていくんだ。
 はじめはそんなはずない、ただの偶然だと思った。
 でも、今日俺は確信したよ。
 空良は親父の主治医になって家に上がり込んできた。家族と仲良くなり、今では俺より家族に打ち解けてやがる。
 そして今日、すみれまで俺から奪いやがったんだ!
 あいつはわかってるんだよ、あの時のことを。
 だから……俺達に復讐しにきたんだ!」 

 俊介の話を聞きながら、雅人は震えが止まらなかった。

 もうそんなところまで、空良は入り込んできていたのか。

「おまえのところでも何かあったら教えろ。
 そして、あいつの弱みを探れ。こっちだって黙って待ってるわけじゃない。やられる前にやるだけだ」

 俊介は言いたいことだけ言って電話を切った。

 雅人はしばらくその場を動けずにいた。

 やはり空良は復讐しにきたのだろうか。
 確かに復讐されても仕方がないことをした。だから覚悟はしていたつもりだった。

 でも、今の幸せを壊されたくはない。

 由紀だけは、彼女にだけは絶対に手出しをさせない。
 それだけは阻止しなければ。

 ふと雅人の頭に由紀の顔が思い浮かんだ。

 いてもたってもいられなくなり、雅人はすぐに病院へと向かった。