一緒に地獄に堕ちるか。

「わっ!」
お仕事へ行くお母さんを見送って、いつもの通学時間よりゆっくり目に家を出た僕は、辿り着いた幸一君のお家で、玄関に入って早々、壁へと押し付けられていて。
「お願いごと。涼太からのキス」
「ひい……」
こんな速攻で来られると思っていなくて震える。
とりあえず幸一君のお部屋に、と思うけれど、それはそれでちょっと恥ずかしくて、迷って、少しだけ幸一君に寄る。
「目、閉じてくれるなら」
それならいいよ、って見つめると、素直に閉じられる目が可愛い。
だから触れるだけのキスをすると、直ぐに深いキスが返ってきて、朝から刺激が強過ぎる、と思う。
でももっと意地悪なお願いごとをされると思っていたから、意外だった。
「ね、キスだけでいいの?」
「…………」
「あ」
純粋な疑問が墓穴だと気付くまでに、それほど時間は掛からなかった。

「ばかっ、僕、課題をしに来たのに……!」
「涼太が煽った」
「ぐ……」
言い返せないから、悔しい。
結局、幸一君のお部屋のベッドに連れ込まれて、朝から触れ合ってしまった。
今日はカーテンを閉める隙を与えてくれなくて、姿見だって何も遮られていなくて。
幸一君は眼鏡を外せば見えないって言うけれど、僕が見えちゃうの!とは、まだ言えていない。
「涼太のお願いごとは」
「んー……」
お布団の中で、穏やかな顔をした幸一君が僕の頬に触れる。
眼鏡を外した幸一君は、いつもより幼くなって可愛い。
そんな幸一君を見ながら、色々お願いごとを考えては来たけれど、どれもいまいちピンと来なかったことを考える。
幸一君はお願いごとなんてしなくても、僕の顔や態度を見て、いつも直ぐに望みを叶えてくれるから。
「思い付かないや。いつも叶えてもらってる」
……でも本当は、一つだけある。
幸一君に、『大好き』って言ってもらうこと。
けれどこれはお願いごとというより、夢みたいなもので。
お願いして言ってもらうのは少し違うから、僕の中に秘めておく。
いつか幸一君の中で想いが溢れた時に、大好きって言ってもらいたい。
だから直ぐ近くの唇にキスして、抱き付く。
「いつもありがとう、大好き」
それから少しウトウトして、幸一君が抱き寄せてくれるから、本格的に目を閉じる。
起きたら課題、と思ったけれど、結局僕たちはその日お布団から抜け出せず、ずっと話して触れ合って、その距離に浸っていた。

僕のお母さんと幸一君のお父さんも年末年始のお休みに入って、だから僕と幸一君は、少しの間、会うことを控えていた。
僕がお邪魔したら、多分幸一君のお父さんと、僕のお母さんまでも、きっと気を遣ってしまうと思ったから。
お正月はゆっくり休んで、と言ってくれていた幸一君のお父さんの言葉を思い出す。
だから僕は、いつも以上に家事をお手伝いして、気を紛らわせていた。
幸一君にまた早く会いたいって気持ちを、一生懸命散らせていた。
皆仲良くなってきていて、一緒に居ると幸せだけれど、まだ気を遣う距離感ではあると思うのだ。
だから早く、早く、帰るお家が同じになれば良いのになと思う。
けれど同じだったらそれはそれで、今度は触れたくて仕方ない日々が続きそうなので結局悩ましかった。
どの選択肢にも、良い面と悪い面があるという。
それなら僕たちの今の、会わないという選択も、きっと良い面があると思う。
現にお母さんは、沢山お手伝いをする僕を見て、助かる、と微笑んでくれていて。
悪い面はきっと、会いたくて仕方なくて、『早く会いたい』って、我慢できずにメッセージを送ってしまったこと。
送ってから照れて、消そうとしたけれど直ぐに既読が付いて、焦っていたら『お願いごと?』って返事が来て。
そっか、僕まだお願いごとしてなかったや、と思って、けれど、この年の瀬に会うのはなかなか難しくて。
なんて返そうか迷っていたら、『年が明けたらお参りに行こう』って追加で来たから、驚く。
「おっ、お母さん、僕、不良になってもいい……!?」
「……不良は自己申告しないと思うわよ?」
嬉しくてパニックになる僕と、そんな僕を戸惑った様子で見つめる僕のお母さん。
お母さんと二人で迎える年越しは、今年で最後かもしれないからドキドキした。
年が明ける数時間後には、幸一君と会えると思うとソワソワした。

年が明けて、お母さんと新年の挨拶を交わした直後、僕は大慌てで防寒具を着込んで、近くの神社へと向かう。
夜中に出歩くことなんて初めてで、僕は不良だ……!とドキドキしたけれど、初詣に行ってきても良い!?と聞くと、お母さんは笑って、気を付けてね、と快諾してくれた。
向かう先は近くの神社で、会う相手は幸一君だからね!と追加で申告すると、はいはい、と笑っていたお母さん。
それから、迎えが必要なら連絡してね、と言ってくれるから、ありがとう、でも無理せず寝てね、と言って家を出た。
僕もお母さんも、お休みでも割と規則正しい生活をしているから、お互い結構眠い顔をしていたのだ。
けれど僕の目はすっかり覚めていた。
頬を刺すような寒さのせいもあるけれど、何より幸一君と会えることが嬉しかったから。
深夜、新年、それから好きな人。
こんなにトキメク要素山盛りのお出掛けに、目が覚めない訳がなかった。
神社に着くと、既に参拝の列ができていて驚く。
こんな夜中に、こんなに沢山の人が起きていて、ここに集っているということが不思議でワクワクする。
辺りを見渡すと、神社の敷地内に幸一君が立っていて、僕は迷わず駆け寄った。
「幸一君!」
「ん」
寒そうにマフラーに埋もれている幸一君が可愛くて、飛び付きたくなるけれど必死で堪える。
ここは外で、初詣の賑わいに向けて明るくライトアップされていて、それから、とても人が多いから。
けれど察した幸一君が、そっと手を差し出してくれるから、僕は握手する形で握って、それから、僕の頬に幸一君の手を当てる。
「寒いね」
「ん」
「会いたかった」
「うん」
「あ、そうだ、明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
新年の挨拶よりも先にいちゃついてしまった、と反省しながら頭を下げると、幸一君の笑う吐息が聞こえるから、好きだなぁと思う。
僕は幸一君の、吐息だけで笑う感じが結構好きだった。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
僕の頬に手を当てたままだった幸一君が、挨拶を返してくれながら両手に力を込めたり離したりするので、僕の頬と唇の形がめちゃくちゃになって、その様子を見た幸一君が楽しそうに笑う。
その笑顔が素敵で、悔しいけれど嬉しい。
「……並ぼう」
キスしたい、ってお願いごとは頑張って胸に仕舞って、幸一君と参拝の列に並ぶ。
僕のお母さんも、幸一君のお父さんも、年末年始をゆっくりと休ませてあげたいのに。
早くお仕事始まらないかな、なんて思ってしまうから、僕は本当、最低だなと思う。
お仕事が始まったら、また幸一君と沢山触れ合える。
そう思ってしまって、最低だった。
僕は『良い子』と『悪い子』の間に板を掛けて、シーソーをしている気分だった。
悪い子の僕は嫌だな、と思う。
「涼太」
考え事をしていたら、すぐ横から呼ばれて、見れば紙コップが差し出されて。
「なあにそれ?」
「甘酒」
後方を指しながら幸一君が渡してくれるから、受け取って少しだけ舐めてみると、温かくて、甘くて、それからちょっぴり独特な味がした。
「ありがとう、全然気付かなかった」
いつの間に取りに行っていたのだろう。
傍に居る幸一君が離れていたことすら気付いていなかったなんて。
「……抱えるなよ」
「…………うん」
僕をじっと見た幸一君は、僕から甘酒を回収すると、幸一君も少し飲んだ後、唇を舐めていて胸が騒ぐ。
僕が何か考え事をしているから、気を紛らわせる為に甘酒を取りに行ってくれたのかな、と思う。
幸一君はいつだって僕を見ていてくれて、そして想ってくれている。
だから余計なことを考えている場合じゃない、と思って、幸一君から甘酒を奪うと、もう一口飲んで笑った。
「泥棒」
「僕のだよっ」
全然、僕のではないけれど。
言うと、笑ってくれた幸一君。
甘酒も幸一君も、全然僕のだよ。
言わないけれど思うと、優しく微笑まれて、僕は目を逸らした。
恋って難しいなと思う。
好きって難しいなと思う。
好きな人が居て幸せで、それと同じくらい、自分の汚さが見えて嫌になる。
けれどそんな汚さに、負けてはいられなくて。
僕は皆を幸せにした上で、僕自身も幸せになるのだから。
今年の願掛けはそれだ、と思って前を向く。
僕をじっと見ていた幸一君は、少し笑って、僕の手から空の紙コップを回収してくれた。
色気だけでなく保護者力みたいなものまで上がってきている幸一君に、僕は敵わないなと思って笑った。