一緒に地獄に堕ちるか。

僕があまりにも泣くから、久保井君はお粥どころじゃなくなって、ティッシュを箱ごと僕にくれる。
けれどそれでも全然止まらなくて、涙を吸い切ったティッシュが山のように生まれて申し訳なかった。
でも、止まらないのだ。
止めようと思っているのに、止まらなかった。
久保井君を傷つけているのは、他の誰かの正しさだと思っていて。
だからその誰かの正しさに、怒りすら感じていたのに。
それ以前に、久保井君の心を傷付けていたのは僕だと気付いた。
申し訳なくて、なんて最低なんだろうと思って、悔しくて、涙が止まらなかった。
でも、伝えておかなきゃいけないことがある。
僕は久保井君のことを、忘れてしまった訳では無いと。
「僕、峰君……山口君たちと、席が近くなった時」
「ん」
「それでも久保井君と一緒に居たいって思ってたんだよ」
「……え、」
「お昼も久保井君と食べたくて、声を掛けようとした。でも久保井君はもう一人で食べていたから、僕とは食べる気が無くなっちゃったのかなって思って。移動教室でも、僕、いつもみたいに、最後まで残るつもりだった。でも、峰君たちに連れ出されて。あの時、久保井君のことを見たら、久保井君は僕のこと全然見ていなかったから……ああもう、終わっちゃったんだ、って思って」
膝に置いた、半分くらいになったお粥を見る。
でも僕の頭には、あの移動教室の光景が広がっていた。
久保井君はもう、こちらを向くことはなかった。
その光景に、胸が痛くなる。
今思い出しても悲しくて、痛くなる。
「でも、ちゃんと話せば良かった。久保井君の仕草だけじゃなくて、ちゃんと話を聞けばよかった。僕、あれからもずっと久保井君のことが好きで、忘れられなくて、苦しかった。同時に久保井君を傷付けてもいた、ごめんなさい。本当はずっと……好きだった」
「……秋村」
久保井君の、戸惑ったような声が聞こえる。
だから僕は視線を上げる。
久保井君は僕を真っ直ぐと見ていて、それから本当に、少し驚いた顔をしていた。
「僕が振られちゃった、悲しい側だと思ってた。本当にごめんなさい。僕、これから久保井君に、ちゃんといっぱい好きって言いたい。好きって堂々と言える立場、今からでももらえる、のかな。僕……久保井君の恋人になりたい。だめかな」
今更かもしれない。
良い意味でも、悪い意味でも。
僕たちは昨日好きって言い合って、今こうして一緒に居て、キスも沢山した。
だから良い意味で、今更かもしれない。
けれど、僕は久保井君を深く傷付けていて、それはトラウマにも成り得るものだった。
だから悪い意味で、もう今更、無理な望みなのかもしれなかった。
久保井君は、迷っている、みたいな顔をしていて。
僕が久保井君に対して、傷付けてしまった申し訳なさを感じているように。
久保井君も僕の、家系を考えて、申し訳なさを抱えているのかなと思った。
「僕の気持ちは変わってない。好きな人と一緒に居たい。久保井君と一緒に居たい。でも僕と一緒に居たら、久保井君は辛い?僕の家系がって思って、辛い?それなら、それなら……僕」
久保井君を頑張って、諦める。
僕は好きな人と一緒に居たい。
でもそれ以上に、好きな人をもう、傷付けたくない。
久保井君が僕と居てくれたら、僕は幸せだけれど。
代わりに久保井君がずっと辛くなるなら、それは僕の望みじゃない。
だから、頑張って、諦める。
でも、それが最後まで言葉にできなくて、また涙が出る。
言ってしまったら、もう取り返せない言葉だから言い出せない。
僕は本当は久保井君と居たい。
でも久保井君を傷付けたくはない。
その狭間で、ずっと、板挟みで抜け出せなくて、涙が出る。
僕は、僕が幸せにする、と、宣言する力がなかった。
僕はまだ学生で、保護者であるお母さんに、守られている存在で。
そんな僕に、何ができるのかと問われたら、多分、何もできない。
でも傍に居たい。
久保井君と一緒に居たい。
久保井君が好きで、好きな人と、一緒に居たい。
全部本音だから、決断できない。
一緒に居たいと、傷付けたくない。
またボロボロ涙を零す僕を、久保井君はじっと、ずっと見ている。
「別れたくなったら、ちゃんと話して相手を納得させる、ってのはどう」
「……別れたくない」
「っは、うん。今はそう。でも、もしいつか別れたくなったら、お互いちゃんと納得して別れよう」
「…………」
「泣くなよ」
困ったように笑いながら、久保井君は言う。
でも好きな人に、大好きな時に、別れたくなった時の話なんてされたら、泣くに決まってる。
でも、久保井君が伝えようとしてくれている意味は、ちゃんと分かった。
僕たちは、殆ど思い込みで、悲しいすれ違いが起きていたから。
だからもし、別れたくなった時。
その時は、ちゃんと話をして別れよう。
そういうことなのだと思った。
別れたがっているのかも、嫌われたのかも、って、想像したり、勝手に察しちゃうんじゃなくて。
今回の反省を活かして、ちゃんと話し合おうって、久保井君は提案してくれている。
なら、それなら。
「分かった、別れない」
「……頑固者」
「僕が別れないって言い続けたら、別れられないね、久保井君」
「……まあ。でも、すれ違うよりは、ぶつかる方がいい。秋村となら、そうしたい」
「…………」
「泣ぁくなよ」
ぐい、と雑にスウェットの袖で目元を拭われて、笑う。
きっと久保井君は、僕が別れたいって言ったら、理由も聞かずに頷くのだろう。
僕のことを、僕よりも深く考えてくれている久保井君のことだ。
僕が他の人を好きだとか、子供が欲しいとか、そんなことを言い出したらきっと、それ以上の理由は聞かずに、受け入れるのだろう。
だから、ちゃんと言えよ、って。
もしそういう感情が芽生えた時は、ちゃんと言えよ、って。
そういう意味も含まれている約束事なのかなと思って、胸に強く突き刺さる。
逆に、もし久保井君に他の好きな人ができた時。
僕は受け入れられるのかな、と思う。
きっと沢山泣いて、絶対やだって思って、でも。
好きな人には幸せで居てほしいから、受け入れられるのかもしれない。
だからこそ、約束事を追加しなきゃいけないと思った。
「僕の為を思って、久保井君自身の気持ちに嘘を吐くのは禁止」
「……」
「もし……何かあれば、ちゃんと言うって約束、する。だから久保井君は、好きなら好きって言って、僕を幸せにして」
涙は漸く止まっていた。
その目でじっと、久保井君の目を見る。
久保井君はちょっと視線を逸らした後、ちょっと悩んだ顔をしていて。
「……好きって言われて、幸せなのか」
そんなことを言うから、ちょっと怒った顔を作る。
「幸せに決まってる。久保井君は僕に好きって言われて幸せじゃない?嬉しくない?」
「……幸せ。嬉しい」
「それと同じだよ。嬉しくてにこにこしちゃうよ」
真剣に言うと、久保井君は頷く。
「分かった」
「約束だよ」
「ん」
「……約束のちゅーする?」
「して」
「うっ、えっと」
「して、涼太」
「……う」
こ、ここで名前を呼ぶのは、ずるいと思う……。
照れる久保井君が見られるかなって、ちょっとした悪戯心で言ったのに返り討ちにされた。
だから僕は覚悟を決めて、ちょっと久保井君に寄る。
でも久保井君が一向に目を閉じないから、ちょっと拗ねた。
「目、閉じて……よ」
「ん」
お願いすると、ちゃんと目を閉じてくれる。
けれど目を閉じて僕のキスを待つ久保井君、という光景は、それはそれで刺激が強くて。
ちょっと迷って、悩んで、深呼吸をして、気合を入れて、ちゅ、とキスをする。
そうしたら、器用にお粥の入ったお皿を回収しながら沢山キスが返ってきて、また僕はヘトヘトになってしまう。
散々キスした後、僕の目尻にもキスをした久保井君が、自分の唇を舐めて。
「……しょっぱい」
ちょっと嬉しそうに呟くから、僕はまた泣いてしまった。
「泣くなって」
「だって、だって」
久保井君の味覚が戻って、嬉しいから。
お粥を美味しそうに食べていたのも、理由が分かって、繋がって、また泣く。
苦しませてごめん、久保井君。
これから沢山、いっぱい好きって伝えるから、だから。
二人で幸せになろう、きっと、ずっと。