一緒に地獄に堕ちるか。

入学式の時、気になる人が居た。
背が高くて、他の人より頭の位置が高いから、遠くにいてもよく見える人。
顔は分厚い眼鏡とマスクで殆ど隠れているけれど、全然開いていない目が物語っていたのだ。
今、物凄く眠い、ってことを。
まだ午前中なのに。
まだお昼も食べてないのに。
それなら、そんなに眠そうな理由は、昨日緊張してなかなか寝付けなかったからなのかな、と思って、そうしたら、なんだか可愛く見えて仕方なかった。
高校一年生になっても、入学式でドキドキして寝付けなかった人。
僕が勝手に付けた印象は、そんな感じだった。

入学して早々に席替えがあった。
日頃から名前順で並ぶことが多いんだから、席くらいはもっとランダムにいこうぜ!って先生が言い始めて。
自由な先生だなぁと思ったけれど、目の前の席が、あの気になっていた人になったのでちょっと嬉しかった。
彼は背が高くて、背中も広くて、だから、僕がちょっと身を縮めると、余裕で先生から隠れられる。
それがおかしくて、秘密基地ができたみたいで、小さく笑っていたら、彼がほんの少しだけ振り返って、僕を見た。
その時の目が、所謂流し目ってやつで、ちょっとドキッとする。
目が一瞬合ったけれど、彼は結局興味無さそうに、また前を向いて。
僕は少しだけドキドキし続ける胸を押さえながら、静かに深呼吸した。

自己紹介をしましょうって流れになって、目の前の彼が、『くぼい こういち』君だってことが分かった。
僕は続けて「秋村 涼太(あきむら りょうた)です」と名乗って、席に着く。
くぼい君は目の前の席に居るから表情が分からなかったけれど、誰の自己紹介を聞いても、身動き一つしていなかった。
またあの眠そうな顔をしているのかなと思うと、少しだけワクワクした。

くぼい君は左利きで、右腕で頬杖をよく突いて、入学式では眠そうだったのに、ちゃんと寝ないで先生の話を聞く。
それが今日の午前中で知った、くぼい君の情報。
あと、多分今クラスの中で、僕だけが知っている情報。
それは、つむじがちょっとだけ左寄りにある、ってこと。
僕だって僕のつむじの位置なんか気にしたことが無いのに、くぼい君のつむじはやけに可愛く見えるから不思議だった。
今このクラスで僕だけが知っているという状況が、よりそうさせているのかもしれない。
勝手に上がってしまう口角は、くぼい君の背中に隠れてやり過ごした。

お昼になると、くぼい君は自分の席でパンを開け始める。
お弁当じゃないんだ、と思いながら背中を突つくけれど、反応が無い。
だからもう一度突つくと、やっと、顔を顰めながら振り返ってくれた。
「ねぇ、名前、なんて漢字で書くの?」
「……」
名前の、漢字。
自己紹介では分からなかったから、気になっていた。
授業中で分かるかなと思ったけれど、なかなかタイミングがなくて。
思い切って聞くと、くぼい君は前を向いてしまう。
あれ、秘密主義?
そんな風に思っていたら、もう一度振り返ったくぼい君が、教科書を見せてくる。
それは、さっきまで授業を受けていた国語の教科書で。
僕も持ってるよ、って言おうか迷っていたら、コンコン、指で教科書の下の方を叩かれた。
見ると、そこには『久保井 幸一』と書いてあって。
なるほど、これを見せる為だったのか、と思って頷く。
その頷きを見た久保井君は、また前に向き直ってしまった。
まあ、今日はこのくらいにしておこう。
高校生活は始まったばかりだし、僕はゲームの攻略本を、最初の一ページから丁寧に読むタイプだった。

次の日、登校していると少し前に久保井君の姿を見つける。
あれは絶対に久保井君の後ろ姿だと思った。
だって周りの誰よりも背が高いし、よく見えるつむじは、ちょっと左寄りにあったから。
僕は駆け寄ろうかちょっと迷って、でももう少しだけつむじを見ていたくて、このまま後ろをついて行くことにする。
もう学校は近いから生徒が沢山歩いていて、なのに絶対、見失わない自信があった。
久保井君のよく見えるつむじが、僕を導く目印だった。

教室に着くと、当然前を歩いていた久保井君は先に着いていて。
おはようって笑顔で声をかけると、久保井君はまたあの流し目をして、一瞬だけ目が合う。
けれど挨拶は返ってこなかった。
ずっとマスクをしているから、風邪で声を出すのが辛いのかもしれない。
僕は風邪を引く時必ず喉からやられるから、のど飴を常備しているのだけれど、まだ口にする物を渡せる程、久保井君との信頼関係は無いかも、と思って渡せなかった。
僕が逆の立場だったら、多分笑顔で受け取って、それからそっと、ポケットに仕舞うかもと思ったから。

授業中にプリントが配られる時、久保井君は僕にプリントを渡してくれない。
正確には回してくれるのだけれど、僕に渡さずに、僕の机に置いてくる。
それがなんだか面白くて、毎回少しにっこりしてしまう。
だって、僕は手を伸ばしているのに。
久保井君はそれを掻い潜って、僕の手の下から、机にそっと差し込むのだ。
だから毎回肘で押さえて受け取る。
なんだろうこれ、って毎回笑ってしまう。