相棒に抱かれることになった



ある日の部活。
試合形式の練習で、一度休憩となった俺は、コートの外からそれを眺めていた。
コートの中で的確に指示しながらプレーするフジに、小さく息をつく。
セフレなんていない、レンに彼女ができても俺には関係ない。
そんなことを言ったくせに俺を焦ったいくらいに甘やかす。
なんなんだよ、ほんとに。
フジとかれこれ10年ほど一緒に過ごしてきたのに、なにを考えてるかわからない。
でも、それはフジだけじゃない。
俺だって、そんなことを思いながらフジに身体を許している。


「……どうしたんだよ、俺」


今まで誰かと付き合っていた時でさえ、こんな気持ちになったことなんてなかったのに。
ついたため息は、熱を帯びていた。


「あれ、京原出てないの?」


俺が立っている場所のちょうど隣にあった体育館の入り口から、誰かが顔を出す。
横を見ると、同じクラスの佐々木という女子だった。
佐々木は学年で可愛いと評判の目立つタイプの女子で、以前俺とフジをカラオケに誘ってきた。


「今は休憩」
「そうなんだー」


「ざんねんだなー」と言う彼女に「そ」と適当な返事をしていると。


「あ、ミスった!」


コートの中からそんな声が聞こえてくる。
振り返ると、パスミスしたボールがこちらに飛んできていた。


「あぶね」


咄嗟に隣にいた佐々木を引き寄せて庇う。
片手でボールをキャッチして、取りに来た部員に渡した。


「京原先輩、さーせん!」
「ちゃんと集中な」
「はい!」


声をかけてコートに戻る後ろ姿を見送る。
そこで、佐々木を引き寄せたままだということに気づいた。
パッと離れて顔を覗き込む。


「ごめん。怪我ない?」
「う、うん……大丈夫!」


耳元まで真っ赤にして頷く彼女に「ならよかった」と返して視線をコートに移す。
その瞬間、コートの中央から、こちらをじっと見つめるフジと目が合った。
ボールを追うことも止め、ゾッとするほど冷たく暗い瞳で、俺と佐々木を見つめている。
一瞬息が詰まったが、次の瞬間にはいつもの涼しい顔に戻ってプレーを再開していた。





次の日。


「京原、おはよう」


佐々木は、席は別に近くないのにわざわざ俺に挨拶をしに来た。
「はよ」と返すと、また彼女の頬が赤みを帯びる。


「あ、あのさ。今日……」
「レン、おはよ」


長い髪を指先でいじりながら言う彼女の言葉を遮ってフジが俺の頭に手を置いた。


「ごめん、なんか話してた?」


フジが佐々木に視線を移して首を傾げる。
その後、「あれ」と口を開いた。


「佐々木さん、メイク変えた?」
「えっ!?あ、うん」
「かわいいね、似合ってる」
「あ、ありがとう……」


佐々木は耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに伏し目になった。


「今日ちょっとリップの色変えてみたんだ」
「雰囲気に合ってていいと思うよ」


いつもの柔らかい笑みを浮かべ、淡々と甘い言葉を吐き出すフジ。
俺と話している時とは違う、少し大人びた魅力を前面に押し出したその表情に、佐々木の瞳が熱を帯びていくのが分かった。
ほんの数十秒前まで俺に向けられていたはずの視線が、あっさりとフジへと奪われていく。


「そうだ、今日京原をカラオケに誘おうと思ってて!藤野もどう?」


佐々木の口から出た言葉に、俺は喉の奥がキュッと縮こまるような感覚を覚えた。
もしフジが割り込んでこなければ、俺は適当に理由をつけて断っていただろう。
だけど、佐々木が「藤野もどう?」と聞いた瞬間、俺の言葉は喉に引っかかって出てこなくなった。
フジの出方を、試すように待ってしまう。
あいつは前、佐々木たちの誘いを即答で断っていた。
だから今回も当然断るはず──


「いいよ、行こうかな」


さらりと吐き出されたフジの返答に、俺は思わず耳を疑った。


「えっ、ほんと!? 藤野が来るなんて珍しい!」
「うん。佐々木さんが誘ってくれたからさ。レンも行く?」


フジは俺の頭に置いた手に少しだけ力を込めながら、試すような、どこまでも静かな瞳で俺を見下ろしてきた。
佐々木は「やったー!」と嬉しそうに声を弾ませている。

なんでだよ。

思い出してしまうのは、あの日、一緒に歩きながら交わした会話だ。


『さっき一番前でざんねーんって言ってた、髪の長い』
『あー……興味ない』


あの時、フジは佐々木のことなんて心底どうでもよさそうに切り捨てていたはずだ。
それなのに、なんで今更自分から話しかけて、褒めたりなんかしてるんだよ。
そこまで考えかけて、脳裏に浮かんできた言葉に息が止まる。


『顔が良くて、わりとよく笑う子』
『普段はちょっと強がってるくせに、二人きりになると急に素直になって、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくるような子がいい』


佐々木はあの日フジが言っていた「好きなタイプ」の条件に、当てはまっているのかもしれない。

あの時は「興味ない」と言っていたけど、実際に話してみたら、あいつの理想そのものだったのか。
フジが今まで彼女を作らなかったのは、本当に興味がなかったからじゃない。自分の好みにどんぴしゃな相手に出会っていなかっただけ。
俺みたいな男相手に身体を重ねて暇をつぶしていたのも、本命がいなかったから。
でも、理想通りの女子が現れたなら──もう俺の出番なんて、どこにもない。
胸の奥が、冷たい刃物で刺されたようにドクドクと痛む。


『俺はレンといるのが一番好きだし』


そう言ってたのに、そんなの嘘つきだろ。
あんなに当たり前の顔して言っていた言葉が、全部虚しく脳内を駆け巡る。
結局、本命が現れるまでの繋ぎでしかなかったのか。


「あ、ごめん……俺、今日用事あったわ」


引き攣りそうになる顔を必死で抑えながら、俺は席から立ち上がる。
フジの手が頭から離れ、空気がやけに冷たく感じられた。


「えー、京原来ないの? 残念」
「……用事? レン、そんなのあったっけ」


フジが眉をひそめ、探るような視線を向けてくる。
その瞳に見つめられるのが耐えられなくて、俺は逃げるように目を逸らした。


「うん。だから……二人で、楽しんできて」


「二人で」という言葉が、自分でも驚くほど冷たく響いた。
フジの目の奥が一瞬、揺れたような気がしたけれど、確かめる余裕なんてなかった。


「そういや、俺顧問に呼ばれてたんだった。ちょっと行ってくる」


教室を飛び出して、階段をがむしゃらに駆け下りる。
後ろから追ってくる足音はなかった。
胸の奥がぎゅっと締め付けられて、息がうまく吸えない。

もう、終わりにしないと。

フジに本命ができたなら、俺は素直に引き下がるのが筋だろ。
分かってる。分かってるのに、視界が歪んで前が見えなくなっていた。

あいつの温度も、優しい声も、全部俺のものじゃない。
最初から、俺のものなんて何一つなかったんだ。