相棒に抱かれることになった



「……っ、は、あ……っ」


静まり返った部屋に、自分のものとは思えないほど締まりのない呼吸が響く。
終わったばかりの身体は熱を孕んでいて、ベッドのシーツに深く沈んだまま、指先一つ動かす気力さえ奪われていた。
ドクドクと耳の奥で、まだ激しい脈拍が鳴り響いている。

仰向けのまま天井を見つめていると、さっきまでこの場所で繰り広げられていた光景が、生々しい熱を持って脳裏に蘇ってきた。

フジは宣言通り、嫌になるくらい甘くて、俺はただひたすらにそれに溺れることしかできなかった。


「レン、身体大丈夫?」
「ん……へーき」


事が終わった後で何も考えられず、ほとんど脊髄反射で答える。

友達、親友、相棒。
そんな関係を壊して捻じ曲げて、考えることなんかたくさんあるはずなのに、頭の中はただ「気持ちよかった」ということしか残っていなかった。

フジはベッドの上でぼおっとしている俺を横目にパーカーを羽織ると、冷房のスイッチを入れた。


「冷房つけたから、服着なよ」
「おー」


生返事をしながらゆっくり起き上がると、腰に感じたことのないじんわりとした痛みが走る。


「……痛って」
「腰?」
「ん。ちょっとフジ、服とって」


腰の痛みから流石に自分で取ることはできなかった。
フジに頼むと、フジは床に散らばっていた俺の制服を取ってこちらに寄越す。


「俺の服貸してもいいけど」
「いや、いーよ。もう帰るだけだし」


フジから服を受け取って腕を通していると、隣にフジが腰掛けた。


「どうだった?甘やかされた気分は」
「マジでヤバかった。あんなに気持ちいいと思ってなかった」


思ったことがそのまま口から出た。
頭がまともに回っていないせいもあるけれど、隠す気にもなれなかった。
全部預けて甘やかされる時間が、こんなにも心地いいなんて知らなかった。


「……そ。ならよかった」
「うん。さんきゅー、俺のわがままに付き合ってくれて」
「それは今更」
「ひど」


シャツのボタンを留め終える。
あとは帰るだけなので、ネクタイは締めなくていいか、と考えていると。


「……あのさ、レン」
「ん?なに?」


袖のボタンを留めながらフジに目を移すと、どこか真剣な表情をしていた。


「お前さ、本当に今まで抱かれる側したことないの?」
「え、なに急に」


あまりに直球な質問に、ボタンを留める手がピタッと止まる。


「いや、初めて抱かれるにしては感度良すぎるなって」
「ヤダー、フジくんヘンターイ」
「うるさい」


ケラケラ笑って揶揄う俺に、フジが眉を顰める。
俺は床に置いていたカバンを取ってチャックを開け、ネクタイをその中に突っ込んだ。


「俺が女子としか付き合ってこなかったこと、知ってるだろ?抱かれたことなんてないって」
「そ」


フジはなぜか安心したように短く息を吐く。
そのフジにふと思いついた疑問をぶつけた。


「てか、俺からしたらフジもだよ?今まで誰とも付き合ったことなかったよな」
「ないよ」
「じゃあセフレ大量にいるとか?」
「……レンは俺のことなんだと思ってんの」


だってフジが上手すぎるから、とは言えなかった。
俺のプライドの問題だ。


「お前とずっと一緒にいるんだから、セフなんて作ってる暇ないって」
「ふーん。まあそういうことにしといてあげる」
「絶対信じてないだろ。本当だからね?」


わかってるよ、本当のことくらい。
小学生の時からずっと学校でも部活でも、休みの日だってずっと一緒にいるんだから。

それは心の中に留めて、俺は軽くあしらうように手をヒラヒラと振って立ち上がる。
腰の痛みはまだ残っているが、さっきよりはマシになった。


「はいはい。じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
「駅まで送ろうか?」
「いーよ、そんな彼女みたいなことしなくて」


カバンを肩にかけて、振り返らずに冗談めかして笑う。
まださっきの甘さが残ってるな、なんて苦笑しながら部屋のドアノブに手をかけた。
ひねってドアを開けたところで、背後のフジが口を開く。


「レン」
「ん? なに?」


ドアを開けかけたまま振り返ると、ベッドに腰掛けたフジが、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
その目が何を考えているのか、俺には上手く読み取れない。


「また抱かれたくなったら、俺に言って」
「え?」


さらりと言われた言葉に、俺はパチリと目を瞬かせた。
フジはベッドから立ち上がると、俺に近づく。
その手をするりと俺の頬に滑り込ませた。


「満足するまで、付き合ってあげるからさ」
「はは、考えとく」


頬に触れたフジの指先は、さっきまで重ね合っていた熱をまだ微かに残していて、一瞬だけ心臓が跳ねた。
だけど、それを悟られないように、いつもの調子で笑ってその手をひらりと交わす。


「じゃあな」


今度こそ背を向けて、フジの部屋のドアを閉めた。
パタン、と静かに閉まったドアの向こうから、急に一人になった静寂が押し寄せてくる。

マンションのエレベーターに乗り込み、誰もいないエントランスを抜けて外に出ると、夕方の少し涼しくなり始めた風が、火照った肌に心地よかった。
一歩を踏み出すたびに、まだ身体の奥に残る痺れるような余韻がじんわりと伝わってくる。

あー、マジで気持ちよかったな。

男相手ってこんなにすごいのか。またフジに甘やかされるのも悪くないな、なんて。
まだ半分夢の中にいるような頭のまま、俺は心地いい疲れに身を任せて、駅へと続くいつもの帰り道を歩き出した。