同居人は女子大生 ~アラフォーだけど恋してもいいですか?~

 週末、家で陽向さんと二人で過ごしているとき。あたしは驚きすぎて素っ頓狂な声を上げた。
「ええ⁉ 新入社員の人もレズビアンだったんですか⁉」
 あたしにとって、陽向さんは人生で初めて出会った同性愛者だった。貴重な人生経験だなあ、なんて思っていたのに、まさか陽向さんの職場にも同性愛者が現れるなんて!
「ね、私もびっくりしたよ。気が付いていないだけで、実はそこら中にいるのかもしれないね」
 陽向さんはレズビアン仲間ができたことが随分と嬉しいらしく、その緑川さんという人の話を楽しそうに聞かせてくれた。
「でね、私と違ってオープンなのよ。それで恋愛経験も豊富でね、いろんな話を聞いちゃった。いやあ楽しかったなあ」
 身振りまで交えながら話す陽向さんは本当に楽しそうだった。それに合わせて、あたしも笑顔を返した。
 陽向さんは、社会人になってから友達がいないと言っていた。それがこうして友達ができたんだから、よかったなあと思う。
 ……よかったはずなのに、あたしの胸の中はどこかモヤモヤしてしまう。
 これからしょっちゅう飲みに行ったりするんだろうか。あたしの作る夕飯を食べてくれる機会が減ってしまうんだろうか。
 他愛のない会話や、ちょっとしたお出かけ。まだ出会ってから数週間だけど、陽向さんの人柄の良さはあたしにとって心地よい。丸っこい体型のおかげか、陽向さんは不思議と安心感をくれる。同居させてもらって正解だったと思う。
 何より、ご飯をおいしそうに食べてくれる。実家でも料理をしたことはあるけど、陽向さんのおかげで料理がこんなに楽しかったということを知った。
 そんな陽向さんと過ごす時間が減ってしまうのは寂しいなあ、なんて、わがままだよね……。
 ふう、と息を吐いて、あたしは気を取り直した。
「ところで、今日のお昼はオムライスです。ふわふわかとろとろ、どっちが好きですか?」
 すると、陽向さんの目が輝いた。やっぱり好きなんだ、オムライス。
「ふわふわがいいな」
「おまかせください」
 陽向さんからのリクエストを受けたら、一気にやる気が出てきた。
 キッチンに立ったあたしはスマホでレシピ動画を開いた。チキンライスは先に用意しておいたので、後は卵を焼くだけだ。
 陽向さんはテレビの電源を入れた。家にいるときの陽向さんは、しょっちゅうソファに座ってテレビを見ている。片膝を抱えるようにして座り、キッチンには見向きもしない。嫌がられそうだから言わないけど、うちの父親にそっくりで、ちょっと面白い。
 テレビを見る習慣のないあたしにはよくわからないけど、陽向さんにとってテレビは生活の一部らしく、常に付けっぱなしになっている。ニュースも天気予報もスマホで確認できるのにな。それとも、あたしも社会人になったら、ああいう風に変わっていくんだろうか。
「ああ! ヤバい、懐かしい……」
 卵を溶いている最中に、陽向さんの声に気を取られて顔を上げた。テレビのバラエティ番組で、昔のドラマの映像が流れていた。制服姿の男女が見つめ合っていて、どうやら高校生のラブストーリーのようだ。見たことのある俳優が出ているけど、名前がわからない。画面の隅のワイプには、女性アイドルが、わあ、と顔だけでリアクションを取っている様子が見えた。陽向さんは当たり前のように見ているけど、あたしはワイプを見たら冷めてしまう。
 熱心にテレビを見る陽向さんの姿を見ていたら、思わず笑いが漏れた。陽向さんの耳にも届いてしまったようで、こちらを振り向いた。
「どした?」
「いいえ、楽しそうだなって思って」
 あたしが笑顔を向けると、陽向さんもにっこりと笑った。
「あのね、このドラマ、私が高校生のときのやつなのよ。あの俳優はこれがきっかけで熱愛報道が出てね……」
 すっかりスイッチの入った陽向さんの口からは、懐かしい話題が次々と湧き出てきた。あたしにとっては懐かしくもなんともないけど、不思議と嫌ではない。
 ふた回りも年上の陽向さんは、あたしが知らないことをたくさん知っていた。それを説明してくれる陽向さんの声はどこか丸みを帯びていて、あたしの耳を心地よくさせてくれる。
 話が一段落した隙に卵を焼き、チキンライスを包んだ。お皿に移して形を整えたら、ほぼ完成だ。
 レシピ動画をそのまんま真似して、仕上げにケチャップで「ひなた」とハートマークを書いた。うん、可愛い。ケチャップの赤が黄色い卵によく映える。同じ要領でもう一つ作り、「あおい」とハートを書いた。
「はーいできましたよ」
 オムライスをテーブルに運ぶと、陽向さんは子どものように喜んだ。
「やったー。お……」
 なぜか、陽向さんはオムライスを見て固まってしまった。思いがけないリアクションに、あたしは戸惑った。
「ふわふわ、で合ってましたよね……?」
 すると、陽向さんは顔を赤くして両手をばたばたさせた。
「い、いや、違うの! 完璧すぎて驚いたの! ……写真撮ってもいい?」
「はい」
 割と普通のオムライスだと思うけど……。そんなに好きなら、またすぐに作ってあげよう。
 でも、陽向さんがオムライスの写真を何枚も撮るので、あたしは段々恥ずかしくなってきた。
「あの、食べましょうよ」
「そ、そうだね! いただきます」
 陽向さんはスプーンを手にして、オムライスをゆっくりと口に入れた。その様子をちらりと見ながら、反応を確かめる。
「んん、おいしい! お店顔負けだねえ」
 すぐに絶賛の言葉が飛び出した。ちょっと早すぎて苦笑いしつつも、褒められた嬉しさの方がずっと勝る。
「そんなに褒めても何も出ませんよ」
 照れ隠しの言葉を言ってから、あたしもスプーンを手にして一口味わった。胡椒の効いたチキンライスが、卵の優しい味によく合う。うん、問題ないな。ちゃんとオムライスしてる。
 オムライスはあっという間に食べ終えてしまった。陽向さんも喜んでいたし、あたしもまた食べたい。定番のレパートリーにしておこう。
 食器を洗い終えたあたしは、ソファの陽向さんの横に腰かけた。ふと、料理中の会話を思い出し、陽向さんに聞いてみたくなった。
「そういえば、さっきテレビで昔のドラマを見てましたよね。高校生くらいの」
「うん」
「陽向さんが高校生のころって、どんな感じでした?」
 かなり曖昧な質問だったせいか、陽向さんは困った顔になってしまった。
「どんなって言われると……そういえば、制服はセーラー服だったよ。最近は減ったよね」
「え! いいなあ。あたしはずっとブレザーで、セーラー服に憧れてました」
 セーラー服姿の陽向さんを思い浮かべる。丸顔の陽向さんには、きっとよく似合ったことだろう。
「全然良くないよ。気軽に脱げないし、暑さ寒さが調節しづらくて。今の子はいいよね。夏場はポロシャツだったりするでしょう?」
「ああ、ポロシャツはいいですよ。べたつかないし、透けないし」
 そんな話をしていたら、今度は陽向さんがあたしに質問をしてきた。
「そういえば、あのドラマはラブストーリーだったけど……葵ちゃんって、高校生のころに恋愛とかしてた?」
「ああ……」
 あたしは高校時代を思い返した。つい数か月前まで高校生だったはずなのに、すっかり昔のことのように感じた。
「恋愛に熱心な子もいましたけど、あたしにはピンと来ませんでしたね。勉強ばっかりしていて、付き合ったりとかそういう経験はないです」
「そ、そっか。まあ十八歳だし、まだまだこれからでしょ」
「陽向さんはどうでしたか? 昔からずっとレズビアンですか?」
 すると、陽向さんは少し寂しそうな顔を見せた。あれ、聞いたらいけないことだったかな……。
「うん、自覚したのは中学生くらいの頃かな。でね、同性愛者だと、学生時代に恋人を作るのは大変だよ。同性愛でかつ両想いの相手を見つけるなんて、学校の狭い環境ではまず無理だよね。だから外に出会いを求めないといけないんだけど、私にはそんな行動力はなかったな」
 そう言われて、目から鱗が落ちた。同性愛者については知識として知っていたけど、学校生活などの日常をイメージしたことはなかった。
 ドラマや漫画で当たり前のように描かれる学校恋愛が、陽向さんにとっては遠い存在だったのかもしれない。なんだか胸の奥がきゅっとなった。同情なんて失礼かもしれないけど、あたしは高校時代の陽向さんに優しい声をかけてあげたい気持ちになった。
 そして、今の陽向さんのことももっと知りたい。
 あたしが優しい微笑みを向けると、陽向さんも照れたように笑い返してくれた。