同居人は女子大生 ~アラフォーだけど恋してもいいですか?~

 職場では、みんないつもと変わらない様子で仕事をしていた。でも、私は朝からそわそわしていた。例の新入社員がやってくるからだ。私は教育係などという慣れない業務を指示されている。
 そしてとうとう現れた新入社員は、真新しいスーツに身を包んだ、真面目そうな眼鏡の女性だった。
「本日から配属になりました、緑川(みどりかわ)(こころ)です」
「原口です。あなたの教育係です。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
 緑川さんははつらつとしていて、第一印象はとてもよい。モンスターみたいな新入社員が来なかったことに胸をなでおろした。
 席は私の隣。机の上にはセットアップ前のパソコンと、モニターやケーブル類だけが置かれている。
「最初は自分のパソコンのセットアップからお願い。それが終わったら、仕事について簡単に説明するね」
「はい!」
 マニュアルを手渡して、私は自分の仕事に戻った。ところが、すぐに横から泣き言が聞こえてきた。
「原口さん……電源が入りませんけど、故障ですか?」
「ええ? そんなはずは……?」
 見ると、電源ケーブルが刺さっていなかった。そりゃあ電源なんて入らないよ……。指摘してケーブルをつながせると、すぐにパソコンの電源が入った。
「ありがとうございます。おかげで解決しました! まさかケーブルが抜けているとは!」
 頭を下げる緑川さんを見て、私は思わず天井を見上げた。なんでこんなレベルの子がIT担当課に……。
 でも、マニュアルのブラッシュアップをした方がいいかも。どんなレベルの社員でもセットアップができるように、最初は電源ケーブルをつなげる、って書いておかないと。ところが、マニュアルにはそこまできっちりと書いてあった。こいつ、マニュアル読んでないな……。
 見た目はシゴデキなのに、中身はポンコツ。よく言い換えれば、可愛げがあるってことか。私はそう考えて、いろんなことをグッと飲み込んだ。
 お昼休みになると、私は緑川さんをランチに誘った。社員食堂の席で、事前に考えていたセリフを口にした。
「緑川さんって、SNSとかやってる?」
 そう、SNS作戦。以前葵ちゃんと相談した、ネットリテラシーに問題がないかを確認するための方法だ。ついでに、コミュニケーションの糸口を見つけるためにもいいと思う。
「はい、やってますよ」
「あの、もしよかったら、教えてもらってもいい?」
「はいぜひ! フォロー大歓迎です!」
 緑川さんはそう言って、スマホの画面をずいっと差し出してきた。表示されているアカウント名を検索し、フォローのボタンをタップした。
 どうやら、緑川さんはSNSの発信に積極的なようだ。もう、この時点で不安しかないんですけど。
「後で見てみるね。ところで、念のために言っておくけど、社内で写真を撮ってSNSに上げたりしたらダメだよ」
「そんなのわかってますって。IT担当ですからね、ネットリテラシーはありますよ」
 緑川さんに笑顔でそう答えられたけど、私の胸には懐疑心が巨大台風のように渦巻いていた。

 仕事を終えて家に帰った私は、葵ちゃんに緑川さんのことを話した。
「新入社員ガチャ、もしかしたらハズレかもしれない……」
「やだあ、ガチャとか言わないでくださいよ。ところで、その人のSNSは見たんですか?」
 そういえば、まだ見ていなかった。二人でソファに並んで座り、スマホの画面を覗き込んだ。肩が軽く触れてしまい、私の心臓が小さく跳ねる。どういうわけか、葵ちゃんとの物理的な距離は日々近づいていた。葵ちゃん、私がレズビアンだってこと、忘れてないかな?
 スマホで緑川さんのアカウントを表示した。そのプロフィールには虹色の旗の絵文字が添えられていた。
 ……おや?
 さらに投稿内容をチェックすると、途端に私は違和感に襲われた。たくさんの写真が投稿されていて、その多くはやや年上の女性との親密そうなツーショットだ。
「お姉さんですかね? 投稿されている写真も普通で、平気そうですね」
 納得した様子の葵ちゃんはそう言って、私のスマホを見るのをやめた。でも、私は姉妹なんかじゃないという予感がしていた。
 まさかと思った私は、緑川さんがフォローしているアカウントをチェックした。すると、いくつかの同性愛コミュニティやレズビアンバーなどのアカウントがフォローされていた。指先で画面をスクロールするたびに心臓が速くなる。
 虹の旗。女性との親密な写真。同性愛関係のフォロー……。
 もしかして……! 緑川さんはレズビアンかもしれない! これだけで断定するわけにはいかないけど、その可能性は充分にある。
 もしも、私の想定が正しかったら。こんなに身近に同性愛者がいたことなんてない。そう考えると、私は緊張してドキドキしてきた。
 でも、まずは本人にちゃんと確認してみないと……!
 
 翌日、私はミーティングスペースで緑川さんに仕事の説明をした。半透明のパーティションで区切られていて、周囲からは他の人の声が少しだけ聞こえる。緑川さんはうんうんと頷きながら説明を聞いてくれているけど、本当に理解してるのかなあ……。
「……という感じです。今日からさっそくお願いね」
「はい! わかりました!」
 説明を終えた私は、軽く深呼吸をしてから切り出した。
「ところで、ちょっと雑談してもいい?」
「はい」
「あの、一応、念のために言っておくけど、もし私の発言に何か問題があったら、コンプライアンス室に報告してもらっていいから。うちの会社はそういうところがちゃんとしてるから」
「……何を話すつもりなんですか?」
 予防線を張りすぎてしまったせいで、緑川さんは警戒心をあらわにした。
「昨日、緑川さんのSNSを見たんだけど……もしかして、緑川さんって、レズビアンだったりする……?」
 私が声を潜めて言うと、緑川さんは一瞬きょとんとしてから笑った。
「ああ、はい!」
 慎重に言葉を重ねて質問したのに、あっさりとした返事が返ってきてしまい、私はずっこけそうになった。
「そ、そうなんだ。じゃあ、あの写真は、彼女さん?」
「そうですよ。あれ、もしかして原口さんって、そういうのダメな人でした……?」
「いやいや、逆なの! 実は、私もレズビアンなの」
「え! マジで?」
 緑川さんはよっぽど驚いたらしく、目を丸くしながら砕けた言葉を口にした。
「わあ、すっごい! まさか職場にレズの人がいるなんて!」
「しーっ! 声が大きいよ!」
 ここのミーティングスペースはパーティションで区切られているだけだ。大声は迷惑だし、私は周囲にカミングアウトしていないから気まずい。
「でも、そうかあ。やっぱりそうなんだね。私もSNSを見たときに驚いたよ」
「いやあ、なんだかいいですねえ。私、原口さんにすごく親近感が湧きました」
「うん、私も。と、ところで、もしよかったら、今度ご飯でもいかない?」
「え、それって誘ってます?」
 緑川さんが白い目でこちらを見たので、私は慌てて手を振った。
「違う違う! そうじゃなくて! あのね、私って、これまでにそういう知り合いがいなかったの。だから、いろんな話を聞いてみたいなあって思っただけ」
「なるほど、いいですよ。あ、でも彼女に聞いてからにしますね。大丈夫だと思いますけど」
 彼女という言葉を聞いて、少しドキリとした。年齢は私の方がずっと上だけど、緑川さんは私にはない経験を積んでいる。
「もう返事来ました。大丈夫だそうです。じゃあ、さっそく今日なんてどうです?」
 退勤後に二人で駅前に向かう様子を思い浮かべたら、思わず笑みがこぼれた。
 こうして、私は秘密を打ち明けられる新たな友人を得たのであった。