同居人は女子大生 ~アラフォーだけど恋してもいいですか?~

「……その女は誰なの?」
 寝室の入り口に立ったマミちゃんが、鬼の形相で私とサクラちゃんを睨んだ。大変残念なことに、ベッドに横たわった私もサクラちゃんも一糸まとわぬ姿だ。
「あ、あの‼ あたし帰ります‼」
 危険を察知したサクラちゃんは叫びながら服と荷物を引っつかみ、電光石火の素早さで部屋を飛び出した。
 ああ、マズいことになった……。
「えっとマミちゃん、今日は仕事で泊まりなんじゃなかったっけ……?」
「予定がキャンセルになったから帰るってメッセージを入れましたけど」
 クソっ。キャンセルって何? あんたの職場の業務管理はどうなってんのよ……。
「で……今の女は誰なの?」
 はあ、これはダメだ。私の経験上、きっと何を答えても爆発する。ならせめて、少しでも誠意のある態度を見せておこう。
「あの……本当にごめんなさい……もうこんなことはしないから……」
「こないだも同じこと言ってた‼」
 案の定マミちゃんは爆発し、ハンドバッグで殴りかかってきた。
「出てけっ‼」
「痛い! ちょ、服! 服だけ着させて!」
「さっさと出ていけえ‼」
 私は殴られながら服と鞄をつかんで部屋から逃げた。裸のままで玄関まで行き、惨めな気持ちで服を着た。
 靴を履いて外に出ると、自然と深いため息が漏れた。
 でもまあ、マミちゃんとの痴話喧嘩はこれでまだ二回目だ。マミちゃんは私に入れ込んでるから、やり直せるチャンスはあるかもしれない。
 
 とぼとぼと駅に向かって歩いていると、スマホが鳴った。
 お! さっそくマミちゃんからの仲直りの電話か?
 ところが、画面に表示された名前は、まったく別の可愛い子ちゃんだった。
 まあ、これはこれでよし。
「はあい」
『シャネルさん、こんばんは。夜分遅くにすみません』
 通話に出ると、スマホから倉田ちゃんの声が響いた。
「いいえ、どうしたの?」
『あの、実は紹介したい人がいまして。こっちをスピーカー通話にしますね』
「え? ああ、どうぞ」
 紹介って、誰をだろう。まさか、以前話してた同居人との仲が進展したのか?
 私はワクワクしながら次の言葉を待った。
『緑川さんこんばんは。原口です……』
 スマホから聞こえた職場の先輩の声に、私は言葉を失った。
 
 *
 
『え、原口さん⁉ なんで⁉』
 葵ちゃんのスマホから、緑川さんの戸惑いの声が聞こえてきた。
「あはは……説明は葵ちゃんからしてもらうね」
「はい。シャネルさん、言ってなくてごめんなさい。実はあたしの同居人って、シャネルさんと同じ職場の人だったんです」
『そうなの⁉ やだ倉田ちゃん、そういうのは言ってよー』
 私はすかさずフォローを入れた。
「あの、緑川さん。私もたった今知ったところだから、気にしないで」
『はあ、そうなんですか……』
「それで、シャネルさん」
 葵ちゃんは言った。
「おかげさまで、あたしたち付き合うことになりました」
『でええ⁉ マジか、おめでとう!』
 電話口の祝福の声に、私は少し照れくさくなった。
「ありがとうございます。ところで、シャネルさんに相談したいことがあるんです」
『あら、何かな?』
「あの、あたしたち、そういう経験がなくって。いざ付き合ったら、何をしたらいいか困っているんです」
『ははあ、なるほどねえ。あのね倉田ちゃん。付き合ったらやるべきことなんて決まってる。女同士ってのはすごいんだから……』
「ストップストップ!」
 スマホの向こう側に緑川さんのやらしい顔が見えた気がして、私は慌てて言葉を遮った。
「あのね、私たちはビギナーなの。だからマイルドなやつでお願い」
『ええ? 仕方ないですね。まあ基本的には何をしてもいいんです。お互いを恋人だと認識して、その……誠実に、過ごせば、いいん、です……』
 最後の方はごにょごにょして聞こえづらかった。それでもなんとなくわかった。きっと、何も特別なことなんてなくていいってことだ。
「ええ、でも、何か恋人らしいことがしたいです」
 葵ちゃんが抗議の声を上げた。
『んー……そうだね。じゃあ、ハグなんてどう?』
「「ハグ⁉」」
 私たちは声を揃えた。
『ハグなんて、いかにも恋人らしいし、すぐできていいでしょ。原口さん、このくらいならいいですよね?』
「ああ、まあ、そうね……」
「わかりましたシャネルさん。とても参考になります」
『あはは、どういたしまして』
「じゃあ、この辺りで失礼しますね」
「緑川さん、ありがとう。おやすみなさい」
『はーい、おやすみなさい』
「おやすみなさい」
 通話を終えると、葵ちゃんは期待に満ちた目でこちらを見た。
「……陽向さん」
「なんでしょう」
「ハグです」
「ハグ、ですか」
「はい。ハグ……しましょう」
「ちょっと待って」
 私は両手を前に突き出して防御の姿勢を取った。
「その、まだ、心の準備が」
「ええー……」
 唇をとがらせて不満を表明する葵ちゃん。その顔がとても可愛かったので、心の中のカメラでバシバシと脳内に記録した。
 ……じゃなくて。
 おろおろしていると、葵ちゃんは言い放った。
「とりあえず、立ちましょうか」
 私たちはソファから立ち上がって向き合った。
「さあ、両手を広げてください」
「いやいやいやいや。やっぱり私たちにはまだ早いって」
「そんなことありません。こう言ってはなんですが……三十八歳は遅いくらいだと思います」
「ぐっ……」
 年齢について言われてしまい、私は言葉を詰まらせた。
「意地悪なことを言ってごめんなさい。でも、あたし……もう我慢できません」
 そう言うや否や、葵ちゃんは私にふわりと抱きついてきた。柔らかな温もりが私の体に吸い付いて離れない。
 私は思わず野太い雄たけびを上げた。ごめんなさい隣の部屋の人……。
「陽向さん……」
 私の耳の横で葵ちゃんは囁いた。
 胸の高鳴りが止まらない。私と葵ちゃんの胸の音が一つになり、部屋の中に響き渡った。
「あの、事後ですみません。合意してください……」
「そんなのズルいよ。合意するに決まってるじゃん……」
 私はそう言って、震える腕で葵ちゃんの細い体を抱き返した。
「陽向さん、好きです」
「あ、ありがとう、ございます」
「えー? 陽向さんも言ってください」
 私はごくりと唾を飲み込んだ。さっきは勢いで言ってしまったけど、改めて言うのはとても恥ずかしい。
「言ってくれないと……もっとすごいことをするかもしれません」
「わかったわかった!」
 もう、変なことを言って。緑川さんの影響なの⁉
 私はとうとう観念し、真っ赤な顔で深く深呼吸をした。
「葵ちゃん……」
「はい」
「……好きです」
「うふふ。はい!」
 この部屋の中で、私たち二人の鼓動はいつまでも響き続けていた。