同居人は女子大生 ~アラフォーだけど恋してもいいですか?~

 春の昼下がり。今日は、葵ちゃんが我が家にやって来る日。私は彼女を駅まで迎えに行った。
 駅の改札が開くたびに人の波が押し寄せ、私は目を凝らして葵ちゃんを探した。
 すると、突然声をかけられた。
「陽向さんですか?」
「えーっと……葵ちゃん、だね」
「はい」
 葵ちゃんはにっこりと笑って答えた。
 その薄めの顔は葵ちゃんに違いないはずなのだけど、私は一瞬迷った。だって、私の記憶と目の前の葵ちゃんには随分と差がある。
 結婚式のときは、清楚なドレスを着ていた。でも今は、すごいミニ丈のプリーツスカートを履き、細い足をこれでもかと見せている。髪も短くなった。
 一方の私は、ゆったりとしたジーンズで太ましい足をこれでもかと隠している。スカートを履いたのは高校時代が最後だ。
 こうやって改めて見ると、葵ちゃんが割と可愛いことに気が付く。春の日差しを受けた髪がふわりと光り、私は思わず息を飲んだ。
 ……天使だ。
 うっかり私の目は、葵ちゃんの姿に釘付けになった。白い頬は透き通って見える。全体的に細いし、肌なんてこの距離で見てもわかるくらいすべすべで……。
「あ、あの、何か変ですか?」
 葵ちゃんの戸惑う声が耳に入り、私は現実に戻ってきた。
 やっべ。どう考えても見すぎた。
「ち、違うの! いや、足なんか出して、若いなあって思っただけで! 老婆心ってやつで!」
 すると、葵ちゃんはおっとりとした様子でふふっと笑った。
「変なの」
 私は胸をなで下ろした。
 あ、危なかった。これから同居するというのに、いきなり警戒されてしまうところだった。
 ……え、ていうか、私はこれからこの天使と同居するんですか?
「じゃ、じゃあ家まで案内するね」
 私は平静を装って歩き出した。葵ちゃんは何度も周りを見回していた。駅前の商店街を抜け、バス通りを越える。きっちりと整備された川に沿って、二人で黙って歩いた。
 ……沈黙が気まずい。な、何かしゃべらないと……。
 私は葵ちゃんを見やると、ついミニ丈のスカートに目がいってしまった。
「あの、その服装、いいね」
 そう言ってから後悔した。これじゃなかったかも……。もっと、大学のこととかの無難な話題があったかもしれないのに。
 すると、葵ちゃんは照れたように笑った。
「えへへ。東京って初めてだったんで、あたしなりに頑張ったつもりです。どうですか?」
「うんうん、めっちゃ似合ってるよ」
 私は首を縦にぶんぶん振って肯定した。
「よかった……。派手すぎるかなって、ちょっと心配だったんです」
 ほっとした顔の葵ちゃんを見て、私の胸の奥がきゅうんと鳴った。
 ……それにしても葵ちゃん、このわずかな時間のうちにどんどん可愛くなってないか。一緒にいればいるほど味わいが出てくる、スルメ系女子大生。あれ、天使と比べると随分格下げな感じが……。
 そんな失礼なことを考えているうちに、家に到着した。
 
「うわあ、すごい。今日からここで暮らせるんですね」
 家の玄関を抜けると、葵ちゃんは感嘆の声を上げた。ここは日当たりが良い。昼の日差しがリビングいっぱいに差し込み、ダイニングテーブルや壁に飾られたジグソーパズルを照らした。
 なんてことのない賃貸の2LDKなのだけど、地方から出てきたばかりの葵ちゃんには新鮮なのかもしれない。
「こっちが葵ちゃんの部屋ね。事前に送ってもらった荷物はもう置いてあるよ」
 二人で手分けして段ボール箱を開けると、参考書や文庫本、衣類などが次々と出てきた。私がハンガーを手渡すと、葵ちゃんはてきぱきとクローゼットへ服をしまっていく。
 荷解きを終えた私たちはリビングで一休みすることにした。グラスに入れた麦茶を葵ちゃんに出してあげるとごくごくと飲んで、ああ、生き返るう、なんて言った。
 私も麦茶を口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。小さく深呼吸して気持ちを落ち着けてから、私は口を開いた。
「あの、ところでさ。聞いてるんだよね、その、私が……レズビアンだってこと」
「はい。太陽さんから聞きました」
 葵ちゃんは事もなげに言った。
「今さらなんだけど、気にならないの? これから同性愛者と暮らすわけで」
「ええ、別に。あたし、学校で習ったことがあるから、LGBTQに偏見とかないです。同性愛者も異性愛者と同じで、誰彼構わず好きになるわけじゃないですもんね?」
 葵ちゃんはそう言って、ソファから少しだけ身を乗り出して私の目を覗き込んだ。そのまっすぐな瞳は私の心を見透かしてしまいそうで、思わず目を逸らした。
 そうです。葵ちゃんの言ったことは、一般論として正しいです。
 それはそれとして、私は葵ちゃんを一目見たときからずっと気になってます、なんて。……口が裂けても言えないなあ。
 でも、こうして葵ちゃんと会話したことで、自分の気持ちが少し整理された。いやあ、自分でも信じられない。こんな二回りも年下の女の子に、心を奪われてしまうなんて。
 無言で悶々としていたら、葵ちゃんは不安そうになってしまった。
「あれ、あたし、何か気に障ることを言いました……?」
「いやいや! ちょっと考えごとをしてただけ」
 私は大慌てで手を振った。
「顔が赤いですけど、だいじですか?」
「う、うん。ちょっと緊張してたの。こういう話、誰かとしたことがないから」
 私は手でぱたぱたと顔を扇いだ。でも、その程度の風では顔の熱さは取れそうになかった。
「そうですか! でも、あたしは平気なんで、陽向さんこそ気にしないでくださいね」
 屈託のない笑顔を見せる葵ちゃん。でもね、私は、平気じゃないかも……。
 
 その後、同居生活のルールについて説明してから、お互いの生活リズムについて話した。
「私は平日が仕事。家に帰る時間はいつも八時くらいだから、夕飯は待ったりしなくていいからね」
「結構遅いですね」
「うん。うちは定時で帰らないのが基本だから」
 夜に家に帰ったときに部屋がしんとしていると、私はすごく寂しい。だから太陽に同居してもらってたんだ。
「あ、それじゃあ、あたしが陽向さんの分の夕食も用意するようにしますね。もしよければ、朝食も」
「ええ? い、いいの?」
「はい! 光熱費を出してもらうことになってますし、このくらいはしたいです。あたし、料理は嫌いじゃないので」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
 私は基本的に料理をしない。太陽と二人暮らしのときは、太陽が料理当番だったので任せっきりだった。今後は適当に済ませようと思ってたのに、まさか葵ちゃんの手料理が食べられるなんて……。
 テーブルの上には、二人分の麦茶のグラスが並んでいる。
 ああ、今日からこの家には、また私以外の誰かがいる。それだけのことがすごく嬉しい。
 私の新生活は、明るい兆しとともに幕を開けたのだった。