電車を乗り継ぎ、あたしたちは海沿いの駅までやって来た。
駅に着くと、さっそく魚が描かれた看板に出迎えられた。
「水族館なんて久しぶりだよ」
楽しそうに言う陽向さん。
「あたしも久しぶりです」
その横で平静を装っているものの、あたしは胸のドキドキが止まらなかった。
だって、これは、どう考えても水族館デート。
きっかけはテレビだった。地方の水族館ロケのVTRを見て、いいなあ、なんて言ったら、じゃあ週末に水族館に行こうか、と陽向さんに言われたのだ。
重野くんの発言がきっかけで、あたしは自分の気持ちに気が付いた。
そして、陽向さんがお風呂場で転倒した事故を経て、その気持ちをさらにはっきりと自覚した。
あたしは、陽向さんが、好き。これは私にとっての初恋だった。
胸がぎゅっとなったり、顔が熱くなったり。恋がこんなに体に影響するものだとは知らなかった。
不思議なもので、同じ家で暮らしているはずなのに、一緒にお出かけするとなると気持ちが浮ついてしまう。
今日は服装選びにさんざん迷った末、ミニ丈のスカパンにシアーシャツを合わせて、適度な肌見せのある涼しげなコーデにまとめた。
陽向さんはこの服装を気に入ってくれたらしく、出かける前に可愛い可愛いと言ってくれた。これからはずっとミニ丈にしよう……。
*
駅から水族館まで二人で並んで歩いた。
初夏の日差しが眩しい。水族館なら屋内だと油断していたけど、これなら帽子くらい持ってくればよかった。
葵ちゃんは細い足を惜しげもなく出していて、こちらも負けず劣らず眩しい。
私は平静を装って歩いているものの、内心はかなりドキドキしていた。
だって、これは、どう考えても水族館デート。
テレビに映っていた水族館に葵ちゃんが興味を示していたので、チャンスだと思って誘った。一緒に暮らしているだけでも幸せなんだけれど、せっかくだからいろんな時間を共有したい。
「葵ちゃんは好きな魚とかいる?」
「カクレクマノミが見たいですね」
「え? 何ノミ?」
何気なく聞いた質問に、知らない名前の魚を返されて面食らった。
「カクレクマノミです。あれです、ニモ」
「ああ、ニモね! ニモならわかるよ。もしかして魚に詳しい?」
「詳しくはないですけど、結構好きですよ」
そうだったのか。迂闊な知ったかぶりはしない方がよさそうだ……。
水族館の中は暗かった。人もそれなりに多いせいか、葵ちゃんは私からはぐれないようにぴったりとくっついて歩いた。腕が触れそうな距離にいるだけで、胸が高鳴る。家では体験できないこのドキドキ感がたまらない。
こういうとき、手をつなげたらいいなあ、なんて妄想をしてしまう。でも現実にそんなことをしたらセクハラだし、何より私は性的指向を周囲に隠している。私は脳内だけで葵ちゃんの手の感触を楽しんだ。
この水族館ではショーなどは催されていない。そのため、スケジュールをほとんど気にせずにのんびりと水槽を眺めることができる。
サンゴ礁のような熱帯魚の大きな水槽に来ると、葵ちゃんの目が輝いた。
「綺麗ですねえ」
「ほんとだね」
色鮮やかな魚たちが、サンゴやイソギンチャクの周囲を群れを成して泳いでいる。本当に綺麗だ。
私はちらりと葵ちゃんの横顔を見た。水槽の照明に照らされたその横顔は、どんなサンゴ礁よりも美しいと思った。
「あ、カクレクマノミです。ほら」
葵ちゃんが指した先にニモがいた。本来はカクレクマノミと言うのかもしれないけど、周りのお客さんもニモと呼んでいるので、やっぱりニモでしかないと思う。
「ニモと写真を撮ってあげるよ」
そう言ってスマホを構えると、葵ちゃんは両手でハートを作って微笑んだ。な、なんてサービス精神! まるでアイドルみたいだ……。
*
あたしたちは小さな水槽が並ぶエリアに来た。一つの水槽を覗き込んでみたものの、そこに魚はいなかった。
「何にもいないんですけど……」
「ええ? そんなことある?」
どれどれ、と陽向さんも水槽を覗き込み、髪をかき上げた。
か、顔が近いな……。陽向さんの大きな瞳には、水槽の中の様子が映りこんでいるように見えた。
陽向さんは手を水槽の段差に置き、顔がガラスに触れてしまいそうなほどに近づけた。真剣な眼差しで水槽の中を探る陽向さんの姿は、ジグソーパズルに取り組んでいるときのことを思い出させた。
あたしは陽向さんの手を見た。あたし、あの手に、触っちゃったんだ……。
っていうか、実はもっとすごいことをしてる。は、裸の陽向さんに抱きついたんだ。あの時はパニックだったから、どんな感じだったか覚えていないけど、今になって思い返すととんでもないことだよね……。
それを思えば、手が触れるくらいなんでもないんだろうか。あたしは自分の手を陽向さんの横に置いた。陽向さんは水槽に集中していて気が付かない。
そのまま小指をそうっと伸ばした。こんなこと、ダメなのに。心臓が変な暴れ方をしている。あと3ミリ。あと2ミリ。あと、1ミリ……。
すると、水槽の死角から大きな魚がぬうっと姿を現した。
「「ぎゃあ!!」」
二人とも驚いて飛び上がった。その勢いで、あたしたちはお互いにしがみついてしまった。
「ああ……やだ、いるじゃん」
「ですね……」
そう言って目を合わせると、二人ともおかしくて笑いだした。
でも、あたしはすぐに冷静になり、ぱっと手を離した。
「す、すみません触っちゃって」
すると陽向さんもハッとして手を離した。
「そんな! 全然平気だよ。むしろ私も触ってごめん」
「いえいえ、別に、触られるの、平気だし、嫌じゃないです……」
するとまた目が合った。でも今度は、さっきみたいなファニーな感じじゃない。二人の間で、どこか熱を帯びた視線が絡み合った。
「あの、葵ちゃん」
「……はい」
「他のお客さんの邪魔かも……」
あたしたちはそそくさと水槽の前から立ち去った。
駅に着くと、さっそく魚が描かれた看板に出迎えられた。
「水族館なんて久しぶりだよ」
楽しそうに言う陽向さん。
「あたしも久しぶりです」
その横で平静を装っているものの、あたしは胸のドキドキが止まらなかった。
だって、これは、どう考えても水族館デート。
きっかけはテレビだった。地方の水族館ロケのVTRを見て、いいなあ、なんて言ったら、じゃあ週末に水族館に行こうか、と陽向さんに言われたのだ。
重野くんの発言がきっかけで、あたしは自分の気持ちに気が付いた。
そして、陽向さんがお風呂場で転倒した事故を経て、その気持ちをさらにはっきりと自覚した。
あたしは、陽向さんが、好き。これは私にとっての初恋だった。
胸がぎゅっとなったり、顔が熱くなったり。恋がこんなに体に影響するものだとは知らなかった。
不思議なもので、同じ家で暮らしているはずなのに、一緒にお出かけするとなると気持ちが浮ついてしまう。
今日は服装選びにさんざん迷った末、ミニ丈のスカパンにシアーシャツを合わせて、適度な肌見せのある涼しげなコーデにまとめた。
陽向さんはこの服装を気に入ってくれたらしく、出かける前に可愛い可愛いと言ってくれた。これからはずっとミニ丈にしよう……。
*
駅から水族館まで二人で並んで歩いた。
初夏の日差しが眩しい。水族館なら屋内だと油断していたけど、これなら帽子くらい持ってくればよかった。
葵ちゃんは細い足を惜しげもなく出していて、こちらも負けず劣らず眩しい。
私は平静を装って歩いているものの、内心はかなりドキドキしていた。
だって、これは、どう考えても水族館デート。
テレビに映っていた水族館に葵ちゃんが興味を示していたので、チャンスだと思って誘った。一緒に暮らしているだけでも幸せなんだけれど、せっかくだからいろんな時間を共有したい。
「葵ちゃんは好きな魚とかいる?」
「カクレクマノミが見たいですね」
「え? 何ノミ?」
何気なく聞いた質問に、知らない名前の魚を返されて面食らった。
「カクレクマノミです。あれです、ニモ」
「ああ、ニモね! ニモならわかるよ。もしかして魚に詳しい?」
「詳しくはないですけど、結構好きですよ」
そうだったのか。迂闊な知ったかぶりはしない方がよさそうだ……。
水族館の中は暗かった。人もそれなりに多いせいか、葵ちゃんは私からはぐれないようにぴったりとくっついて歩いた。腕が触れそうな距離にいるだけで、胸が高鳴る。家では体験できないこのドキドキ感がたまらない。
こういうとき、手をつなげたらいいなあ、なんて妄想をしてしまう。でも現実にそんなことをしたらセクハラだし、何より私は性的指向を周囲に隠している。私は脳内だけで葵ちゃんの手の感触を楽しんだ。
この水族館ではショーなどは催されていない。そのため、スケジュールをほとんど気にせずにのんびりと水槽を眺めることができる。
サンゴ礁のような熱帯魚の大きな水槽に来ると、葵ちゃんの目が輝いた。
「綺麗ですねえ」
「ほんとだね」
色鮮やかな魚たちが、サンゴやイソギンチャクの周囲を群れを成して泳いでいる。本当に綺麗だ。
私はちらりと葵ちゃんの横顔を見た。水槽の照明に照らされたその横顔は、どんなサンゴ礁よりも美しいと思った。
「あ、カクレクマノミです。ほら」
葵ちゃんが指した先にニモがいた。本来はカクレクマノミと言うのかもしれないけど、周りのお客さんもニモと呼んでいるので、やっぱりニモでしかないと思う。
「ニモと写真を撮ってあげるよ」
そう言ってスマホを構えると、葵ちゃんは両手でハートを作って微笑んだ。な、なんてサービス精神! まるでアイドルみたいだ……。
*
あたしたちは小さな水槽が並ぶエリアに来た。一つの水槽を覗き込んでみたものの、そこに魚はいなかった。
「何にもいないんですけど……」
「ええ? そんなことある?」
どれどれ、と陽向さんも水槽を覗き込み、髪をかき上げた。
か、顔が近いな……。陽向さんの大きな瞳には、水槽の中の様子が映りこんでいるように見えた。
陽向さんは手を水槽の段差に置き、顔がガラスに触れてしまいそうなほどに近づけた。真剣な眼差しで水槽の中を探る陽向さんの姿は、ジグソーパズルに取り組んでいるときのことを思い出させた。
あたしは陽向さんの手を見た。あたし、あの手に、触っちゃったんだ……。
っていうか、実はもっとすごいことをしてる。は、裸の陽向さんに抱きついたんだ。あの時はパニックだったから、どんな感じだったか覚えていないけど、今になって思い返すととんでもないことだよね……。
それを思えば、手が触れるくらいなんでもないんだろうか。あたしは自分の手を陽向さんの横に置いた。陽向さんは水槽に集中していて気が付かない。
そのまま小指をそうっと伸ばした。こんなこと、ダメなのに。心臓が変な暴れ方をしている。あと3ミリ。あと2ミリ。あと、1ミリ……。
すると、水槽の死角から大きな魚がぬうっと姿を現した。
「「ぎゃあ!!」」
二人とも驚いて飛び上がった。その勢いで、あたしたちはお互いにしがみついてしまった。
「ああ……やだ、いるじゃん」
「ですね……」
そう言って目を合わせると、二人ともおかしくて笑いだした。
でも、あたしはすぐに冷静になり、ぱっと手を離した。
「す、すみません触っちゃって」
すると陽向さんもハッとして手を離した。
「そんな! 全然平気だよ。むしろ私も触ってごめん」
「いえいえ、別に、触られるの、平気だし、嫌じゃないです……」
するとまた目が合った。でも今度は、さっきみたいなファニーな感じじゃない。二人の間で、どこか熱を帯びた視線が絡み合った。
「あの、葵ちゃん」
「……はい」
「他のお客さんの邪魔かも……」
あたしたちはそそくさと水槽の前から立ち去った。



