「へえ、ジグソーパズル。面白そうじゃん」
「うん、結構面白いよ。重野くんはやったことある?」
「子ども用のなら大昔に。アニメの絵柄のやつが家にあったよ」
大学の講義の空きコマに、あたしは同期の男子の重野くんとカフェテリアでお茶をしていた。今は人はまばらで、ときどき聞こえる学生の笑い声が目立つ。
鳥の巣みたいな頭をした重野くんは、同じ専攻かつ同じサークルの仲間だ。あたしとどこか波長が合う、気の置けない友人でもある。
「そういえば、その倉田の同居人ってどんな人なの? 親戚なんだよね」
なんとなく機会がなかったので、重野くんに陽向さんのことを詳しく話していなかった。
あたしは頭の中に陽向さんの姿を思い浮かべた。
「IT系の仕事をしてるみたい。一度だけテレワークをしてるところを見たことがあるよ。手元を見ないで、すごいスピードでタイピングをしてた」
「へえ、IT系。暗い部屋でパソコンを叩いてて、眼鏡かけてパーカーを着てるイメージ」
IT系のステレオタイプを語る重野くんに、あたしは思わず笑った。アニメに出てくるハッカーじゃないんだから。
「全然そんなんじゃないよ。コンタクトレンズだし、オフィスカジュアルで出勤してる。ちょっと照れ屋っぽいけど明るい人だし」
口に出してみて、確かにIT系っぽくはないかもしれないと思った。でも、見た目と仕事はあんまり関係ない気もする。
「めっちゃ年上なんでしょ? 気を遣いそう」
「ううん、そんなことない。すごく優しいし、一緒にいて楽しいよ」
「倉田って、ご飯を用意しなくちゃとか言ってさ、いつも飲み会に来ないじゃん。言いなりになってるんだと思ってた」
重野くんは冗談めかして言った。
「やめてよ! あたしがしたくてしてるの。陽向さんはね、ご飯をおいしそうに食べてくれるんだ。作ったご飯をおいしいおいしいって言われたら、すっかりやる気になるよ。実家暮らしの重野くんにはわかんないだろうね」
嫌味を言われた重野くんはおかしそうに笑った。実家暮らしの癖に、節約などと言って昼食代わりに芋けんぴを食べる(カロリーのコスパがいいと言い張っている)ような重野くんとは、食事のことでは一生分かり合えないだろうな。
「なるほどねえ。尽くしたくなるくらい魅力的なんだねえ」
「んー、まあ、そういうことかな?」
魅力的、か。そういう言葉で陽向さんを考えたことはなかった。
改めて陽向さんのことを思い返してみた。ご飯を食べる陽向さんは魅力的だ。バリバリ仕事をこなす姿も魅力的。あたしの知らないことを説明してくれるところも魅力的。黙々とジグソーパズルに取り組む様子も……。
ふと、あたしは陽向さんの手に触れたときのことを思い出した。すると途端に胸がドキドキし始めた。あれ、なんだこれ。自分の顔が赤らみそうになるのを察知して、慌ててコップの水を飲んだ。
手と手が触れただけで、こんなに気持ちが揺さぶられるものなの? わからない。あたしは目の前の重野くんに助けを求めた。
「ねえ……重野くんって、誰かと手が触れ合ったりしたことある……?」
重野くんはぎょっとした顔であたしを見た。
「え、何それキモいな。それって親とかじゃない話だよね。えー、まあ、あるといえばある、かな……?」
釈然としない答えだったけど、あたしは気にせずに質問を続けた。
「その時に、胸がドキドキしたりした?」
「ええ……? まあ、そういうことも、あったかもしれないね」
重野くんはもごもごと小さな声で答えた。
「手が触れただけなのに?」
「それは、まあ、相手によるんじゃない」
「相手」
「ああ。だって、恋愛感情とかの無い相手に対してドキドキしないでしょ」
え。
恋愛感情……⁉
あたしが、陽向さんに⁉
そんなわけない。陽向さんとあたしは親戚で、家族みたいなもので、年の離れたお姉さんのような存在で。
そして何より、女の人だし……。
……いや、もしかしてそういうのって関係ないのかな。だって、陽向さんは女性が好きな女性なわけで……。
自分の顔が完全に赤らんでいるのがわかる。恋愛感情とかいうものを意識するのがとにかく恥ずかしい。あたしは一刻も早く重野くんから離れたくて立ち上がった。
「ごめん! 次の講義の準備しなくちゃいけなかった! またね!」
「え? あ、そ、そうなの? わかった。またね……」
呆気にとられた重野くんに背を向けて、あたしは脱兎のごとくカフェテリアを飛び出した。
飛び出したはいいものの、本当は講義の準備なんてない。仕方なく次の講義の教室に行くと、ちょうど空いていたので一人で席に着くことにした。
誰もいない静かな教室で、あたしの頭の中では重野くんの言葉がリフレインし続けていた。
――恋愛感情とかの無い相手に対してドキドキしないでしょ。
本当に、そうなのかな。とてもじゃないけど信じられない。
でも思い返せばあたしは、これまでに誰かを好きだと意識したことがなかった。ということは、これがその初めての感情なんだろうか……。
ああ、どうしよう。
今日の夜、陽向さんにどんな顔で会えばいいんだろう。
あたしは悶々とした気持ちで机に突っ伏した。
音のしない教室の中では、あたしの心臓の音だけが響いているようだった。
「うん、結構面白いよ。重野くんはやったことある?」
「子ども用のなら大昔に。アニメの絵柄のやつが家にあったよ」
大学の講義の空きコマに、あたしは同期の男子の重野くんとカフェテリアでお茶をしていた。今は人はまばらで、ときどき聞こえる学生の笑い声が目立つ。
鳥の巣みたいな頭をした重野くんは、同じ専攻かつ同じサークルの仲間だ。あたしとどこか波長が合う、気の置けない友人でもある。
「そういえば、その倉田の同居人ってどんな人なの? 親戚なんだよね」
なんとなく機会がなかったので、重野くんに陽向さんのことを詳しく話していなかった。
あたしは頭の中に陽向さんの姿を思い浮かべた。
「IT系の仕事をしてるみたい。一度だけテレワークをしてるところを見たことがあるよ。手元を見ないで、すごいスピードでタイピングをしてた」
「へえ、IT系。暗い部屋でパソコンを叩いてて、眼鏡かけてパーカーを着てるイメージ」
IT系のステレオタイプを語る重野くんに、あたしは思わず笑った。アニメに出てくるハッカーじゃないんだから。
「全然そんなんじゃないよ。コンタクトレンズだし、オフィスカジュアルで出勤してる。ちょっと照れ屋っぽいけど明るい人だし」
口に出してみて、確かにIT系っぽくはないかもしれないと思った。でも、見た目と仕事はあんまり関係ない気もする。
「めっちゃ年上なんでしょ? 気を遣いそう」
「ううん、そんなことない。すごく優しいし、一緒にいて楽しいよ」
「倉田って、ご飯を用意しなくちゃとか言ってさ、いつも飲み会に来ないじゃん。言いなりになってるんだと思ってた」
重野くんは冗談めかして言った。
「やめてよ! あたしがしたくてしてるの。陽向さんはね、ご飯をおいしそうに食べてくれるんだ。作ったご飯をおいしいおいしいって言われたら、すっかりやる気になるよ。実家暮らしの重野くんにはわかんないだろうね」
嫌味を言われた重野くんはおかしそうに笑った。実家暮らしの癖に、節約などと言って昼食代わりに芋けんぴを食べる(カロリーのコスパがいいと言い張っている)ような重野くんとは、食事のことでは一生分かり合えないだろうな。
「なるほどねえ。尽くしたくなるくらい魅力的なんだねえ」
「んー、まあ、そういうことかな?」
魅力的、か。そういう言葉で陽向さんを考えたことはなかった。
改めて陽向さんのことを思い返してみた。ご飯を食べる陽向さんは魅力的だ。バリバリ仕事をこなす姿も魅力的。あたしの知らないことを説明してくれるところも魅力的。黙々とジグソーパズルに取り組む様子も……。
ふと、あたしは陽向さんの手に触れたときのことを思い出した。すると途端に胸がドキドキし始めた。あれ、なんだこれ。自分の顔が赤らみそうになるのを察知して、慌ててコップの水を飲んだ。
手と手が触れただけで、こんなに気持ちが揺さぶられるものなの? わからない。あたしは目の前の重野くんに助けを求めた。
「ねえ……重野くんって、誰かと手が触れ合ったりしたことある……?」
重野くんはぎょっとした顔であたしを見た。
「え、何それキモいな。それって親とかじゃない話だよね。えー、まあ、あるといえばある、かな……?」
釈然としない答えだったけど、あたしは気にせずに質問を続けた。
「その時に、胸がドキドキしたりした?」
「ええ……? まあ、そういうことも、あったかもしれないね」
重野くんはもごもごと小さな声で答えた。
「手が触れただけなのに?」
「それは、まあ、相手によるんじゃない」
「相手」
「ああ。だって、恋愛感情とかの無い相手に対してドキドキしないでしょ」
え。
恋愛感情……⁉
あたしが、陽向さんに⁉
そんなわけない。陽向さんとあたしは親戚で、家族みたいなもので、年の離れたお姉さんのような存在で。
そして何より、女の人だし……。
……いや、もしかしてそういうのって関係ないのかな。だって、陽向さんは女性が好きな女性なわけで……。
自分の顔が完全に赤らんでいるのがわかる。恋愛感情とかいうものを意識するのがとにかく恥ずかしい。あたしは一刻も早く重野くんから離れたくて立ち上がった。
「ごめん! 次の講義の準備しなくちゃいけなかった! またね!」
「え? あ、そ、そうなの? わかった。またね……」
呆気にとられた重野くんに背を向けて、あたしは脱兎のごとくカフェテリアを飛び出した。
飛び出したはいいものの、本当は講義の準備なんてない。仕方なく次の講義の教室に行くと、ちょうど空いていたので一人で席に着くことにした。
誰もいない静かな教室で、あたしの頭の中では重野くんの言葉がリフレインし続けていた。
――恋愛感情とかの無い相手に対してドキドキしないでしょ。
本当に、そうなのかな。とてもじゃないけど信じられない。
でも思い返せばあたしは、これまでに誰かを好きだと意識したことがなかった。ということは、これがその初めての感情なんだろうか……。
ああ、どうしよう。
今日の夜、陽向さんにどんな顔で会えばいいんだろう。
あたしは悶々とした気持ちで机に突っ伏した。
音のしない教室の中では、あたしの心臓の音だけが響いているようだった。



