「葵ちゃん、いま暇?」
「はい」
週末、私はリビングでくつろいでいる葵ちゃんに声をかけた。
「もしよかったら、ジグソーパズルでもやらない?」
私がジグソーパズルの箱を掲げて見せると、葵ちゃんは目を丸くした。
「え、どうしたんですかこれ」
「昔買ったきりで放置してたの。たまたま出てきたから、やろうかなと思って」
「ああ、そういえば」
葵ちゃんはリビングの壁に飾られたジグソーパズルの完成品を指した。海外の人気キャラクターの絵柄で、A3用紙ふたつ分くらいの大きさがある。
「あれもジグソーパズルですよね」
「そう。そんなにしょっちゅうやるわけじゃないけど、結構好きなんだ」
ジグソーパズルの箱を渡すと、葵ちゃんはそれをしげしげと眺めた。
「素敵な絵ですね」
それは有名な影絵作家の作品だった。青い空の背景に白い音符が川のように蛇行している。絵の下部は暗い青の地面で、そこに数人の黒い小人が描かれている。ピース数は千。
「千ピース……って、多くないですか?」
「うん、壁のやつと同じ」
「でっか……すご……」
葵ちゃんはあっけに取られていた。すごいと言われて、私は鼻が高くなる。
「やる?」
「やってみたいです」
ようし、と私は自室に戻り、ジグソーパズル用の額縁を持ってきて、額縁の中の板をテーブルに乗せた。さらにいくつかのトレイを並べ、ようやくジグソーパズルの箱を開けた。
葵ちゃんはトレイが気になったようだ。
「これはなんですか?」
「色とかで分ける用。あのね、ジグソーパズルにはコツがあるの。闇雲に並べようとしないで、まずはピースを分類するの。基本は角と縁。それ以外のピースは色で分ける。こうすることで繋げるべきピースが集まって、作りやすくなるんだよ」
「へえ、すごいですね……」
すっかり感心した様子の葵ちゃん。私はどんどん誇らしくなり、張り切って指示を出した。
「縁と角はここに入れて。あとは白、黒、濃い青、薄い青、もっと薄い青で分けようか」
「はーい」
私たちは黙々とピースを分類した。こういうシステマティックな作業は得意だ。無心で目的に向かい、決められたルールに従って手を動かして……。
「あ!」
葵ちゃんの声で、私の手が止まった。
「これ、小人です! 黄色い帽子の!」
「お、本当だ」
小人の顔が描かれたピースを手にして、嬉しそうにはしゃぐ葵ちゃん。ふふ、可愛いなあ……。
「じゃあきっとこの辺りですね」
葵ちゃんはそう言って、角でも縁でもないそのピースを、何の迷いもなく板の上の目星の場所に配置した。
……マジか。
そういえば、葵ちゃんは意外と大雑把だったんだ。
ルールを逸脱した振る舞いが平然と目の前で繰り広げられてしまい、私は驚きに満ちた目を葵ちゃんに向けた。
でも、小人を発見したことで全身から喜びのオーラを放っている葵ちゃんを見たら、もうルールなんてどうでもよくなった。この笑顔が見られることに勝る幸せはないよね……。
あらかた分類し終えると、角と縁のピースから並べ始める。
「この絵は下が暗くて上が明るいね。まずは角を置いてみて」
私の説明を聞いた葵ちゃんは迷っていた。
「でもこれ、上下はともかく、左右はどっちなんですかね?」
「微妙な色味とか模様の違いがあると思うから、お手本と見比べてみて。もしわからなくても、とりあえず置いていいよ。フィフティ・フィフティだし、間違ってても後で直せばいいから」
そして、葵ちゃんは濃い青の縁を、私は面積の大きい空の青の縁を埋めることにした。
「ピースの向きを揃えるとやりやすいよ。例えば平らな辺を下にすると、左右の凹凸のパターンで分けられる。既に置かれたピースが凹なら、隣に来るのは凸でしょ。それがわかれば、凹のピースは無条件に除外できるよね」
「なるほど……」
葵ちゃんが熱心に話を聞いてくれるので、私はいい気になってべらべらと説明をした。久々にやるジグソーパズルは、葵ちゃんのおかげで最高に楽しい。
縁のピースを色で分けてから、私は青い縁のトレイに手を入れた。
すると、葵ちゃんの細い指が私の手の甲をなぞった。
私の全身に電流が走った。
今までに経験のないほどの衝撃を受け、心臓は今にも口から飛び出してしまいそうなくらいに跳ねた。
それはほんの一瞬の出来事で、葵ちゃんの手はすぐに勢いよく引っ込められた。
「あっ……ご、ごめんなさい! よく見てなくて……」
葵ちゃんは申し訳なさそうに俯いた。目を大きく開けて顔を赤らめている。
「あ……うん、平気だよ……」
私の顔も負けず劣らず赤いだろう。胸の高鳴りが収まらず、手で口を押さえながら目を泳がせた。
ちっとも平気じゃあないな……。
リビングに気まずい静寂が流れた。時計の秒針の音だけが部屋に響く。
私は意を決して深呼吸をして、濃い青の縁のトレイを差し出した。
「……こっちが葵ちゃんの分ね」
葵ちゃんは無言で頷き、トレイを手元に引き寄せた。
*
縁のピースを並べ終えたら、あたしたちは分担して中央を埋め始めた。陽向さんは下の地面の部分を、あたしは空に浮かぶ白い音符の川を担当する。
「音符は絵柄がわかりやすいから、絵がつながるピースを探して並べて。もし手元のピース同士でつなげられる場合は先につなげてもいいよ」
教官のような陽向さんの指示に従い、白い音符のピースを少しずつ並べていく。模様がはっきりしているおかげで、縁よりもやりやすい。
それでも集中力を要する作業であることには変わらず、あたしはすぐに疲れて手を止めた。
一方の陽向さんは、人差し指でピースの上をゆらゆらとなぞるように動かし、散らばった暗い色のピースの中から次々と正解を見つけ出した。ジグソーパズルの下部がどんどんと埋まっていく。いつの間にか、あたしが最初に置いた小人の周囲も全て埋まっていた。
あたしはゆらゆらと右往左往する陽向さんの手を見つめた。
さっき、うっかりその手に触れてしまった。しかも、ちょっと触れただけじゃなくて、あたしの指が陽向さんの手の甲を軽くつまむようになぞった。
その途端にあたしは気が動転してしまい、陽向さんのことが見られなくなった。自分の心臓の音が聞こえてきた。
手と手が触れ合うって、こんなにドキドキすることだったんだ……。
陽向さんの手は、やっぱり柔らかかった。その感触を思い出したら、またドキドキしてしまいそうになる。
あたしはかぶりを振ってから、白いピースに気持ちを集中させた。余計なことは考えない……。あるのはジグソーパズルだけ……。
「今日はここまでにしようか」
陽向教官の声かけにより、今日の作業は終了となった。あたしは音符の川を半分ほど、陽向さんは地面と小人の部分をほとんど埋めた。
「気が遠くなりますね……」
いったい、いつになったら完成できるのか。
「ね。でも二人でやったから、少しの時間でこんなに進んだよ」
陽向さんは作りかけのジグソーパズルを満足そうに見た。
「実は、誰かとジグソーパズルをやるのは初めてだったんだ。太陽は絶対にやりたがらなかったからね。だから今日は楽しかったよ」
「そうですね。あたしも楽しかったです」
そっか。完成していないってことは、またこうして二人で作業できる機会があるってことだ。
未完成のジグソーパズルの向こうにいる陽向さんの笑顔を見たら、完成はまだ先でもいいかな、なんて思ってしまった。
「はい」
週末、私はリビングでくつろいでいる葵ちゃんに声をかけた。
「もしよかったら、ジグソーパズルでもやらない?」
私がジグソーパズルの箱を掲げて見せると、葵ちゃんは目を丸くした。
「え、どうしたんですかこれ」
「昔買ったきりで放置してたの。たまたま出てきたから、やろうかなと思って」
「ああ、そういえば」
葵ちゃんはリビングの壁に飾られたジグソーパズルの完成品を指した。海外の人気キャラクターの絵柄で、A3用紙ふたつ分くらいの大きさがある。
「あれもジグソーパズルですよね」
「そう。そんなにしょっちゅうやるわけじゃないけど、結構好きなんだ」
ジグソーパズルの箱を渡すと、葵ちゃんはそれをしげしげと眺めた。
「素敵な絵ですね」
それは有名な影絵作家の作品だった。青い空の背景に白い音符が川のように蛇行している。絵の下部は暗い青の地面で、そこに数人の黒い小人が描かれている。ピース数は千。
「千ピース……って、多くないですか?」
「うん、壁のやつと同じ」
「でっか……すご……」
葵ちゃんはあっけに取られていた。すごいと言われて、私は鼻が高くなる。
「やる?」
「やってみたいです」
ようし、と私は自室に戻り、ジグソーパズル用の額縁を持ってきて、額縁の中の板をテーブルに乗せた。さらにいくつかのトレイを並べ、ようやくジグソーパズルの箱を開けた。
葵ちゃんはトレイが気になったようだ。
「これはなんですか?」
「色とかで分ける用。あのね、ジグソーパズルにはコツがあるの。闇雲に並べようとしないで、まずはピースを分類するの。基本は角と縁。それ以外のピースは色で分ける。こうすることで繋げるべきピースが集まって、作りやすくなるんだよ」
「へえ、すごいですね……」
すっかり感心した様子の葵ちゃん。私はどんどん誇らしくなり、張り切って指示を出した。
「縁と角はここに入れて。あとは白、黒、濃い青、薄い青、もっと薄い青で分けようか」
「はーい」
私たちは黙々とピースを分類した。こういうシステマティックな作業は得意だ。無心で目的に向かい、決められたルールに従って手を動かして……。
「あ!」
葵ちゃんの声で、私の手が止まった。
「これ、小人です! 黄色い帽子の!」
「お、本当だ」
小人の顔が描かれたピースを手にして、嬉しそうにはしゃぐ葵ちゃん。ふふ、可愛いなあ……。
「じゃあきっとこの辺りですね」
葵ちゃんはそう言って、角でも縁でもないそのピースを、何の迷いもなく板の上の目星の場所に配置した。
……マジか。
そういえば、葵ちゃんは意外と大雑把だったんだ。
ルールを逸脱した振る舞いが平然と目の前で繰り広げられてしまい、私は驚きに満ちた目を葵ちゃんに向けた。
でも、小人を発見したことで全身から喜びのオーラを放っている葵ちゃんを見たら、もうルールなんてどうでもよくなった。この笑顔が見られることに勝る幸せはないよね……。
あらかた分類し終えると、角と縁のピースから並べ始める。
「この絵は下が暗くて上が明るいね。まずは角を置いてみて」
私の説明を聞いた葵ちゃんは迷っていた。
「でもこれ、上下はともかく、左右はどっちなんですかね?」
「微妙な色味とか模様の違いがあると思うから、お手本と見比べてみて。もしわからなくても、とりあえず置いていいよ。フィフティ・フィフティだし、間違ってても後で直せばいいから」
そして、葵ちゃんは濃い青の縁を、私は面積の大きい空の青の縁を埋めることにした。
「ピースの向きを揃えるとやりやすいよ。例えば平らな辺を下にすると、左右の凹凸のパターンで分けられる。既に置かれたピースが凹なら、隣に来るのは凸でしょ。それがわかれば、凹のピースは無条件に除外できるよね」
「なるほど……」
葵ちゃんが熱心に話を聞いてくれるので、私はいい気になってべらべらと説明をした。久々にやるジグソーパズルは、葵ちゃんのおかげで最高に楽しい。
縁のピースを色で分けてから、私は青い縁のトレイに手を入れた。
すると、葵ちゃんの細い指が私の手の甲をなぞった。
私の全身に電流が走った。
今までに経験のないほどの衝撃を受け、心臓は今にも口から飛び出してしまいそうなくらいに跳ねた。
それはほんの一瞬の出来事で、葵ちゃんの手はすぐに勢いよく引っ込められた。
「あっ……ご、ごめんなさい! よく見てなくて……」
葵ちゃんは申し訳なさそうに俯いた。目を大きく開けて顔を赤らめている。
「あ……うん、平気だよ……」
私の顔も負けず劣らず赤いだろう。胸の高鳴りが収まらず、手で口を押さえながら目を泳がせた。
ちっとも平気じゃあないな……。
リビングに気まずい静寂が流れた。時計の秒針の音だけが部屋に響く。
私は意を決して深呼吸をして、濃い青の縁のトレイを差し出した。
「……こっちが葵ちゃんの分ね」
葵ちゃんは無言で頷き、トレイを手元に引き寄せた。
*
縁のピースを並べ終えたら、あたしたちは分担して中央を埋め始めた。陽向さんは下の地面の部分を、あたしは空に浮かぶ白い音符の川を担当する。
「音符は絵柄がわかりやすいから、絵がつながるピースを探して並べて。もし手元のピース同士でつなげられる場合は先につなげてもいいよ」
教官のような陽向さんの指示に従い、白い音符のピースを少しずつ並べていく。模様がはっきりしているおかげで、縁よりもやりやすい。
それでも集中力を要する作業であることには変わらず、あたしはすぐに疲れて手を止めた。
一方の陽向さんは、人差し指でピースの上をゆらゆらとなぞるように動かし、散らばった暗い色のピースの中から次々と正解を見つけ出した。ジグソーパズルの下部がどんどんと埋まっていく。いつの間にか、あたしが最初に置いた小人の周囲も全て埋まっていた。
あたしはゆらゆらと右往左往する陽向さんの手を見つめた。
さっき、うっかりその手に触れてしまった。しかも、ちょっと触れただけじゃなくて、あたしの指が陽向さんの手の甲を軽くつまむようになぞった。
その途端にあたしは気が動転してしまい、陽向さんのことが見られなくなった。自分の心臓の音が聞こえてきた。
手と手が触れ合うって、こんなにドキドキすることだったんだ……。
陽向さんの手は、やっぱり柔らかかった。その感触を思い出したら、またドキドキしてしまいそうになる。
あたしはかぶりを振ってから、白いピースに気持ちを集中させた。余計なことは考えない……。あるのはジグソーパズルだけ……。
「今日はここまでにしようか」
陽向教官の声かけにより、今日の作業は終了となった。あたしは音符の川を半分ほど、陽向さんは地面と小人の部分をほとんど埋めた。
「気が遠くなりますね……」
いったい、いつになったら完成できるのか。
「ね。でも二人でやったから、少しの時間でこんなに進んだよ」
陽向さんは作りかけのジグソーパズルを満足そうに見た。
「実は、誰かとジグソーパズルをやるのは初めてだったんだ。太陽は絶対にやりたがらなかったからね。だから今日は楽しかったよ」
「そうですね。あたしも楽しかったです」
そっか。完成していないってことは、またこうして二人で作業できる機会があるってことだ。
未完成のジグソーパズルの向こうにいる陽向さんの笑顔を見たら、完成はまだ先でもいいかな、なんて思ってしまった。



