花がよく似合うきみへ。


「今日もある? 売れ残り。」
「……ようやく来た。はい、これどうぞ。」


 静かな住宅街の一角に、『フルールチェリー』はある。
 まだ二十歳になったばかりの青年が一人で営んでいる、小さな花屋である。
 花をフランス語にして『フルール』、苗字が桜井なので『チェリー』。少し安直すぎやしないかと名付けた桜井自身も思っていたが、それが可愛らしくて良いと、定連客からは定評を受けている。


「これはまた随分と大量だなぁ。」
「まあね。最近暑くて、長持ちしにくいから。」
「こんな天然サウナみたいな時期なのに、お花さんも頑張ってて偉いね」


 バケットハットを目深に被った男は、クラフト紙に包まれた数本の花を慈しむように眺めた。
 ここから歩いて数分の少し古びた一軒家に、この男は住んでいる。いつも胸元がゆるくなった黒パーカーに、色褪せた黒のカーゴパンツを着ていて、とても花屋に通うタイプには見えない。


「そうだ、(さかき)さん、昨日の花どうでしたか?」
「おお、それ聞いちゃう? 興味津々じゃん。この前まで俺のこと気味悪がってたの、どこの桜井ちゃんでしたっけ??」
「ふはっ、なんですかそれ。いきなり”花食べるから余ったのくれ“って言われて、怪しがらない方がが無理ですよ?」
「はは、まあ、それもそうだな。」


 榊と呼ばれたその男は、渡された花を一本一本、味わうように眺めた。榊はこれから、文字どおり「味わう」ために、これらを持って帰るのだ。


「それで、昨日のどうだったんですか? オレンジのユリなんて珍しいですよ。」
「それがね、案外さっぱりしてたのよ。ユリってだいたい激甘か激苦で濃厚じゃん? ほら、結婚式にもお供えにも使われるからさ。」
「うん……いや、濃厚じゃんって言われても、ほとんどの人間はわかりませんって、その感覚。」
「えーっ、桜井ちゃんもこっち側にくればいいのに。」
「いこうと思ってできることじゃないですよ。」


 閉店間際の『フルールチェリー』に、客足はもうない。
 かぐわしい花たちが所狭しと並ぶ店内に、二人はよく馴染んでいた。


「それにしても、なんで毎回毎回律儀に? ……なんていうか、飽きません?」
「うーん、難しい質問だな。……はっきり言うと飽きるよ。頻繁にいるお花さんは特に。」
「じゃあなんで、」
「花には、関わったひとの気持ちが宿ってるの。すげーでっかい愛情だろうと、そこに悪意が混じってようとね。花屋に残っちゃったってことは、渡しそびれたってことじゃん? なんつーか……どうにかしてあげたくない?」

 腕を組みながら、榊は続ける。
 
「だから、食べると。」
「そう。ぜんぶ味に出るからね。……俺みたいなのでも、それに気づいてあげた方が、お花さんも喜ぶかなーって。」
 


 桜井は榊に出会ってから、何度もこの質問をしてきた。
 その度に、榊は同じような口調と動きで、同じような説明をする。

 
「……って、なんか恥ずい奴みたいやん。要するに自己満ってこと! わかった?」
「うん。わかった。ありがとう。」

 桜井はただただ頷いて、そして少し目を優しく、頬を少し紅くしながら、これを黙って聞くのだ。 

「ん? 桜井ちゃん酒でも飲んだ? 顔赤いような気がするけど。」
「えっ? ……ああ、た、確か照明をちょっと変えたんですよね。柔らかい色もいいよなーみたいな。」
「ほーん。たしかに、ちょっと変わってる気がするかも?」

 指摘されて、桜井は慌てて取り繕った。
 
 



 その男は、花を食べる。
 残された心を、取りこぼさないために。