物心付く前から かっこよくなりたかった。でも、ただかっこよくなりたかったはずなのに、中学校の途中から、女の子として扱われるのが嫌になった。自分の身体が大嫌いになって、お風呂に入るのも一苦労で、全校集会で女子の列に並ぶのにとても違和感を覚えて。
とにかく自分が女の子として見られるのが嫌で、胸をさらしで巻いて必死に隠して生きてきた。
「それで性別のことは伏せて、それとなくお母さんに『スカート履きたくない、かっこいいからスラックス履きたい』って言ったら、『おかしい』って言われて、」
今でも覚えてる。
家の二階のリビング。昼間なのにカーテンが閉まってて日の差してない暗い部屋。その日の学校は早く終わって、でも帰りは制服で帰らなきゃいけない中学校の決まりがあったから制服を帰ってきてすぐ脱いで学校のジャージに着替えた。いつもは仕事でいないお母さんが、たまたま仕事が午前中に終わる日でリビングにいたんだ。お母さんは、昔から穏やかで包囲力があって、誰に対してもとっても優しい人で。だから、自分のこの悩みにもきっと親身になって一緒に寄り添ってくれるんだと思っていた。
「ねぇ、お母さん」
不安な気持ちを悟られないように少し元気よく呼ぶと、いつも通りの優しい穏やかな笑顔がこちらに向けられた。
「なぁに?」
「あのさ、相談があるん、だけど......」
元気に出した痩せ我慢の声は最後には少し震えてしまった。そんな自分が情けなくて下を向いた。
でも意を決して俯いた顔を上げ、ちゃんとお母さんの顔を見て言った。
「自分、スカート履きたくないんだよね、か、かっこいいからスラックスが履きたくて......」
そう言った瞬間、お母さんの顔が歪んだ。ひどく、歪んだ。
「えっ、」
お母さんのこんな顔を見たのは初めてで、驚いて口からかすかに声が漏れた。
お母さんは必死に顔を抑え、今にも崩れ落ちそうだった。
「......しい、ぜったい......」
「ぜったい、おかしいわよぉぉぉ!!!!!」
お母さんが大きな声で泣き叫びながら崩れ落ちた。
びっくりしすぎて自分は数秒、その場に立ち尽くした。
「なんでかっこよくなりたいの、梨紬は”女の子”なんだから!!可愛くなってよ、」
「おかあ、さん......」
震える手でお母さんの肩に触れようとした時、手を思いっきり叩かれ、鋭く睨まれた。
「おかしいわよ、ほんとに......」
そのお母さんの姿を見た自分は もう終わりなんだ と悟り、自分もその場で崩れ落ち、静かに泣いた。
それ以来、お母さんとは会話をしていない。お互い、会話をしようとしていない。
いつか、理解し合える日が来るのかな......。
「自分がナニモノなのか、わかんないんだ」
「……本当の、偽りのない自分を分かりたい」
自分の過去話をし終えた後、ポツリと口から出た言葉。
するとその言葉に柊が優しく微笑んだ。
「……じゃあ、これから、放課後はここに来てさ、自分を見つめて、自分はナニモノなのか、知っていこうよ」
「……えっ?」
とても優しい声で柊はそう言った。
「僕も周りに合わせすぎて、自分を見失ってて。でも、その時に この 程よく静かな 人の存在を感じられる屋上で過ごしてたら、自分はこういう人なのかな、って まだ全然だけど、分かるようになってきて。」
「……だから、君も ここで過ごしてたら、いつか自分を理解できる日が来るかもしれないよ」
柊を見ると、いつかのお母さんみたいに優しくて穏やかに微笑んでいた。
「...... そっか。」
そんな優しく微笑む彼の言葉を聞くと、自分の心が少し温かく感じた。
「じゃあ、ちょっと、ここで過ごしてみることにする...... ね」
「うん。 いいじゃん」
「あ、でも、他の部活動とかの人たちとかは......?」
「んー?ああ、それは まあ大丈夫。 僕の部活は もうほとんど部員 僕しかいないから笑」
「あと、他の部活動の人たちもくるけど、ほとんど部室に籠ってるからねー笑」
「そうなんだ」
「あ、そしたらさ、俺の部活に入らない?」
「部活?」
首をかしげながら言うと柊が嬉しそうに話してくれた。
「そう!僕、写真部なんだけど、さっきの言った通り 部員がほぼ僕しかいなくて笑」
「文化部に入ってもらえないと屋上で過ごせないし」
「そっか、文化部以外入っちゃダメなんだもんね」
「うん。写真部って言っても、僕が気分でカメラいじってるだけだから」
「そうなんだ、じゃあ」
別に家に帰りたくないし、部活に入ってるなら違法っていうか、悪いことじゃないし。
「暇だし、入ろうかな」
「ほんと?良かった!」
そう言うと柊の顔がさっきよりいっそう明るくなって、部活の活動日などを軽く説明してくれた。
「じゃあ来週の月曜から 気にしないで放課後になったら、いつでも来ていいからね。たまに向こうで暇潰してる時あるかもだけど、ほとんどここでゆったり時間過ごしてるから」
「うん、ありがとう」
「今日はどうする?もう少しここで過ごしてく?」
スマホの時間を確認すると五時半になっていた。
そういえば、親帰るのが夜遅いから、自分でご飯を作らなきゃいけなかったんだった。朝、行きがいつもより遅かったお父さんが冷蔵庫の中身が少ないって言っていたからちょっと買い物に寄らなきゃいけないじゃん。
「今、もうすぐで 五時半 になるけど、帰る?」
「うん。今日は予定思い出したから帰ろうかな」
「わかった。じゃあ気を付けて帰るんだよ~」
「じゃあね」と手を振り合って自分は屋上を出た。
月曜日、放課後。
ホームルームが終わり、鞄に荷物を詰め込み屋上に向かい扉を開けると、一人で集中してカメラをいじっている彼がいた。
屋上の扉が閉じる音で彼はこっちに気付き、挨拶をしてくれた。でも心なしか、その音が鳴った瞬間、彼の肩が小さく跳ねたような気がした。
「おはよう」
「おはよう」
彼のいるところまで行くと、さっきまでいじっていたカメラを地面に大切に置いた彼が「あっ」と声を上げた。
彼の顔を覗き込むと、彼は思いついた顔をしていた。
「そういえばこの前、自己紹介しないで分かれちゃったから、今日は軽く自己紹介しない?」
そういえば昨日名前聞いてなかった。
てか、名前も知らない人にあんな悩み打ち明けたのか。あんな、トラウマみたいな、今までずっと自分の中でしまっていたのに。
でもなぜか、彼になら話してもいいのかな、って思ったんだ。
「うん。いいよ」
「じゃあ 僕から行くね。えー、僕は 柊 翠斗って言います!学年は二年で、一組の二十番だよ~。好きなものはカメラかな。これからよろしくね!」
「よろしく、柊。......じゃあ次、オレ、行くね」
少し緊張しながら言うと、柊が元気よく頷いてくれた。それで少し、オレの心は落ち着いた。
「名前は 一ノ瀬 梨紬。学年は二年三組四番で、一週間前に転校してきたばかりです。ええーと、好きなものは、りんごです」
「転校生なのか!だからあんま見ない顔だなーって思ったんだ!スッキリしたなー笑」
「柊の名前、って どうやって書くの?」
「僕の漢字はね、翠に北斗七星の斗だよ。梨紬は?」
「オレ、はね、梨に、糸へんに自由の由の紬って書くよ」
分かりやすく空中で文字を書きながら説明すると、柊も同じようにオレの名前を一緒に書いてくれた。
「良い名前だね」
「柊もかっこいい名前してるね」
「てゆうか、名前、梨なのに りんごが好きなんだ。面白いね笑」
「それ言う柊は りんごと梨、どっちが好きなの?」
「んー、僕もりんごかな~」
「ふっ、笑 柊もりんごなんじゃん笑」
「だって、あんま 梨は食べる機会ないじゃん?」
「わかる。りんごの方がみずみずしくて、美味しいもんね」
「うん!」
人とこんなに会話したのは初めてで、いつもと違う自分が見えてくる。
彼と話したらもっと、本当の自分が見えてくるのかな。
翠斗がフェンスに寄りかかって空を見て、カメラで写真を撮っている。
今日の空はとても幻想的で、綺麗だった。地平線にはオレンジの太陽が沈みかけている。
とにかく自分が女の子として見られるのが嫌で、胸をさらしで巻いて必死に隠して生きてきた。
「それで性別のことは伏せて、それとなくお母さんに『スカート履きたくない、かっこいいからスラックス履きたい』って言ったら、『おかしい』って言われて、」
今でも覚えてる。
家の二階のリビング。昼間なのにカーテンが閉まってて日の差してない暗い部屋。その日の学校は早く終わって、でも帰りは制服で帰らなきゃいけない中学校の決まりがあったから制服を帰ってきてすぐ脱いで学校のジャージに着替えた。いつもは仕事でいないお母さんが、たまたま仕事が午前中に終わる日でリビングにいたんだ。お母さんは、昔から穏やかで包囲力があって、誰に対してもとっても優しい人で。だから、自分のこの悩みにもきっと親身になって一緒に寄り添ってくれるんだと思っていた。
「ねぇ、お母さん」
不安な気持ちを悟られないように少し元気よく呼ぶと、いつも通りの優しい穏やかな笑顔がこちらに向けられた。
「なぁに?」
「あのさ、相談があるん、だけど......」
元気に出した痩せ我慢の声は最後には少し震えてしまった。そんな自分が情けなくて下を向いた。
でも意を決して俯いた顔を上げ、ちゃんとお母さんの顔を見て言った。
「自分、スカート履きたくないんだよね、か、かっこいいからスラックスが履きたくて......」
そう言った瞬間、お母さんの顔が歪んだ。ひどく、歪んだ。
「えっ、」
お母さんのこんな顔を見たのは初めてで、驚いて口からかすかに声が漏れた。
お母さんは必死に顔を抑え、今にも崩れ落ちそうだった。
「......しい、ぜったい......」
「ぜったい、おかしいわよぉぉぉ!!!!!」
お母さんが大きな声で泣き叫びながら崩れ落ちた。
びっくりしすぎて自分は数秒、その場に立ち尽くした。
「なんでかっこよくなりたいの、梨紬は”女の子”なんだから!!可愛くなってよ、」
「おかあ、さん......」
震える手でお母さんの肩に触れようとした時、手を思いっきり叩かれ、鋭く睨まれた。
「おかしいわよ、ほんとに......」
そのお母さんの姿を見た自分は もう終わりなんだ と悟り、自分もその場で崩れ落ち、静かに泣いた。
それ以来、お母さんとは会話をしていない。お互い、会話をしようとしていない。
いつか、理解し合える日が来るのかな......。
「自分がナニモノなのか、わかんないんだ」
「……本当の、偽りのない自分を分かりたい」
自分の過去話をし終えた後、ポツリと口から出た言葉。
するとその言葉に柊が優しく微笑んだ。
「……じゃあ、これから、放課後はここに来てさ、自分を見つめて、自分はナニモノなのか、知っていこうよ」
「……えっ?」
とても優しい声で柊はそう言った。
「僕も周りに合わせすぎて、自分を見失ってて。でも、その時に この 程よく静かな 人の存在を感じられる屋上で過ごしてたら、自分はこういう人なのかな、って まだ全然だけど、分かるようになってきて。」
「……だから、君も ここで過ごしてたら、いつか自分を理解できる日が来るかもしれないよ」
柊を見ると、いつかのお母さんみたいに優しくて穏やかに微笑んでいた。
「...... そっか。」
そんな優しく微笑む彼の言葉を聞くと、自分の心が少し温かく感じた。
「じゃあ、ちょっと、ここで過ごしてみることにする...... ね」
「うん。 いいじゃん」
「あ、でも、他の部活動とかの人たちとかは......?」
「んー?ああ、それは まあ大丈夫。 僕の部活は もうほとんど部員 僕しかいないから笑」
「あと、他の部活動の人たちもくるけど、ほとんど部室に籠ってるからねー笑」
「そうなんだ」
「あ、そしたらさ、俺の部活に入らない?」
「部活?」
首をかしげながら言うと柊が嬉しそうに話してくれた。
「そう!僕、写真部なんだけど、さっきの言った通り 部員がほぼ僕しかいなくて笑」
「文化部に入ってもらえないと屋上で過ごせないし」
「そっか、文化部以外入っちゃダメなんだもんね」
「うん。写真部って言っても、僕が気分でカメラいじってるだけだから」
「そうなんだ、じゃあ」
別に家に帰りたくないし、部活に入ってるなら違法っていうか、悪いことじゃないし。
「暇だし、入ろうかな」
「ほんと?良かった!」
そう言うと柊の顔がさっきよりいっそう明るくなって、部活の活動日などを軽く説明してくれた。
「じゃあ来週の月曜から 気にしないで放課後になったら、いつでも来ていいからね。たまに向こうで暇潰してる時あるかもだけど、ほとんどここでゆったり時間過ごしてるから」
「うん、ありがとう」
「今日はどうする?もう少しここで過ごしてく?」
スマホの時間を確認すると五時半になっていた。
そういえば、親帰るのが夜遅いから、自分でご飯を作らなきゃいけなかったんだった。朝、行きがいつもより遅かったお父さんが冷蔵庫の中身が少ないって言っていたからちょっと買い物に寄らなきゃいけないじゃん。
「今、もうすぐで 五時半 になるけど、帰る?」
「うん。今日は予定思い出したから帰ろうかな」
「わかった。じゃあ気を付けて帰るんだよ~」
「じゃあね」と手を振り合って自分は屋上を出た。
月曜日、放課後。
ホームルームが終わり、鞄に荷物を詰め込み屋上に向かい扉を開けると、一人で集中してカメラをいじっている彼がいた。
屋上の扉が閉じる音で彼はこっちに気付き、挨拶をしてくれた。でも心なしか、その音が鳴った瞬間、彼の肩が小さく跳ねたような気がした。
「おはよう」
「おはよう」
彼のいるところまで行くと、さっきまでいじっていたカメラを地面に大切に置いた彼が「あっ」と声を上げた。
彼の顔を覗き込むと、彼は思いついた顔をしていた。
「そういえばこの前、自己紹介しないで分かれちゃったから、今日は軽く自己紹介しない?」
そういえば昨日名前聞いてなかった。
てか、名前も知らない人にあんな悩み打ち明けたのか。あんな、トラウマみたいな、今までずっと自分の中でしまっていたのに。
でもなぜか、彼になら話してもいいのかな、って思ったんだ。
「うん。いいよ」
「じゃあ 僕から行くね。えー、僕は 柊 翠斗って言います!学年は二年で、一組の二十番だよ~。好きなものはカメラかな。これからよろしくね!」
「よろしく、柊。......じゃあ次、オレ、行くね」
少し緊張しながら言うと、柊が元気よく頷いてくれた。それで少し、オレの心は落ち着いた。
「名前は 一ノ瀬 梨紬。学年は二年三組四番で、一週間前に転校してきたばかりです。ええーと、好きなものは、りんごです」
「転校生なのか!だからあんま見ない顔だなーって思ったんだ!スッキリしたなー笑」
「柊の名前、って どうやって書くの?」
「僕の漢字はね、翠に北斗七星の斗だよ。梨紬は?」
「オレ、はね、梨に、糸へんに自由の由の紬って書くよ」
分かりやすく空中で文字を書きながら説明すると、柊も同じようにオレの名前を一緒に書いてくれた。
「良い名前だね」
「柊もかっこいい名前してるね」
「てゆうか、名前、梨なのに りんごが好きなんだ。面白いね笑」
「それ言う柊は りんごと梨、どっちが好きなの?」
「んー、僕もりんごかな~」
「ふっ、笑 柊もりんごなんじゃん笑」
「だって、あんま 梨は食べる機会ないじゃん?」
「わかる。りんごの方がみずみずしくて、美味しいもんね」
「うん!」
人とこんなに会話したのは初めてで、いつもと違う自分が見えてくる。
彼と話したらもっと、本当の自分が見えてくるのかな。
翠斗がフェンスに寄りかかって空を見て、カメラで写真を撮っている。
今日の空はとても幻想的で、綺麗だった。地平線にはオレンジの太陽が沈みかけている。


