仮面を被る僕たちは


飛鳥高等学校に転校する手続きを済ませたあと、親に断って 少し、屋上に向かうことにした。

重い扉を開け、外に出と春の美しい桜が散り初めていて、とても天気の良い空、部活動に明け暮れる一生懸命な生徒たちの声が聞こえてきた。
屋上の柵に手をかけ、無意識のうちにため息をつく。
 
「……ここでは、上手く、できるかな……」
 
また少し屋上から校庭を見下ろしてから、その場を去った。


 

 
転校初日のSHR

 SHRを知らせるチャイムがなると昨日も会った先生が教室に入ってった。
 
「みんなー、ここで少し知らせがある。よく聞けー」

先生がそう言うと廊下にいる私を教室へと手まねいた。それに促されて教室へと足を運ぶ。

「えぇーと、今日からこの学校に転校してきた、一ノ瀬(いちのせ)梨紬(りつ)だ。よろしくなー。じゃあ、自己紹介、よろしく」
「はい」
 
先生から言われて挨拶をした。
 
「実来高校から転校してきた 一ノ瀬梨紬です。これから、よろしくお願いします」
「じゃあ、一ノ瀬の席はあそこだからな」
「はい。ありがとうございます」

先生が指を指した空いた席に腰を下ろし、軽く先生が明日のことをクラス全体に話してからチャイムがなり、SHRが終わった。
みんな帰る支度をしているので、私もカバンに荷物を積め、廊下に出た。





まだ歩き慣れていない少し暗めの廊下は、これからの生活への不安を表しているようで心がどんよりしてしまう。

「はぁ......」

また無意識にため息が出てきてしまった。
すると前の方から二人組が歩いてきて、思わず顔をそむけてしまう。

「ねぇ、聞いた?」
「何何?」

すれ違いざまにポニーテールの子が隣の友達に話しかけた。

「放課後、屋上空いてるらしいんだって。文化部以外、立入禁止らしーけど、あとで少し行って暇つぶししよ」
「お、いいじゃ~ん。行こ行こ。でもそれバレない?w」
「大丈夫だって!w」
「え〜?w」
「意外と通ってる人いるって話だよ。」

二人で楽しそうに話しながら、ポニーテールの子が「バレなきゃ犯罪じゃないって!w」なんて言っている。

「屋上……。一人になりたいし、ちょっと、行ってみようかな」

自分は「ダメかもしれない」なんて心の底で思いながら、欲望に負けて来た道を戻った。
 




三階の踊り場まで上がると屋上に繋がる扉が見えた。
ドアノブに手を掛けひねると重い扉が空き、その瞬間に扉の向こう側から「今日は何やろっかな〜」 と、明るい のんびりとした声が聞こえた。
扉が開ききり、さっきの声らしき人の目が合い、目の前にある穏やか顔がかしげた顔になった。

「君......」

不思議な顔のまま尋ねられ、それに淡々と答えた。

「文化部……の人じゃないよね?なんでここにいるの?」
「一人になりたいから」
「一人に......?」

覗き込むように顔を見られた後、考え込むような仕草になった。

「あー、ほんとはここ、文化部以外、立ち入り禁止なんだけど......」

しばらく考えこんでから「うん」と頷き、また目が合う。

「まぁ、あんまり居すぎちゃわないようにね。あんま長居すると、親の人が心配するかもだs......」
「親......?」
「そんなのないよ」

目の前の人から聞きたくない単語が出てきて、咄嗟に勢いよく否定してしまった。
ハッとしたが一度出た本音は止まることを知らず、口から流れ出てしまう。

「え?」
「親なんて、心配してくれないよ」
「どうして?」
「……」

理由を聞かれ口ごもる。

「もしかして、君も僕と......」



最後の方は声が小さくてなんて言ってるか分からなかったけど、さっきから彼に真っ直ぐに見られている。
すると前の方で手を握りながら独り言のように喋りだした。

「……あのさ?別に、これは僕の独り言だから、聞き流してくれていいんだけど」

すこし耳を傾けると、彼は少し切なそうに衝撃的なことを話してくれた。

「実はずっと1人、なんだよね。僕、親いなくて……」

話を聞くと 彼は生まれてからすぐに両親が事故に合って母方の祖父母の家に引き取ってもらったんだけど、彼はものすごく気を遣う性格だったから常に自分の中でブレーキをかけていて、それが学校生活にも影響されてずっと孤独を感じていたらしい。

「……誰かに相談とか出来なかったの?」

恐る恐る聞いたが、あっけなく頭を横に振られた。

「相談して心配されるのが嫌だったし、そもそも相談できる相手がいなくて」
「がっ、学校の先生とかは?」

またうつむきながら横に頭を振られてしまい、気まずい雰囲気の中彼が切なそうに話し始めた。

「みんなに......てか、人に自分を見せれなくてさ、」
「もし 本当の自分を出して嫌われたらどうしよう、って 八方美人になっちゃって、そうやって過ごしてたから、みんなに信用されなくなってさ、ずっと一人なんだよ」
「ほんと、人生って難しいよねー......笑」

どうリアクションしていいのか分からず、ただ真っ直ぐに彼を見つめた。すると、大切そうに屋上の柵に近寄り、手を置いてまた喋り出した。

「だけどさ、部活終わって、帰る時にここにきて、みんなの帰る姿とか 空を見てると、世界はいつでも綺麗なんだなって、思う」
「……自分の心の中の世界は真っ暗で、こんなに辛いのにね」
「......」
「ごめんね、初めて会った人にこんな話。重すぎたね。まだまだだな〜、、、」

それだけ言った彼は深く息を吐いて、自分自身を落ち着かせていた。
彼の過去やこれまでどんな想いで生きてきたかは、多分一緒に過ごしてきた叔母さん叔父さんやクラスメイトでも分からない。ましてや今日、今さっき出会って名前も知らない人のくせにこんな偉そうなことを思うのは違うけど、きっと彼は、どんなにツライことがあっても、自分を見放さないで何度心が折れてもその度に何度も自分を励まして、たった一人でここまで頑張って来たんだ。
かっこいいなぁ......自分とは違う。
自分は、自分だけが辛いって顔して、ツライことも自分以外のせいにして、ずっと逃げてきた。

「……っ、」

自分は、ほんとにかっこ悪すぎる。

「あの、!あ……っ」

名前が分からず口ごもっていると察してくれて、優しく名前を教えてくれた。

「あっ、柊。柊 翠斗。呼び方は好きに呼んでもらっていいから」
「じゃあ、柊、さ。今から、言うこと、ちょっと聞いててくれない、?」
「うん。いいよ。僕でいいなら、なんでも聞くよ」
「うん。ありがとう」
「いえいえ笑」

「フゥー……」

柊の優しい笑顔に見守られながら深く息を吐き、ゆっくり話し始めた。

「オレ、昔から おかしい みたいでさ。普通の女の子みたいに生きられないんだよね」

 物心付く前から かっこよくなりたかった。でも、ただかっこよくなりたかったはずなのに、中学校の途中から、女の子として扱われるのが嫌になった。自分の身体が大嫌いになって、お風呂に入るのも一苦労で、全校集会で女子の列に並ぶのにとても違和感を覚えて。
 とにかく自分が女の子として見られるのが嫌で、胸をさらしで巻いて必死に隠して生きてきた。

「それで性別のことは伏せて、それとなくお母さんに『スカート履きたくない、かっこいいからスラックス履きたい』って言ったら、『おかしい』って言われて、」


今でも覚えてる。
 家の二階のリビング。昼間なのにカーテンが閉まってて日の差してない暗い部屋。その時自分は学校終わりで、でも帰りは制服で帰らなきゃいけない中学校の決まりがあったから制服を帰ってきてすぐ脱いで学校のジャージに着替えた。いつもは仕事でいないお母さんが、たまたま仕事が午前中に終わる日でリビングにいたんだ。お母さんは、昔は穏やかな包囲力のある人で誰に対してもとっても優しかった。だから、自分のこの悩みにもきっと親身になって一緒に寄り添ってくれるんだと思っていた。

「ねぇ、お母さん」

不安な気持ちを悟られないように少し元気よく呼ぶと、いつも通りの優しい穏やかな笑顔がこちらに向けられた。

「なぁに?」
「あのさ、相談があるん、だけど......」

元気に出した痩せ我慢の声は最後には少し震えてしまった。そんな自分が情けなくて下を向いた。
でも意を決して俯いた顔を上げ、ちゃんとお母さんの顔を見て言った。

「自分、スカート履きたくないんだよね、か、かっこいいからスラックスが履きたくて......」

そう言った瞬間、お母さんの顔が歪んだ。ひどく、歪んだ。

「えっ、」
 
お母さんのこんな顔を見たのは初めてで、驚いて口からかすかに声が漏れた。
お母さんは必死に顔を抑え、今にも崩れ落ちそうだった。

「......しい、ぜったい......」
「ぜったい、おかしいわよぉぉぉ!!!!!」

お母さんが大きな声で叫びながら崩れ落ちた。泣いている。酷く泣いている。
びっくりしすぎて自分は数秒、その場に立ち尽くした。

「なんでかっこよくなりたいの、梨紬は”女の子”なんだから!!可愛くなってよ、」
「おかあ、さん......」

震える手でお母さんの肩に触れようとした時、手を思いっきり叩かれ、鋭く睨まれた。

「おかしいわよ、ほんとに......」

そのお母さんの姿を見た自分は もう終わりなんだ と悟り、自分もその場で崩れ落ち、静かに泣いた。

 
それ以来、お母さんとは会話をしていない。お互い、会話をしようとしていない。
いつか、理解し合える日が来るのかな......。

「自分がナニモノなのか、わかんないんだ」
「……本当の、偽りのない自分を分かりたい」

自分の過去話をし終えた後、ポツリと口から出た言葉。
するとその言葉に柊が優しく微笑んだ。

「……じゃあ、これから、放課後はここに来てさ、自分を見つめて、自分はナニモノなのか、知っていこうよ」
「……えっ?」

とても優しい声で柊はそう言った。

「僕も周りに合わせすぎて、自分を見失ってて。でも、その時に この 程よく静かな 人の存在を感じられる屋上で過ごしてたら、自分はこういう人なのかな、って まだ全然だけど、分かるようになってきて。」
「……だから、君も ここで過ごしてたら、いつか自分を理解できる日が来るかもしれないよ」

柊を見ると、いつかのお母さんみたいに優しくて穏やかに微笑んでいた。
  
「...... そっか。」

 そんな優しく微笑む彼の言葉を聞くと、自分の心が少し温かく感じた。
  
「じゃあ、ちょっと、ここで過ごしてみることにする...... ね」
「うん。 いいじゃん」
「あ、でも、他の部活動とかの人たちとかは......?」
「んー?ああ、それは まあ大丈夫。 僕の部活は もうほとんど部員 僕しかいないから笑」
「あと、他の部活動の人たちもくるけど、ほとんど部室に籠ってるからねー笑」
「そうなんだ」
「あ、そしたらさ、俺の部活に入らない?」
「部活?」

首をかしげながら言うと柊が嬉しそうに話してくれた。

「そう!僕、写真部なんだけど、さっきの言った通り 部員がほぼ僕しかいなくて笑」
「文化部に入ってもらえないと屋上で過ごせないし」
「そっか、文化部以外入っちゃダメなんだもんね」
「うん。写真部って言っても、僕が気分でカメラいじってるだけだから」
「そうなんだ、じゃあ」

別に家に帰りたくないし、部活に入ってるなら違法っていうか、悪いことじゃないし。

「暇だし、入ろうかな」
「ほんと?良かった!」

そう言うと柊の顔がさっきよりいっそう明るくなって、部活の活動日などを軽く説明してくれた。
 
「じゃあ来週の月曜から 気にしないで放課後になったら、いつでも来ていいからね。たまに向こうで暇潰してる時あるかもだけど、ほとんどここでゆったり時間過ごしてるから」
「うん、ありがとう」
「今日はどうする?もう少しここで過ごしてく?」
 
スマホの時間を確認すると五時半になっていた。
そういえば、親帰るのが夜遅いから、自分でご飯を作らなきゃいけなかったんだった。朝、行きがいつもより遅かったお父さんが冷蔵庫の中身が少ないって言っていたからちょっと買い物に寄らなきゃいけないじゃん。

「今、もうすぐで 五時半 になるけど、帰る?」
「うん。今日は予定思い出したから帰ろうかな」
「わかった。じゃあ気を付けて帰るんだよ~」

「じゃあね」と手を振り合って自分は屋上を出た。






月曜日、放課後。
ホームルームが終わり、鞄に荷物を詰め込み屋上に向かい扉を開けると、一人で集中してカメラをいじっている彼がいた。
屋上の扉が閉じる音で彼はこっちに気付き、挨拶をしてくれた。でも心なしか、その音が鳴った瞬間、彼の肩が小さく跳ねたような気がした。

「おはよう」
「おはよう」

彼のいるところまで行くと、さっきまでいじっていたカメラを地面に大切に置いた彼が「あっ」と声を上げた。
彼の顔を覗き込むと、彼は思いついた顔をしていた。

「そういえばこの前、自己紹介しないで分かれちゃったから、今日は軽く自己紹介しない?」

たしかに。そういえば昨日名前聞いてなかった。
てか、名前も知らない人にあんな悩み打ち明けたのか。あんな、トラウマみたいな、今までずっと自分の中でしまっていたのに。
でもなぜか、彼になら話してもいいのかな、って思ったんだ。

「うん。いいよ」
「じゃあ 僕から行くね。えー、僕は 柊 翠斗って言います!学年は二年で、一組の二十番だよ~。好きなものはカメラかな。これからよろしくね!」

少し緊張しながら言うと、柊が元気よく頷いてくれた。それで少し、オレの心は落ち着いた。

「名前は 一ノ瀬 梨紬。学年は二年三組四番で、一週間前に転校してきたばかりです。ええーと、好きなものは、りんごです」
「転校生なのか!だからあんま見ない顔だなーって思ったんだ!スッキリしたなー笑」
「柊の名前、って どうやって書くの?」
「僕の漢字はね、翠に北斗七星の斗だよ。梨紬は?」
「オレ、はね、梨に、糸へんに自由の由の紬って書くよ」

 分かりやすく空中で文字を書きながら説明すると、柊も同じようにオレの名前を一緒に書いてくれた。

「良い名前だね」
「柊もかっこいい名前してるね」
「てゆうか、名前、梨なのに りんごが好きなんだ。面白いね笑」
「それ言う柊は りんごと梨、どっちが好きなの?」
「んー、僕もりんごかな~」
「ふっ、笑 柊もりんごなんじゃん笑」
「だって、あんま 梨は食べる機会ないじゃん?」
「わかる。りんごの方がみずみずしくて、美味しいもんね」
「うん!」

 人とこんなに会話したのは初めてで、いつもと違う自分が見えてくる。
彼と話したらもっと、本当の自分が見えてくるのかな。
 ふいに肩にかけてた鞄が落ちそうになって咄嗟に拾ったら、鞄につけていた お気に入りのパンダのミニ人形が外れて柊のところに転がってった。

「梨紬、パンダ好きなの?」

大事そうに拾って、一回撫でてから返してくれた。

「うん。パンダって、笹食べてる時、超かわいいじゃん?」
「わかる。パンダ、僕も好きだよ」
「どういうところが好きなの?あ、もちろん理由がなくてもいいんだけど......」
「僕がパンダが好きな理由はね、かっこいいからかな」
「パンダが、かっこいい......?」
「そう!パンダってさ、白と黒がどっちもあるじゃん?」
「うん」
「僕さぁ、白にも黒にも染まりたくないんだよね。」
「自分らしく、自分の色で生きていきたい」

今、少しだけ前を向いた柊はとてもかっこいい顔をしていた。