青葉高校では冬休み前の2日間で3者面談が行われるため、授業は午前中で終わりになる。
24日の3時がわたしの番だった。
予定より15分もオーバーしてしまい、廊下に出た時、次の順番を待っていた仁木さんに、お母さんと謝った。
「またね」
仁木さんに手を振られて、手を振り返した。
正門の近くに植えられた桜の木は、入学式の時、きれいな花を咲かせていたけれど、今は枝だけになっている。
この桜の前で、新しい制服に身を包み、写真を撮ったのがついこの前のことのよう。
少し立ち止まって、校舎を眺めた。
「葉月くん、待たせたら悪いよ?」
お母さんはずっと隣に立ってわたしを待っていたようだった。
「先に帰っていいよ。着替えるでしょ?」
「じゃあ、そうする」
「真優、今日、門限8時……やっぱり9時でいいよ。クリスマス、楽しんでおいで」
「……ありがとう。じゃあ、先に帰るね」
少しだけ駆け足で駅に向かった。
葉月くんの3者面談は昨日終わってるので、クリスマスの今日は、わたしのが終わったら会う約束をしていた。
電車に乗って、今から帰って、服を着替えて、待ち合わせの場所に何時に着くかを逆算して、一翔くんにメッセージを送った。
いつもは乗らない時間の電車は、お客さんも少なくて座ることができたけれど、端っこの方に立って、外の景色をずっと眺めていた。
きっと誰もが憧れる。
クリスマスに好きな人と一緒に過ごすことを。
高校1年生で、その夢が叶うなんて、とても幸せなことなんだよね。
急いで家に帰って、急いで服を着替え、昨日、1日早いクリスマスプレゼントでもらった水色のコートを着た。
待ち合わせの場所に先についていた一翔くんを見つけ、駆け寄る。
「ごめんね、遅くなって。3者面談が長引いて」
「何かあった?」
「う……ん。今日じゃない日に話す。今日は、楽しいことだけ考えたい」
一翔くんは笑って、当たり前みたいに手を差し出してくれた。
その手にふれると温かかった。
「あったかい」
「ずっとポケットに入れて温めといた。真優は絶対手が冷たくなってると思って」
「ありがとう」
一翔くんと出会って、好きになって、付き合うようになって、マンガやテレビみたいに、はらはらすることがない毎日が、どんなに大切な時間か気づくことができたよ。
「今日ね、お母さんが門限を――」
その時、一翔くんが見つめていたものをわたしも見た。
見覚えがある。
どこかで見た。
どこだった?
前に見た時はもっと……
「マネージャーさん」
「えっ?」
驚いた顔をされた。
「一翔くんの部屋に飾ってあった写真に一緒に写ってた」
「覚えてたんだ……中学の時の、野球部のマネージャーだった子」
「話してきたらいいのに」
「いいよ。向こうも友達と一緒なのに。行こう」
手を引かれ、クリスマスのイルミネーションがある広場に向かおうとする一翔くんの横顔は、いつもと違う。
だから、そこで立ち止まった。
「一翔くんが気にしてるのわかるのに、楽しめないよ?」
「気にしてないよ? 懐かしいと思っただけ。中2の冬に転校して行ったから」
「それだけじゃないよね? 見てたらわかる。何でも話してほしいなんて思ってないけど、でも、教えて。そうじゃないとずっと気になってしまう」
一翔くんが話すことを迷っているのがわかる。
でも、話してくれるまでは譲らないよ。
ずっと待ってたら、ようやく話してくれた。
「……中2の時……好きで……告白したら……向こうも好きだったって言ってくれて……付き合い始めたけど……すぐに彼女が転校してしまった。その頃はスマホなんて持ってなかったから手紙を出し合ってたんだけど……3年になって、ケガして野球できなくなったのが言えなくて……手紙を出すのをやめた。それでそのまま」
ぎゅうっと胸が苦しくなった。
転校で離れ離れになったのが原因なんて……
「話しておいでよ」
「もう話すことないから」
「話した方がいいよ」
「いいって!」
一翔くんがそんな言い方をするのは初めてだった。
だから、ああ、やっぱり行かなくちゃいけないんだと思った。
でも、さっきまでいた所に女の子がいなくなっている。
「行ってよ! もやもやしてて楽しめない!」
「もう、いいんだって!」
初めて言い争いみたいなのをした。
だって、どうしてもだめだと思った。
そんな別れ方はだめ。
「クリスマスは……来年も……あるんだから。でも、マネージャーさんとはもう会えないかもしれないでしょ? 同じことをわたしは言ってもらったから」
嘘をついた。
「一翔くん、会って来た方がいいよ。そうしないと絶対に後悔する。迷わずに、早く追いかけて!」
前は一翔くんに背中を押された。
今度はわたしの番。
一翔くんの背中をぐいっと押した。
一度振り向いて何かを言おうとしたのを遮るように、「早く!」と言った。
「ごめん」
それだけ言って、一翔くんは人ごみの中に見えなくなった。
きっとこれは「信じて待ってる」とかそういうセリフを言うシーンだ。
でも、現実は、そんなに簡単じゃない。
信じてるとか信じてないとかじゃない。
確かなのは自分の気持ちだけで、一翔くんの気持ちは一翔くんにしかわからない。
片思いで、目が合うだけで一日中どきどきして幸せだった頃とは違う。
目が合うだけじゃ足らなくて、手をつないでいたかったり、ずっと一緒にいたかったり、わたしだけに優しくして欲しかったり……どんどん欲張りになってしまった。


