「あれだけ練習したのに中止とかないわー」
仁木さんがポテトを頬張った。
「雨の中でも走ったのに!」
そう言った末田さんを仁木さんが睨む。
「雨の中走るのは嫌!」
「雨の中は嫌だよねぇ」
「ほらぁ、藤代さんもそう言ってる」
「雨はダメかぁ……」
リレーが中止になって、走る予定だった女子メンバーでファーストフードのお店で残念会をした。
末田さんが塾があると言うので、塾の近くのお店にしたのだけれど、瑛里華がずっとそわそわして落ち着かない。
「瑛里華、何かあるの?」
「えっ?」
「変だよ?」
そう言うと、瑛里華は小さな声で「知り合いがいそうで」と言った。
学校の帰りに寄り道したの見られたら怒られるのかな……
「日曜も塾って大変だねー」
「普段はないよ。リレーの練習で休んだ分。今日体育祭が午後から中止になったでしょ? お母さんが空いてる時間帯見つけたから行けって」
「おんなじ。月の授業の数が決まってて、どこでもいいから休んでも代わりの日に行かされるんだよねー」
「藤代さんも塾行ってるの?」
「英会話習わされてる」
「同じー。わたしは中学から行ってるよ。これからは英語が必要だからって言われて」
「それ、お父さんに同じこと言われた!」
そこで仁木さんが瑛里華を見た。
「堀北さんはペラペラなんだよね? 授業中当てられても発音きれいだもん」
「文法は苦手だよー」
「ああっ! もう4時じゃん……そろそろ行くね」
末田さんが立ち上がると、一緒に仁木さんんも立った。
「わたしもそろそろ帰るよ」
「うん、じゃあね」
「バイバイ」
2人がバタバタと帰って行くと、瑛里華がわたしの顔を覗き込んだ。
「それで、真優の聞いて欲しい話って何?」
「うん……今日ね、体育祭の片付けをしてた時――」
倉庫の裏で聞いた、一翔くんと池田くんの話を瑛里華にした。
「一翔くんが女の子を泣かせるようなことするなんて、思ってもみなかった」
そう言った時、瑛里華の隣の席に飲み物とポテトののったトレイが置かれた。
「真優ちゃんさぁ、それ違うんじゃない?」
名前を呼ばれ見上げると、見たことのない男の人が立っていた。
誰?
その人は瑛里華の隣に座ると、勝手に瑛里華のポテトを摘んだ。
「冷えてる」
誰だかわからないけど、瑛里華と並んでも引けをとならいくらいきれいな顔の男の人。
これは、もしかしてテレビの撮影?
どっかのアイドルグループの人(知らないけど)で、いきなり隣に座ったらどうする?みたいなやつ?
きょろきょろとカメラを探してしまう。
「何でいるの?」
「何でって、塾の帰り。たまたま寄ったら瑛里華がいた」
「あのぅ?」
恐る恐る話しかけると、きれいな男の人は眩しい笑顔を向けた。
「剣菱明希天。瑛里華の彼――」
「違うっ!」
「……もうすぐ彼氏になる予定」
「違う!」
「えっと……わたしは……」
「真優ちゃん。藤代真優。でしょ?」
「はい。どうしてわかったんですか?」
「瑛里華の友達って一人しかいないから」
剣菱さんを瑛里華がバシンと叩く。
そんな瑛里華を初めて見た気がする。
剣菱さんは自分のポテトを瑛里華のトレイに置くと、瑛里華のポテトを自分のトレイに置いて、一本摘んだ。
あっ、と思ったら、剣菱さんは人差し指を立てて「しーっ」と合図した。
「一翔って、真優ちゃんの彼氏?」
「はい……」
「そいついい奴じゃん。真優ちゃんはそいつにどうしてほしかったの?」
「わからないけど、泣かせるなんて……」
「優しくされたら、その女の子は彼氏のことずっと好きでいるよ? 真優ちゃんって残酷」
「もぅ、話に入ってこないで。あっちに行って」
瑛里華が怒ると、剣菱さんは「はいはい」と素直に席を立って、ここからは見えない席に行ってしまった。
頭の中が混乱していて、まずは一つ目の疑問を解消したい。
「剣菱さんって、誰?」
名前を名乗られたのだから、「誰」という質問は変なんだけど……
「前に、電車の中でイヤホン失くしたでしょ? あれを拾ってくれた人」
「そうなんだ……」
さっきの瑛里華の態度……
「彼――」
「彼氏じゃないっ! お、オトモダチ」
「友達……」
「真優にはもっとちゃんと紹介したかったのに……最悪な第一印象だよね。でも、あいつの言ったこと、ちょっとは合ってると思う。誰にでも優しいのは違う。だって優しくされたら期待するから。自分だったら、って思うと……ごめん、うまく言えない」
わたしだったら……
もし、一翔くんが別の誰かと付き合ってて、でもわたしに優しくしてくれたら……もしかしたら、って小さな希望をずっと持ち続けて……
みんなに優しいわけじゃない……
わたしが「優しいよね」と言った時の、山岸くんの言葉を思い出して、心がずきんと痛んだ。
『誰にでも、ってわけじゃないんだけど』
あの時、山岸くんは困ったように笑っていた。
「真優? 大丈夫?」
「うん……ねぇ、剣菱さんって年上?」
「高3。この近くの塾に行ってるって聞いてたから、偶然会うかもしれないと思ってビクビクしてた」
「それでずっとそわそわしてたの?」
「だって、いきなり会ったらずっごい印象悪いのわかってたから」
「悪くないよ。さっき『内緒』ってされたけど、あの人、瑛里華のポテト『冷たい』って美味しくなさそうにしてたのに、自分のと瑛里華のを交換してた」
「えっ?」
瑛里華が自分のポテトを見た。
「2人が並ぶと雑誌のモデルさんみたいだったよ!」
「ポテト、半分こしよ?」
瑛里華が恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう」
瑛里華のトレイに置かれたポテトは温かくて美味しかった。


