初めてお菓子の材料というものを買いに行って、キッチンにそれらを並べ、しばらく眺めた。
ケーキとかそういうのは絶対に無理だから、レシピを見て一番簡単そうにみえたクッキーを作ることにしたのだけど……不安しかない。
材料を量り、レシピの順番通りに混ぜていって、生地を伸ばしたら型で抜いてオーブンで焼いた。
出来たものは、びっくりするくらい固くて、しかも焦げていた。
「ちゃんと書いてある通りにしたのになぁ……」
独り言を言いながら作ったものをお皿に入れて、もう一度最初からやり直した。
けれども出来たものはやっぱり固くておいしくない。
何も間違ってないはずなのに。
3回目も固いものができて、クッキーの山をひとりで食べていたら、パートからからお母さんが帰って来た。
「玄関開けたら甘い匂いがしたよ?」
「美味しそうなのは匂いだけだよ」
お母さんは「ふうん」と言いながらお皿に山盛りになったクッキーを口に入れた。
「固い」
「だよね」
「混ぜすぎ」
「混ぜすぎ? そんなことレシピには書いてなかったけど?」
「どれ見て作ったの?」
「これ」
スマホの画面を見せると、お母さんに笑われた。
「これ、作り慣れてる人用にはしょって書いてある」
「そうなの? 書いてあることが少ないから簡単なんだと思ってた。なんか……全然上手くできる気がしない」
「葉月くんにあげるの?」
「うん……」
「美味しいのが食べたいって言われたの?」
「作ったのが食べたいって言われた」
「じゃあいいんじゃない?」
「こんなのあげられないよ」
「美味しいとか美味しくないとかは、どうでもいいんじゃない? まぁ、これはさすがにひどいけど」
どうでもいいわけない。
美味しいのがいいに決まってる。
「もう一回作っていい?」
「いいけど、キッチン占領されてたら夜ご飯作るの遅くなるよ?」
「いいっ」
「ふうん」
お母さんはそう言うと、失敗作のクッキーを口に入れて「固い」とまた言って、リビングに行ってしまった。
スマホの検索画面に「作り方 わかりやすい」というキーワードを付け加えて、もう一度レシピを探した。
クッキーは簡単だと思ってたけど、初めて挑戦するわたしには難易度が高かった。
5回目に作ったものがようやく美味しくできた。
遅くまでキッチンを占領してしまったから、お母さんと2人して、夜ご飯を作る時間が待てなくなって、「たまにはいーよねー」と言いながらインスタントラーメンを食べた。
「お父さんって、出張長いけど、いつ帰って来るの?」
「もう少しかかるみたい。予定より長くなっちゃったから、会社がウィークリーマンション契約したって言ってた」
「そうなんだ」
「夏休みが終わる頃には帰って来るよ。お土産はホタテとエビを頼んでおいた」
「カニは?」
「季節が違うよ」
「そっかぁ」
一翔くんのバイトが終わる時間に駅前で待ち合わせをして、会ってすぐに「ありがとう」と言ってクッキーの袋を渡すと、不思議そうな顔をされた。
「『ありがとう』はこっちの言葉だと思うけど?」
「作りながらね、一翔くんに、いっぱい見えないものもらったなーって、気が付いたから。ありがとう」
「よくわかんないけど、ありがとう。食べていい?」
「い、今? ここで?」
「立ったままじゃないよ。どこかに座って」
そうじゃないよー。
目の前で感想とか言われるのが怖いんです。
「中学の時、勇がよく彼女に手作りのお菓子もらってて、うらやましかったんだ」
衝撃発言をもらった。
池田くん、彼女いたんだ……ちょっと想像できない。
駅の近くのベンチに座って、一翔くんが不格好なクッキーを食べるのをそっと見た。
「美味しい」
耳に届いた言葉は「美味しい」だったけれど、それは「嬉しい」に聞こえた。
今まで女の子から、もっと見かけもきいれいで、美味しいものをいっぱいもらってきたんじゃないかと思う。
それなのに、わたしの作った変な形のクッキーを「美味しい」と言って、嬉しそうに食べてくれる。
一翔くんと付き合い始めて、いろんなことを省略しないで、ちょっとづつ、前に進んでいく大切さを知った気がする。


