strawberry * strawberry



受験の日、時間に余裕を持って家を出たのに、乗る電車を間違えて反対方向に行ってしまった。
何度も間違えないように、下見までしていたのに。

電車を乗り換えて、引き返したらギリギリになってしまった。
急いでホームからの階段を駆け下り、隣のホームへの階段に向かっていると、通路をキョロキョロしているおばあさんが目に入った。

でも、次の電車に乗らないと受験に遅刻してしまう。
きっと誰か、駅員さんとか、気がついて助けてあげるはず。

そう思って通り過ぎたのだけれど、振り返ると、おばあさんはずっと困った顔をして誰かに聞くこともできずにいる。

放っておけなくて、引き返した。

「どこに行かれるんですか?」

わたしが声をかけると、おばあさんはほっとしたような表情を見せた。

「娘のところにね、孫が生まれたから。でも、前と駅の感じが違うから、迷ってしまって」


この駅は新しく建て替えられている途中で、その過程で外のバス停や、駅の改札の位置が数週間おきに移動していて、誰もが分かりにくいことになっていた。
それでわたしも、昨日、自分が使う乗り場への通路を下見をしたのだった。(それでも間違えたけど)

「どこの駅に行かれるんですか?」
「赤羽駅なんですけど」

赤羽駅?
聞いたことがない。
周りを見渡して、路線図を探したけれど見当たらない。
調べるためにカバンからスマホを出そうとして、手を滑らせて落としてしまった。
慌てて拾おうとしたところを別の手が拾った。

「はい」

拾ってくれたのは、知らない中学の制服を着た男子。

「ありがとう」

お礼を言った声が小さくなってしまって、ちゃんと聞こえたか不安になった。

「赤羽駅なら2番線ですよ。ここが4番だから、真っ直ぐ行って、2つ目のエスカレーターを上がったところです」

そう言って、彼は2番線の方向を指差す。

「2人とも、ありがとうね」

おばあさんが深々と頭を下げて2番線に向かって行く後ろ姿を見ていると、4番線に電車が到着するアナウンスが聞こえて来た。

「乗り遅れる……」

咄嗟に声が出た。

「もしかして青葉受ける?」
「え? うん」
「一緒だ」

わたしの手を、その男子が掴んだ。

「急ごう!」

引っ張られて、自分ひとりでは到底出せないようなスピードで、階段を駆け上った。
途中、わたしがつまずきそうになったのに、手をぎゅっと掴んで引っ張り上げてくれたおかげで、こけずにすんだ。

ドアが閉まる寸前で、2人とも電車に飛び乗った。

ゼイゼイと肩で息をしているわたしの横で、彼はちっとも呼吸を乱した様子がない。
息が落ち着いてから、ようやくお礼が言えた。

「ありがとう。引っ張ってくれなかったら、きっと電車に乗れなかった」
「役に立てて良かった。階段を上りきったところでおばあさんに気がついて、下りてたんだけど先を越されてた」

わたしに笑いかけてくれたその顔を見て、ようやく平常に戻っていた心臓がまたバクバクし始めて……

「あの――」

名前を聞こうとして声を出したつもりだったのに、電車の中の雑音でかき消されてしまった。

「カズト! お前、どこ行ってんだよ? いきなり走ってくから電車、間に合わないかと思ってビビったじゃん」

彼と同じ制服を着た友達らしき人が近寄ってきた。

「悪い、ちょっと」
「みんなあっちいるから来いよ」

彼は友達と隣の車両に行きかけて、立ち止まるとこっちを振り返って言った。

「またね」

また……



わかっているのは「カズト」という響きの名前と、青葉高校を受験するということだけ。

彼の第一希望が青葉高校でありますように。

どうか、青葉高校へ受かりますように。


神サマに2つもお願いしてしまった。
あの時の願いが叶ったのか、葉月一翔(かずと)くんとは同じ青葉高校の、それも同じクラスになることができた。


葉月くんは、背はそんなに高くないけれど顔面偏差値が高くて、いつも誰かに囲まれて笑ってる、そんな人だった。
クラスの人達ともすぐにうちとけて、もう既にカラオケに数回行ったという話も聞いた。
女子にも人気で、まだ高校に入学して間もないというのに、他のクラスから見にくる子もいる。

この間、トイレでばったり会った同中の子には、「藤代さんのクラスに葉月くんているでしょ? 中学の頃からモテてたらしいよ」なんて聞いてもいないのに教えられた。



健康カードを集めていると、葉月くんがその人懐っこい笑顔をわたしに向けてくれた。

「手伝いいる?」
「ううん、大丈夫。ただ集めてるだけだから」
「なんだ、残念」

残念……って、日本語の使い方おかしいよ。
それに上目遣いに笑顔とか反則でしょ?

まぁ、こっちは立ってて、向こうは座ってるわけだから、上目遣いになるのは仕方がないんだけど。

こういうところに、みんなキュンとかしちゃうんだ。
わたしもドキッっとしたけどね。


健康カードを集め終えて、教卓の上に裏返しで置いてから、飛んだりしないように何か上に重しになるものがないかとキョロキョロしていると、瑛里華が陶器でできた干支の置物を上に置いた。

「こんなのどこで見つけてきたの?」
「窓際に飾ってあった。昨日、わたしも使ったから。木崎先生のらしいよ」
「ありがとう」
「真優が困ってるのは見過ごせませんよ」
「何でそんな言い方?」
「意味はなーい」

2人で笑いながら席に戻った。



男子がみんな瑛里華を好きになるのは仕方ない。

葉月くんも、瑛里華を好きになっちゃうかな……

予告された通り、朝のホームルームで席替えが行われることになった。

木崎先生はわざわざクジを作ってきたらしく、箱の中の紙を順番に取っていくようみんなに言った。

「クジ引いたらまだ見ないように。『いい』って言ってから見るんだぞー。見た後は、速やかに黒板に書いてある数字と同じ場所の席に移動すること。目が悪いとかそう言うのは後で調整するから」

出席番号が1番の人から順番に教卓まで行ってクジを引いた。

先生が「いい」と言うまでクジを開けないから、誰がどこに座るのか、自分の席がどこなのかもわからない。
教室内はザワザワし始めた。

わたしの番になって、箱の中の残り少なくなったクジを一つ引いた後、席に戻る前に先生をチラっと見たら、みんなを見ながら嬉しそうな顔をしていた。

同中で仲の良かった友達が1組にいて、1組の担任の先生は、若くてかっこいいと喜んでいたけれど、木崎先生も悪くないとわたしは密かに思ってる。


みんながクジを引き終わったのを見て、木崎先生が言った。

「自分の番号見たら、静かに移動して」

小さく折りたたんである紙を開いて、黒板に書いてある数字と見比べる。
わたしは窓際の一番後ろだった。
これはアタリ。

振り返ると、瑛里華が自分の番号を見せてくれた。
瑛里華は真ん中の一番後ろだった。

葉月くんはどこになったんだろう?

「真優、またね」
「うん。瑛里華も」

荷物を持って新しい席に移動した。

葉月くんはどこなのか探していると、瑛里華の隣に立っているのが見えた。


みんながガヤガヤと席を移動する中、わたしの隣に立った男子が言った。

「何だ、堀北じゃない方の隣か。ハズレ」

話したことのない男子だったけれど、そう言われてしまったら、愛想笑いしかできない。
一番端っこの席だから、次に席替えがあるまで、隣はずっとひとりしかいない。
コイツがずっと隣の席ということになる。
コイツの隣はずっとわたしということになる。

ごめんね、「じゃない方」で。
本当は名前を覚えてたけど、ずっと「コイツ」って呼んでやると決めた。


「変えてやるよ」

その声と同時に、その男子が持っていた席番号の書かれた紙を葉月くんが取ると、自分の持っている紙を代わりに渡した。

自分が渡された紙に書かれた番号と、黒板の番号を見比べ、次にその場所を見てから男子が言った。

「え? これ? マジ? アタリじゃん!」
「言うなよ」
「神!」
「声、おっきぃ」
「ごめん」

嬉しそうに瑛里華の隣に向かう男子に変わって、隣に葉月くんが座った。

「よろしく」
「いいの?」
「何が?」
「瑛里華の隣だったんじゃないの? それアタリなんでしょ? わたしは……ハズレって」
「何それ? アタリとかハズレとか変なの」
「……うん……変、だよね」


一番端っこの席は、次に席替えがあるまで、隣はずっとひとりしかいない。

だから、隣はずっと、葉月くんになった。