お母さんと、睦美おばさん、きららちゃんと過ごす午後。
昔使っていた小さなビニールプールを出してみたらまだ使えたので、浅めに水を入れてきららちゃんと遊んだ後、3時のおやつにみんなでスイカを食べた。
「お姉ちゃん、お義兄さんの出張長いね。今回は北海道だっけ? うちも出張多いけど、お姉ちゃんのとこも多いよね」
「今はね。会社が支社を出すみたいで忙しいって言ってた。でもちょうど良かったよ。いたら睦美も気を使うでしょ?」
「まぁ、それはね」
そこで睦美おばさんがわたしを見た。
「真優ちゃん、友達と遊べなくてごめんね」
「それ前にも言ったけど、全然いいってば。仲がいい子は今イギリスに行ってるし、みんな部活とかバイトとか忙しいしいから」
お盆休みに入る少し前、瑛里華はお祖母さんに会うために家族でイギリスへ行ってしまった。残りの夏休みを向こうで過ごすなんて、芸能人みたい。
「ハリー・ポッター」のロケ地となった、オックスフォード大の食堂で撮ったという瑛里華の写真を、睦美おばさんに見せた。
「この子が今仲のいい子」
「すっごい綺麗な子だね。このまま映画に出て来そう」
「実物はもっときれいだよ!」
自分が褒められてるみたいで嬉しくなる。
「写真といえば! 見せてなかったよね、これ」
睦美おばさんが自分のスマホをお母さんに見せた。
「それ加工してない?」
「してないよ。加工の仕方とかわからないし」
「いるんだねー、こういう顔面偏差値の高い子」
何の話してるんだろ?
「イケメンくんだよねぇ」
睦美おばさんのその言葉に、スマホを覗き込んだ。
「む、睦美おばさん、どうしてカ、葉月くんの写真を持ってるの?」
「ちゃんと撮っていい?って聞いて撮ったよ?」
「そ、そうじゃなくて……」
「面食い」
お母さんにボソっと呟かれた。
違うっ。
確かに、一翔くんはかっこいいんだけど、そうなんだけど、それだけじゃなくて……
「睦美、それ、私も欲しい」
「いーよー、じゃあ送るね」
写真を交換しないでよ……
恥ずかしすぎる……
「お義兄さんには見せられないね」
「見たら泣くだろうね」
そういうの……せめてわたしのいないとこでやってよぉ……
恥ずかしくなって目の前に置かれたスイカを黙々と食べた。
夜になって、家族旅行中の一翔くんから、うどんに大きな穴子の天ぷらがのった写真が送られてきた。
<うどん屋のハシゴした>
続けて送られてきたのは、お庭みたいなところでうどんを食べているニチカくんの写真と、部屋でテレビを見ているニチカくんの写真。
<ニチカはここでも時代劇見てる>
ニチカくんは旅行先でも時代劇を見てるんだ。
少しだけメッセージを交換して、寝ようとしたところで日和からメッセージが届いた。
<クラス会 20日までに出欠欲しいって>
先に約束した方が優先……だから……
そう思っているのに「欠席」の返信ができずに、ベッドに横になっているうちに寝てしまった。
20日の夜、きららちゃんのお父さんが出張から帰ったその足で、睦美おばさんを迎えに来たので、お母さんと2人でお見送りをした。
「お義姉さん、長い間ありがとうございました」
「ちょうどお父さんもいなかったし、女4人で楽しくやってたよ」
「お義兄さんが帰られたらよろしくお伝えください。真優ちゃんもありがとう」
「お姉ちゃん、真優ちゃん、ありがとうね」
「睦美おばさんも、ありがとう」
お別れの挨拶をした後、きららちゃんのお父さんがチャイルドシートにきららちゃんを乗せている時、睦美おばさんが大きな袋をくれた。
「真優ちゃん、これちょっと早いけど誕生日プレゼント。たくさんお世話になったから」
そして、わたしの耳元で「デートに着てね」と囁いた。
「ありがとう!」
「こっちこそ、ありがとうね。じゃあ」
車の中からきららちゃんも手を振ってくれた。
もらった袋を見たお母さんが「それ、良かったねー」と笑った。
睦美おばさんたちの車が見えなくなって、家に入ると急いで自分の部屋に行って、もらった袋を開けた。
中にはチェックのスカートとそれに合わせてブラウスが入っていた。
早速着て、鏡の前に立つと、ちょっとだけかわいく見えた。
一翔くんが旅行から帰った次の日、お土産をもらった。
「讃岐うどんは家族で食べて。こっちが真優」
「わたしにも?」
「当たり前でしょ」
「わたしなんてどこにも行ってないから何もないよ? どうしよう……」
「いいよ、何もいらない。開けてみて」
小さな紙袋に入っていたのは、パステルカラーのブレスレットだった。
ピンクと水色の大きさの異なる小さな球が銀色の鎖で繋がっている。
「ありがとう!」
「『おいり』っていう香川の郷土菓子をイメージしたアクセサリーだって」
「つけてみていい?」
「どうぞ」
ブレスレットなんて初めてで、なんとか右手だけでとめようとするのだけど、うまくとまらない。
「いい?」
そう言われて手を差し出すと、左手にブレスレットをつけてくれた。
手の平を上にしたり、下にしたりするたびに、パステルカラーのモチーフが揺れる。
「かわいい。すっごく嬉しい」
「良かった。それで、真優の誕生日なんだけど、どこに行こうか考えて……」
ずっとブレスレットを揺らしてみていた手が止まる。
「どうかした?」
「え? 何もないよ」
笑ったつもりだった。
「……俺が、すっごい何かを悩んでるのがわかるのに、何も言わないのって、どう思う?」
「……わたしじゃあ、力になれないのかな……」
「今、そういう気持ち。言ってよ?」
「……何もないよ?」
「あのさ、顔に出てる」
「……ごめんなさい」
「教えて」
そう言われて、吉崎さんとのことを話した。
中2の冬休み前、副担任の先生が産休をとることになって、終業式の前日にホームルームでお別れ会をしようということになった。
お別れ会の日の前日、担任の先生に許可をもらって教室の飾りつけをした。
部活や塾の子もいたけれど、先生のために休んで、放課後みんなで準備をしていた。
「折り紙足らないね」
「買って来るよ?」
「じゃあ、藤代さんお願いしていい? 金色と銀色が欲しい」
「他には?」
「画用紙も」
「わかった。じゃあ、急いで行って来るね」
ひとりで学校から少し離れた商店街へ折り紙を買いに行った。
折り紙を買って学校へ戻る途中、同じクラスの吉崎さんが他校の制服を着た男の子と2人でファーストフードのお店に入るのを見た。
でも、急いでいたから声をかけず、そのまま学校へ戻った。
「藤代さん、ごめんねー。寒かったでしょ?」
「全然」
「あ、ねぇ、そう言えば吉崎さん誰か見た? 今日みんなで残って準備するって言ってたのにいないんだけど?」
「カバンもない」
「吉崎さん?」
「藤代さん知ってる? 何か聞いた?」
「さっき、商店街の中のファーストフードに男の子と入って行くのを見たよ」
見たままを、何も考えずに答えてしまった。
「はぁ? 何それ。今日みんなで残って準備するって話してたのに」
「私、塾休んだんだけど?」
「こっちは部活休んでるんだよ?」
「みんなで残ろうって言ったのに、彼氏とデートとかありえないんですけどっ」
言うべきじゃなかったって、すぐにわかった。
「見間違いだったかもしれない! よく考えたら似てただけだった!」
すぐに言い直したけれど、もう誰も聞いてくれる人はいなかった。
「信じられない」
「何考えてるんだろ」
「ねぇ、わたしの見間違いだったよ!」
何を言っても、吉崎さんを非難する声はどんどん加速していって……
「何をもめてるの?」
「どうかした?」
委員会で遅れて来た日和と涼香が教室に入って来た時には、もうおさまりがつかなくなっていた。
次の日の朝、教室に入ると女子の数名が吉崎さんを囲んで文句を言っていた。
「藤代さんが、吉崎さんと彼氏が一緒にいたの見たんだって!」
「みんなで準備しようって言ってたのにありえない!」
「予定あった子だって、こっちを優先したんだからね!」
慌てて間に入ったら、吉崎さんはわたしを見て「うざっ」と言うと、カバンを持って帰ってしまった。
「吉崎さんっ」
追いかけたけれど、立ち止まってくれなくて、校舎を出たところでようやく振り返ってくれた。
それで、謝ろうと声をかけた。
「吉崎さ――」
「何も知らないくせに!」
吉崎さんはそれだけ言うと、もう二度と振り向いてくれなかった。
終業式の日、吉崎さんは学校に来なかった。
そして、転校したことを知らされた。
誰に聞いても連絡先を知らなくて、先生も「家庭の事情があって……」と言葉を濁して、「九州の方へ行った」としか教えてくれなかった。
吉崎さんの、学校最後の日があんな終わり方になってしまったのはわたしのせい。
わたしの不用意な発言のせいで、吉崎さんが悪者になってしまった。
もしもう一度会うことができたら、あの時のことを謝りたいと思いながらも……忘れようとした。
それで、クラスマッチの時みんなと撮った写真を、アルバムの1番後ろにしまって、心の中から遠ざけた。
ずっと吉崎さんに謝りたいという思いはあったけれど、何事もなかったかのように心の隅っこに追いやって、見て見ぬフリをしてきてしまった。
「クラス会に来るって聞いて、話したいと思ったんだけど……その日は25日で……」
「そんな気持ちで楽しめる?」
「……でも、先に約束してたのは――」
「逃げないで」
恥ずかしくて何も言えなくなってしまった。
一番知られたくなかったずるい感情を、一番知られたくない相手に言われてしまった。
「俺、母さんとニチカにひどいこと言ってしまったことがある。その時は『家族だから』って理由で許してもらえた。でも、真優にとっての吉崎さんはそうじゃないから、1回出来たわだかまりは、ずっと消えないよ?」
わたしの心の中のぐちゃぐちゃしたところを知っても、一翔くんは、しょうがないなぁ、って顔で笑っていた。
「25日に行かなかったら、吉崎さんにはもう会えないかもしれないんでしょ?」
「……うん」
「会っておいでよ」
「でも……」
「終わるの何時?」
「5時」
「その後、少しだけ会おうよ」
「それだと――」
「逆だったら? 1時間くらいだったら会わない?」
「ううん、30分でも10分でも会って『誕生日おめでとう』を言いたい」
「そーゆーこと」
「……ごめんない」
「謝るとこじゃないよ」
「ありがとう」
「それが正解」
「いつも……いろんなものをもらってばかりで……わたしは何もできないのに……」
一翔くんは、優しくて、正直で……
「そう? だったらさ、手作りのお菓子とか食べたい」
「作ったことないよ?」
「食べたい、それがいい」
「どうなっても知らないよ?」
「期待してる」
少し意地悪で……
わたしは、今まで気づかなかった感情に気付かされる。


