リビングできららちゃんとアニメを見ていると、睦美おばさんに肩を叩かれ、「こっち」と合図をされた。
ダイニングテーブルの上に麦茶とクッキーが置かれている。
「きらら、しばらくテレビの前から動かないと思うから、休憩」
「ありがとー」
イスに座って麦茶を半分ほど飲んだ。
「真優ちゃん、さっき、きららのお尻まで洗ってくれてありがとう」
「拭いただけだと気持ち悪いかと思って」
「トイレね、もうほとんど失敗なかったんだけど、私が骨折して、こっちに来て環境が変わったせいか、またできなくなっちゃったんだよね。まぁ、しばらくはオムツの方が私も助かるから気楽に構えてるんだけど。大きいのはトイレに流さないといけなから、真優ちゃんに迷惑かけてごめんね」
「迷惑って?」
「嫌でしょ?」
「全然。どうして?」
「真優ちゃん……どこまでいい子なの! そう言えば、昔犬飼ってた時、お散歩中にしたやつ、嫌がりもせずに片付けてたよね……クッキー全部食べていいからね」
正面に座っていた睦美おばさんが、クッキーののったお皿をずずずっと、私の前に押してきた。
「全部は多いよー」
クッキーをつまんで口に入れた。
「お礼に夏祭り連れてってあげようか?」
「え?」
「私が行くなら遅くなっても大丈夫でしょ。きららも一緒になっちゃうけど、それで良かったら誰か誘ってもいいし」
「いいの?」
「いいよ」
すぐに一翔くんにメッセージを送った。
毎年、夏休みにあるお祭りは、繁華街のはずれにある神社を中心に夜店がたくさん出て、いつもは車の多い道路が通行止めとなるから、そこら中、人がいっぱいになる。
人の少ないところで待ち合わせをしたので、待ち合わせの場所で、お互いすぐに見つけることができた。
「真優ーっ!」
名前を呼びながら、走ってきて、わたしにしがみついた男の子を見て、睦美おばさんが驚いた顔をした。
「ニチカくん久しぶりだねー」
「遊びに来いよ。寂しいだろ」
「ごめんねー」
そんなニチカくんの頭をポンポンと軽く叩いて、一翔くんが言った。
「先にご挨拶」
「こんばんは!」
「今日は誘っていただきありがとうございます。葉月一翔と言います。こっちは弟のニチカです」
睦美おばさんはわたしの服をクイクイっと引っ張った。
「聞いてない」
それが聞こえたのか、一翔くんがかしこまった。
「すみません、図々しくお言葉に甘えて」
「違う違う! 男の子が弟と来るっていうのは聞いてたの。びっくりしたのは、まさかこんなイケメンくんが来ると思ってなかったから!」
一翔くんが困った顔をしてしまった。
「こっちこそごめんね、おばさんとその子供まで一緒で」
「全然そんなことないです。どうしてですか?」
一翔くんのその返事に、睦美おばさんは微笑んだ。
「なんだ、2人ともお似合い。私は、真優ちゃんの母親の妹になります。で、こっちが娘のきらら」
睦美おばさんの後ろに隠れていたきららちゃんが、そっと顔を出した。
それを見て、一翔くんは、きららちゃんの目線までおりてから言った。
「初めまして。真優ちゃんの仲良しの葉月一翔です。こっちは弟のニチカです」
きららちゃんはニコッと笑顔になった。
ヨーヨーすくいをした後、きららちゃんが金魚すくいに興味を示したけれど、睦美おばさんがベビーカステラで誤魔化した。
バルーンアートを見ていたら、風船が割れて、その音できららちゃんが泣いてしまったので、睦美おばさんの代わりにしばらく抱っこして歩いた。
ニチカくんがスーパーボールすくいをしているのをみんなで見ていたら、睦美おばさんが一翔くんに話しかけた。
「ニチカくん、食べたらダメなものある?」
「ないです。アレルギーもありません」
「わかった。真優ちゃん、3人でリンゴ飴食べてるから、2人でうろうろしておいで」
「いえ、ご迷惑になりますから」
一翔くんが丁寧に言葉を挟む。
「リンゴ飴食べる時間だけだから」
頭の上で話す声が聞こえたニチカくんが上を見上げた。
「兄ちゃん、オレなら大丈夫。彼女を大切しないとかーさんに言いつけるよ? 真優も、今日は無礼講だから」
ニチカくんは時代劇が好きなんだった。
でも、使い方、間違えてるよ。
「ほらぁ、弟くんもそう言ってるから、急いで行って急いで帰って来て」
「行けよ」
「ばいばい」
3人に言われて、一翔くんと顔を見合わせた。
「お言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます。ニチカ、わがまま言うなよ」
「言わないし」
「睦美おばさん、ありがとう」
「ん」
3人に手を振って別れた。
「めちゃくちゃ緊張して待ち合わせ場所に行ったら、ニチカがいきなり真優に飛びつくから焦った」
「そうなの?」
緊張してるようには見えなかったよ?
わたしが一翔くんの家に行った時のヘタクソな挨拶を思い出して、恥ずかしくなったもん。
「今日って……お母さんは何か言ってた?」
「お母さん? 睦美おばさんが『真優ちゃんの彼氏とその弟くんと夏祭り行ってくる』って言ったら、『そうなんだぁ。行ってらっしゃーい』って言われたくらい」
「……もしかして、真優はお母さん似?」
「それよく言われる。似てるねーって」
どうしてだか微笑まれた。
「せっかくだから神社に行く?」
「行きたい」
そう言って神社の近くまで行ったものの、思った以上に人が多くて、境内に入るまでも長い列ができている。
「リンゴ飴の時間だと行って戻れそうにないねー」
「今年はあきらめて、来年また来ようか」
「来年」という言葉に嬉しくなった。
来年も一緒だといいな。
神社の前でUターンした時、浴衣を着た女の子の2人組が、一翔くんに話しかけてきた。
「葉月くん?」
「やっぱり葉月くんだー! 友達と一緒?」
2人とも見たことのない顔。
「彼女と一緒」
「彼女?」
女の子の一人がきょろきょろと周りを見渡す。
隣にいるんだけど……
ようやく目が合って、頭を下げると、クスッと笑われた。
「なんか、意外」
女の子がボソッと呟いた。
そうだよね。その反応は慣れてます。
それに、周りのカップルは、女の子の方がみんな浴衣の中、わたしはジーンズに、気持ち袖がフリルになったTシャツという、ごく普通の格好だし。
「真優、行こう」
「え? 葉月くん? なんで?」
女の子たちはまだ何か言っていたのに一翔くんが歩き始めたので、慌てて後を追った。
「いいの?」
「中学が同じだっただけで、ほとんど話したことないし」
さっきの子達、メイクもしていて、髪もきれいに結っていた……
「……浴衣でもないし……おしゃれでもなくて……ごめんね」
「浴衣?」
「うん……今日、女の子はほとんど浴衣着てるのに、わたしは普通の格好だから」
一翔くんが立ち止まって、わたしの方を向いた。
「小さい子いたら、立ったり座ったり多いし、途中で疲れたって言われたら抱っこになるし、顔とか容赦なく触ってきて、気をつけててもその手をいきなり口に入れたりしてさ。だから、真優は浴衣じゃないんでしょ? きららちゃんのために」
「どうしてわかるの?」
一翔くんの言った通りだった。
浴衣を着たいとは思ったけれど、睦美おばさんはきららちゃんを抱っこできないから、疲れたと言われたら、さっきみたいにわたしが抱っこするつもりでいた。
一翔くんと一緒に、夏祭りに行けるというだけで嬉しかった。
「ニチカが小さい頃、母さんに容赦なくいろいろ叩き込まれたんだ。でもまぁ、母さんが俺に気を遣ったりしないから、俺も好きなこと言えるんだけど……真優がきららちゃんをかわいいと思うように、俺もニチカがかわいいから。誘ってくれた時、『ニチカくんも一緒に』って言ってくれたのが嬉しかった。一緒に、夏祭りに来れただけで嬉しい」
同じこと思ってくれてた。
「せっかくだから写真撮ろう?」
「しゃっ?」
「2人で撮った写真ないから」
人の少ないところへ行って、何にもないところで、自撮りする時みたいにして写真を撮った。
わたしのスマホで撮った方は下が切れちゃってうまく撮れてなかったけれど、一翔くんの方は上手く撮れたから、それを送ってもらった。
目的もなく、ぶらぶらした。
人もどんどん増えていった。
「学校がある時はちっこいカバン、いつも右手に持ってるよね」
「お弁当が入ってるバックのこと? リュックに入らないから。保冷バックになってるんだけど、毎回お母さんが保冷剤いっぱい入れるからパンパンで」
「……そういう意味で言ったんじゃないんだけど」
ちょっと困った顔で笑うのを見て、めずらしくわかってしまった。
一翔くんは、さっきすれ違ったカップルが手を繋いでるのを見てた。(実はわたしも見てた)
手を……
「夜になっても暑いよね」
「あ、うん?」
「それで、つい水分補給とかしちゃって、でもそうすると汗とかぶわって出ちゃって、今もね、緊張してるのもあっていつもより手に汗出てる気がするんだ」
「うん」
「でも……て……」
手をね、繋げたらいいのにって、思ってしまった。
「て?」
「て」
「て……」
このやりとり前に……
「あーーっ!」
「何? びっくりした」
「オリエンテーションの肝試しの時、一翔くん『て』って……何回も言ってた」
「うん。言った」
「あれって……手を……」
一翔くんが照れながら言った。
「『手を繋ごう』が、言えなかった」
2人で、なんとなく顔を見合わせた。
「て」
「いっぱい汗出ちゃってるかもしれないよ?」
「それは、同じ」
「じゃあ、一緒?」
「一緒」
「て、ね」
思ったよりそばを歩いていたことに気がついた。
少しだけ手を動かしたただけで、簡単にお互いの手がふれた。
「どんどん欲張りになっていく気がする」
「もっと、欲張りになってよ」
いいのかな?
手を繋いだら、2人とも無口になった。
睦美おばさんたちが遠くに見えてきた。
2人で顔を見合わせて、どっちからと言うわけじゃなく、手を離した。
そのタイミングで、こっちに気がついたニチカくんが叫んだ。
「兄ちゃん、手ぐらい繋いだー?」
それを聞いた睦美おばさんが隣で、くくくっ、と笑っているのが見えた。
「……あいつっ」
口調はムッとしていたけれど、一翔くんの目は優しかった。
一翔くんがニチカくんのことを好きだっていうことが伝わってくる。
もしかして……こういうこと?
言葉もそうだけど、気持ちって思ってる以上に表情に出る?
一翔くん限定でわかるだけかもしれないけど……
帰り道、疲れてしまったきららちゃんをわたしが抱っこして、それを見たニチカくんが甘えたので、一翔くんがニチカくんを抱っこした。
睦美おばさんが後ろで「あー、なんかあんたたち、若者に見えないわー」と呟いた。


