中央図書館の自習室は席数が多い分、利用者も多い。
受験生がよく利用しているけれど、朝一番に行くと席は空いている。
9時に図書館の前に着くと、既に瑛里華が待っていた。
「待たせちゃった?」
「いつも早起きだから目が覚めちゃって。まだ約束の時間になってないよ」
瑛里華は白のTシャツにジーンズという至ってシンプルな格好だったのに、遠くからでもすぐわかるくらい目立っていた。
そういえば、高校のオリエンテーションで初めて瑛里華の私服を見たけど、その時もシックな色味だった。
「ふふふ」と瑛里華が不適な笑みを見せる。
「葉月くんの家に遊びに行ったんでしょ? どうだった?」
「どう……って、トランプしたり、ボードゲームしたよ」
「ふううーん」
「な、何、その言い方?」
「ベーつーにー」
トンっと肩に肩をぶつけられたので、同じように肩をぶつけた。
そんなことをしていたら、開館時間が来たので、2人で自習室へ向かった。
「葉月くん何時に来るの?」
「ニチカくんを保育園に連れて行ってから来るって言ってたから、10時くらいかな」
「その後、バイトなんだっけ?」
「うん。今日は4時からって聞いてる」
一翔くんは夏休みに入って、ファミレスでバイトを始めた。
近所の人が「大学生の子が実家に帰ってしまって人手が足らない」とぼやいているのを耳にして、夏休みの間だけやることにしたと言っていた。
勤務はシフト制で、毎日勤務時間が違うけど、シフト表を写真で送ってくれたから予定を知っていたりする。
「わたしも何かしようかなぁ」
「真優も同じとこでバイトするとか?」
「無理無理無理」
「今、3回も否定したよ?」
「想像しただけでも、ちゃんとできる自信がない」
「そうなの? ずーっと一緒にいられるのに」
「じ、自習室着いたから、話は終わりっ」
「はーい」
瑛里華はわたしを見て。ずっと面白そうに笑っていた。
この図書館の自習室は2つあって、瑛里華と行ったのは、大きなテーブルにイスがたくさん並べてあるところと、4人掛けのテーブルとイスのところの2タイプがある場所。
瑛里華と1番奥にある、本棚の向こうにある大きなテーブルの席に座った。
4人掛けのテーブル席が早々に埋まっていく中、大きなテーブルは、2人組と3人組が座っているだけで、それぞれがいくつか席を空けている状態でも、まだまだ余裕がある。
わたしと瑛里華の両隣も空いたままだった。
「数学の宿題、問題集1冊って多くない?」
「多かったね~」
「瑛里華、どこまでやった?」
「終わったよ」
「終わった?」
ちょっと大きな声が出てしまい下を向いた。
周りに聞こえないくらいのボリュームに声を落として話を続ける。
「どうしてそんなに早いの?」
「宿題みてくれてる人がスパルタなの」
「そうなんだぁ。家庭教師?」
「違う。今はまだ……よくわからないから……でも、真優には絶対紹介する」
「スパルタなのは嫌だなぁ……」
「そういうんじゃないよ」
「どういうの?」
「あ、ねぇ、スマホ着信してない?」
瑛里華に言われ、テーブルの上に置いていたスマホを見ると、静かに振動していた。
「お母さんだ。ちょっと外行って来る」
瑛里華に断って、席を立った。
電話を切った後、スマホを見ると「9:41」と表示されていた。
まだ、一翔くんが来るまでには時間がある……
一翔くんの家からこの図書館までは少し遠い。
「2人の家の真ん中にある図書館にしよう」と言ったのに、一翔くんは、この図書館を選んだ。
「中央図書館の大きなテーブルがある方の自習室だけ話してもOKなんだ」と言われ、その時は単純に「それっていいな」と思った。
でも昨日、瑛里華とメッセージをしていて、「中央図書館にしたのは真優の家に近いからだね」と言われ、一翔くんの優しさを知った。
どうして……わたしはそういうのに気付けないんだろう……
自習室に戻ると、さっきまで3分の1も埋まっていなかった席が、半分くらい埋まっていた。でも相変わらず本棚の向こうの大きなテーブル席には人がいなかった。
席に戻るために本棚の横を通っていたら、棚の反対側から声が聞こえてきた。
「あそこのカップル見て」
「彼氏かっこいい」
「でも彼女も超可愛い」
「お似合いだねー」
それで声の示す方を見ると、一翔くんと瑛里華がいた。
一翔くんがかっこよくて、瑛里華がモデルさんみたいにかわいいのは本当のこと。
一翔くんと瑛里華のところへ近づくと、先に気がついてくれた一翔くんがわたしを見て言った。
「なんか楽しそう」
「さっき、向こうで知らない人達が2人のことを褒めてたから」
「わたしたちのことで、そんな笑顔になったの?」
「そうだよー」
2人とも大好きだから。
わたしと入れ替わりで瑛里華が席を立った。
「じゃあ、わたしは行くね」
「一緒にやんないの?」
「約束があるから」
そう言って手を振ったので、振り返した。
瑛里華が見えなくなると一翔くんが言った。
「堀北のこと、いいの?」
「大丈夫だよ。誰かと待ち合わせみたいで、約束の時間まで一緒に宿題しようって、最初から言われてたから」
「それならいいんだけど」
「瑛里華ね、もう数学の宿題終わったんだって」
「早っ」
「勉強みてくれてる人がいるんだって。今日もこれからその人に会うって聞いてる」
「それって……」
「何?」
わたしを見て一翔くんは笑顔を見せた。
「何でもない。真優は、やっぱり真優だなぁと思って」
「それ、よく言われる」
「宿題しよっか」
「あ、あのね」
「何?」
「ありがとう。この図書館選んだのは、本当はわたしの家に近いからだったんだよね? ずっと気がつかなくてごめんなさい」
「それ、ちょっと違う。俺が、真優の家に近い図書館が良かったんだ」
「ん? よくわかんない」
「わかんなくっていいよ」
一翔くんひとりが楽しそうにしている。
「ここのことは、いとこに教えてもらったんだ。別のフロアにある自習室は話したらだめだけど、こっちの自習室は話してもいいって。大学の図書館だと今はそういうところが多いらしくて、いとこが通ってる大学は飲食もOKだって言ってた」
「そうなんだ」
大学なんてまだまだ先の話だと思ってたから、一翔くんの口からその言葉が出てきて不思議な感じがした。
「数学やってた?」
「心を入れ替えて苦手なのからやってたよ」
いつもは苦手なのを理由に最後まで残ってた数学を、今回は早く終わらせるために1番に始めていた。
ずっと数学ばっかりやってたら、くらくらしてきたので、古文の宿題をカバンから出していると、一翔くんの隣に女の子が立った。
「あのぉ、隣、いいですか?」
テーブル席は相変わらずほとんど人が座っていないから、わざわざ隣を選ばなくても、たくさん席は空いている。
「どうぞ」
「ありがとうございまーす」
髪の毛をきれいに巻いて、メイクをしたかわいい子。
「高校生ですよね? どこの学校ですか?」
「彼女も俺も青葉」
「彼女?」
「そう」
女の子がわたしに視線を向ける。言われるまで存在に気付いてなかったみたい。
「真優、次古文するの? じゃあ、俺も古文にする」
また……
「真優、解答持って来た?」
「持って来たよ」
あのね……
「真優のを一緒に見せてもらっていい?」
「いいよ……」
あのね……
「真優は国語が得意だよね」
「と、得意というか好き」
一翔くんがわたしの名前を呼ぶたびに、女の子の視線が痛いです……
「席、やっぱりいいです」
女の子がいなくなると、一翔くんがわたしに笑いかけた。
夏休みに一翔くんと何度も一緒に宿題をするようになって、ようやくつまらずに名前呼びができるようになった。
でも、一回一回緊張するのは変わらない。
わたしは呼ぶのも、呼ばれるのも、どきどきしてしまう。
それなのに一翔くんは時々、わたしの名前をどうしてだか連呼するから、心臓に悪い。


