strawberry * strawberry




葉月くんは、いつも乗り換えで降りる駅まで迎えに来ると言ってくれたのだけれど、それはさすがに過保護ってやつだよ!

葉月くんの家の最寄り駅までひとりで行って、ひとつしかない改札を出ると、少し離れた所に葉月くんが立っているのが見えた。

「ごめんね、待った?」

そんなふうに自分から声をかけておきながら動揺。
なんだか恋人同士の待ち合わせみたい。

葉月くんはひとりだった。

「ニチカくんは?」
「家にいる。母さんがまだいるから」

「母さん」というワードに今度は一気に緊張。


駅から葉月くんの家に行く途中、大きな公園があった。

「あの公園の向こう側をちょっと行ったところに勇の家があるんだ。だから小学校からずっと一緒。勇の母さんにはよくご飯食べさせてもらったし、よく泊まりに行った」
「昔から仲がいいんだね」

公園の隣に学校らしい建物が見えた。

「公園の隣って学校?」
「そう。中高一貫の学校なんだけど、高校からの募集はないんだ」

もし高校からも募集があったら、葉月くんには行きたかったのかな……
でも葉月くんがこの学校に行ってたら、こうして隣を歩くことはなかったかもしれない。
そんなふうに考えるととても不思議な気がする。
受験の日、わたしが困っていたおばあさんのことを放っておいたままだったら、葉月くんと偶然会ったりしなかった。
そうしたら、例え同じクラスになっても、今とは違っていたかもしれない。

隣を歩く葉月くんを見ていたら、つまづきそうになって、咄嗟に腕を掴まれた。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫。ありがとう」
「肝試しの時のこと思い出した」
「あの時は盛大に転けちゃって」
「今回は助けられて良かった。危なっかしいから気になる」
「うわぁ、ごめんなさい」
「謝られるようなことじゃないよ」

しばらく歩いていると、葉月くんが「あそこ」と家を指差した。
家の前には黒くて細い鉄製の門があって、その向こうに男の子がしゃがんで何かやっているのが見えた。
「初めましてニチカくん。藤代真優です」

ニチカくんは、最初、じっとわたしを見ていたけれど、すぐにグーにしている手を前に差し出してきた。

「だんごむしやる」
「あっ! ニチカっ」
「わーありがとう」

だんごむしを手の平に受け取った。

「これオスだねー」
「お前、わかんの?」
「背中に模様がないのがオスだよ。メスは金色っぽい模様がある」
「すっげ! 真優のこと家来にしてやってもいいよ!」
「本当? ありがとう」

ニチカくんは嬉しそうな顔を見せると、玄関のドアを開けて中に向かって叫んだ。

「かーさん! 兄ちゃんがすごい彼女連れて来た!」

かなり……恥ずかしい。

「ニチカがいきなりごめん」
「全然! ご主人様が出来ちゃった」
「それ……ちょっと嫌なんだけど」

手の平にだんごむしのせたままでいることに気が付いた。

「ごめん。だんごむし持ったままだった」

ニチカくんに「これ、放してあげていい?」と聞くと、「許す」と許可をもらえたので、地面にそっと置いた。

「ごめんね、気が付かなくて」
「……そっちじゃなくて。ご主人……」
「何?」

最後の方が聞き取れなくて、聞き返した。

「いいっ。何でもないっ」

何か言いたそうにみえたんだけど?

「真優、家に入ったら一番に手洗いだからな」
「はい。洗面所教えてください」
「こっち、ついて来い」

そう言うと、ニチカくんはさっさと廊下の奥へ進んで行く。
わたしは葉月くんに「どうぞ」と言われてから玄関に入った。

「お邪魔します」

声に出すと、玄関のすぐ真横の部屋のドアが開いて、中から女性がひょいと顔を出して来た。
お母さん? でもとっても若い。

「いらっしゃい。お兄ちゃんの彼女ねー。ニチカがごめんなさい」
「初めまして。藤代真優です。これ、どうぞ」

「彼女」といきなり言われて、家で練習してきたのに、しょぼしょぼの挨拶しかできなかった。
女性は部屋から出て来ると、わたしが持って来ていたお菓子の袋を受け取ってぺこりと頭を下げた。

「気を使わなくていいのに。今度から来る時は手ぶらね!」
「はいっ」
「2人の母親やってます。よろしく。わたし、もう出ないといけないから、ごゆっくり。そんなとこにいないで、入って」
「失礼します」

葉月くんのお母さんは、わたしたちと入れ替わりに玄関で靴を履いた。

「お兄ちゃん、くれぐれも!」
「信用してよ」

2人がそんな会話をしているのが聞こえて、「安心してください! ちゃんとニチカくんのことは見てます!」と心の中で言った。

「行ってきます。あとお願いね」
「わかった。ニチカ、母さんもう出るって!」

葉月くんが言うと、どこかから「いってらー」というニチカくんの声が聞こえた。


葉月くんのお母さんは、わたしのお母さんと比べて随分若かった。
美魔女ってやつなのかな。
「兄ちゃんの部屋2階だから。来いよ」

ニチカくんに先導されて、葉月くんの部屋に入った。


さすがは葉月くん。
部屋はきちんと整頓されていて、本が本棚に入ってる。
家に帰ったら机に積み重ねたままの本を片付けようと心に誓った。

部屋の真ん中に置かれたテーブルのそばに、ニチカくんは座ると「真優はここ」と、座るところを指定された。
言われた通りにそこへ座ると、「兄ちゃんはその隣」と、葉月くんをすぐ真横に座るように言った。

ち、近い……
正方形のテーブルの1辺に2人並んで座るのは、近すぎるってば。
心臓に悪いです。

「トランプしようよ!」
「ごめん、いい?」
「いいよー。トランプしよ。葉月くん、わたし配るから――」
「あのさぁ、兄ちゃんもおれもハヅキなんだけど?」
「あ、そうだね」
「おれのことはニチカって呼んでたじゃん? 兄ちゃんもカズトってちゃんと呼べよ」
「あ……うん」
「呼べよ」
「か……一翔……くん」

恥ずかしすぎる……

「早く、トランプやろうぜ」
「はい、すぐに配りますっ」

幼稚園児に敬語を使ってしまった……


ババ抜きを何回かした後、神経衰弱をした。
その後、アニメのキャラクターのカルタをして、それが終わると仮面ライダーマンカードのお披露目が始まった。

「真優はさぁ、兄ちゃんのどこがいいの? 兄ちゃんちっちゃいじゃん。ほうよーりょくってやつは、やっぱ勇のように背が高くないと」
「ほ、包容力のこと? えっと……」

その「小さい」は身長の話なのかなぁ??

「ハヅ――か、一翔くんはとっても器の大きな人だと思うよ」
「まぁ、よく食べるけど、それでいいの?」

あ、お皿のことになっちゃった……

「それがいいんだよ」
「そっか。おれも兄ちゃんのこと大好きだから、真優はライバルってやつだ」

家来からライバルに昇格した。

話の途中から、瞬きが多くなってきたニチカくんは、最後まで仮面ライダーマンカードの説明を終える前に眠ってしまい、葉月くんに抱っこされて自分の部屋のベッドへ連れて行かれた。


戻って来た葉月くんがまたわたしの隣に座ったから、心臓の音がうるさくなってきた。
さっきまでニチカくんがいたから大丈夫だったのに。

「ごめん、今日はニチカがいろいろわがままばっかり言って。あいつはしゃぎすぎたみたいで、いつもはこんな時間に寝ないんだけど」
「全然! むしろ感謝かも。今日ね、朝からすっごい緊張してて、でも、ニチカくんのおかげで普通に話せた気がする」
「うん。俺も」

すぐ近くで目が合って、緊張のあまり、挙動不審になったわたしは部屋の中をきょろきょろしていて、飾ってあった写真に目がとまった。

グラウンドをバックに、バットやグローブを持ってユニフォームを着た数人がマネージャーっぽい女の子と一緒に写った写真。
わたしの視線の先に気が付いた葉月くんが言った。

「中学の頃、野球やってたから」

でも、今は野球部に入ってないよね?
そんな質問が頭に浮かんだけど聞けなかった。

「怪我してできなくなったから、やめたんだ」
「そう……」

こういう時って、何て言ったらいいんだろう?
中途半端なことを言いたくない。

「……何も言えなくてごめんなさい」
「ありがとう。やっぱり藤代って、いいな」
「なんでそうなるの? さ、さらりとそういうこと言われると……」
「言われると?」
「言われると……」
「ごめん、意地悪して」
「ひどいぃ」

葉月くんが笑ったので、つられて笑った。

「別に言わなくてもいいことなのかもしれないけど、他のやつから聞く前に言っとく。母さんと俺は血がつながってない。ずっと父さんとふたりだったんだけど、父さんが再婚して、ニチカが生まれたんだ」
「そう……なんだ」

だから、葉月くんとニチカくんは10歳以上も年が離れてるんだ。
お母さんが若い理由もわかった。

「母さんは看護師やってて、勤務時間によっては俺が保育園に迎えに行ってるから、野球できなくなってちょうど良かったのかもしれない」

また相槌に困って黙ってしまった。

「暗い話じゃないから。俺、母さんもニチカも好きだし」

葉月くんが笑ってそう言ったから、好きな物をあきらめなくちゃいけなくなったのに、笑うんだって思ったら……

「泣かせるつもりで話したんじゃないよ!」
「ごめ――」

急いで涙をぬぐおうとした時、いきなりバンっとドアが開いてニチカくんが現れた。
そしてわたしを見て言った。

「兄ちゃん、女を泣かすのはサイテーな男だって勇が言ってた!」

そこ、池田くん出て来るんだ。

「違うよー。目にゴミが入って涙が出ちゃっただけ」

そんな嘘みたいな言い訳だったけど、ニチカくんは信じてくれたみたいで、「それ、痛いよなー」と心配そうな口調になった。
だから、「心配してくれてありがとう」と謝った。


それからまた、ニチカくんの仮面ライダーマンカードのお披露目が再開した。
たくさんいるライダーマンがなかなか覚えられなくていっぱい怒られてしまった。
夕方になると、ニチカくんのお気に入りのアニメが始まったので、葉月くんがひとりで駅まで送ると言ってくれたのだけど断った。

「鍵全部しめて行くし、ニチカにもちゃんと言い聞かせておくから」
「でも……」

アニメがCMに入ったところで、ニチカくんが話に入って来た。

「真優、危ないから兄ちゃんに送ってもらえよ。おれはひとりでも大丈夫だから。迷ったらどうすんの? この辺迷子センターないよ?」
「ほら、ああ言ってる」
「それでは、お言葉に甘えます」
「じゃあな、真優!」

アニメの続きが始まったので、ニチカくんとはテレビの前でお別れをした。