「そろそろ帰る?」
「そうだね」
6時になる前に学校を出た。
何度も2人で一緒に帰るようになったから、いっぱいいっぱいだったのが、ちょっとだけ慣れてきた。
だから、葉月くんがいつもわたしの右側を歩いてるのは、そっちが車道側だからということに気がついた。
「何か面白いことあった?」
「面白いこと?」
「ずっと笑ってる」
「笑ってた? きっと葉月くんといるのが嬉しいからだと思う」
今まで気が付かないでいた葉月くんを今日また一つ知ることができた。
「そういうこと……普通に言う……」
「あ、ごめんね」
「違う。怒ってるとかじゃなくて。そういうとこ……好きだから」
「葉月くん、それずるい」
「ずるい?」
ずるい!
「テ、テスト終わったらすぐ夏休みだね」
「夏休み、行きたいとこある?」
「行きたいとこ……どこに行ってもきっと楽しいよね。悩む」
「俺も考える」
ちょっとだけ間があくのはまだ慣れなくて、何か話を探してしまう。
「今日、話してたの聞こえたんだけど、ニチカくん、仮面ライダーマン好きなの?」
「そうなんだ。あと恐竜も」
「わたしもお菓子買う時はカードがついてるのにするね」
「そんな無理しなくていいよ」
「葉月くんの弟、会ってみたいなぁ」
「会いに来る?」
「いいの?」
って……軽く言ってしまったけど、それって……家に行くってこと……だ……よね?
「ニチカ、喜ぶと思う。休みの日は俺と2人だけのことが多いから、誰か遊びに来るとテンション上がるんだ。夏休みに入ったら家に遊びにおいでよ」
「うん」
自分で言っておきながら、今から緊張。
夏休み、大丈夫かな、わたし……
葉月くんと途中まで同じ電車で帰って、乗り換えの駅で別れた。
自分が乗るホームで電車を待っていたら、人と人の間に友達の日和を見つけたので駆け寄った。
「日和!」
「あー、真優っ」
「一緒になるのめずらしいね」
「いつもは部活だからね。真優は? 遅くない?」
「放課後残って勉強してた」
「おんなじだぁ。わたしも部活の子達と集まって勉強してた。家にいると寝ちゃうから」
「わかる。ちょっとだけって思いながら動画見て、気づいたら遅い時間になってて、結局寝ちゃう」
「あれ聞いた?」
「何?」
「夏休み入ったら中学のみんなで集まろうって話」
「ううん、聞いてない」
「山岸くんが言い出したんだよ」
日和が「ふふん」と笑った。
「山岸くんが言い出したの」
「うん」
「……何か思うことないの?」
「え? まとめやく大変だよね」
「やっぱ、真優って――あ、電車来た」
日和とは同じ駅で降りるから、同じ車両に乗って、人の少ない端っこへ寄った。
「卒業式の日、山岸くんに何か言われなかった?」
「何か? 『春休みって何するの?』って聞かれたから、『部屋の掃除する』って答えたよ? 受験勉強に使った参考書とか、中学のもう使わない教科書や体操服も春休み中に整理しろってお母さんにうるさく言われてたから」
「その後は?」
「その後……メッセージグループで、『GWみんなでどこか行こう』って話が出てたけど、わたしは熱出してたからパスした」
日和にため息をつかれてしまった。
「さっきから何?」
「だーかーらー、山岸くんが夏休みに集まろうって」
「それはさっき聞いたってば」
「まぁ、いいや。行けるよね?」
「うん」
「喜ぶよ?」
「わたしもみんなに会えるの嬉しい」
「真優ってば、真優だよね」
「それ、前に同じこと言われたことある」
「ふうん」
「ねぇ! 日和の時計、モフモフサンド!」
「そうなのー。かわいいよねー」
「かわいいっ」
「ホットドックに挟まれたやつ知ってる?」
「知ってる!」
電車を降りて、別れるまでモフモフサンドの話で盛り上がった。
1限目に使うノートが残り1ページしかないことに気がついて、授業が始まる前に売店で買おうと思い、いつもより早めに家を出た。
教室には向かわず、そのまま売店へ行ってノートを選んでいると、隣で女の子たちが話し始めた。
「なんだ、全然普通じゃん」
「知恵の方がかわいいって」
「堀北だったらわかるけど、なんでこの子なんだろーね」
周りには誰もいない。
だから、わたしに聞こえるように言ったんだとわかった。
顔を上げると、3人いた女の子のうちの1人と目が合った。
その子は目が合うとすぐに「行こっ」と言って、友達を引っ張って行ってしまった。
少し、胸がずきんと痛んだ。
3人のうち1人は見たことのある子で、名前は知らないけど1組の子だった。
きっと……「知恵」って子が葉月くんのことを好きなんだ。
放課後残って勉強してたことを誰にも知られてないわけがない。
陰であれこれ言うんじゃなくて、直接言ってきてくれた仁木さんと谷さんは特別なんだ。
教室に入ると、新庄くんが声をかけてきた。
「藤代、元気ないみたいだけど、数学わかんないとこあったら教えるよ」
「ありがとう」
瑛里華はまだ来ていなくて、葉月くんも席にいなかった。
でもカバンはあったから、教室を見渡すと池田くんのところにいた。
自分の席に座ったところで、瑛里華がやって来た。
「真優、おはよ! いいものあげる」
瑛里華がわたしの前に大好きなモフモフサンドの付箋を差し出した。
「いいの? ありがとう。でも、これどうしたの?」
「昨日、ゲーセンでとってもらった」
「とってもらったの?」
「あっ……うん。友達……じゃなくて知り合いに」
友達じゃなくて知り合い?
「真優、なんかあった?」
「えっ?」
「おいで!」
瑛里華に廊下の隅まで連れて行かれた。
「さっき、モフモフサンド見た時のテンションじゃなかった。何かあったんでしょ? 聞くよ!」
「……話すようなことは何もないよ」
「それ、同じことをわたしが言っても真優は放っておく?」
「あ……」
「真優が言ったんだよ? いろんなこと話して、って。わたしじゃ役に立てないかもしれないけど、一緒に考えることはできるから」
「ありがとう」
わたしが話始めるのを瑛里華は黙って待っていてくれた。
「今朝ね――」
売店での話を瑛里華に話した。
「葉月くんの彼女が瑛里華だったら、みんな納得するのかな、って……」
「葉月くんが好きになったのは真優だよ」
「本当にわたしで良かったのか不安になっちゃった……」
「あの時ちゃんと聞いてたから。葉月くんが先に真優に好きって言ってた。いろいろ言う人がいても、わたしは『お似合い』って思ってるし、他にもそう思ってる人いると思う」
「……もし、わたしが付き合ってなかったら、その子が付き合ったのかもしれないとか……今まで考えたことないいろんなことがぐるぐる浮かんできて……」
「もし、真優が付き合ってなかったとしても、葉月くんは他の子と付き合ったりしない」
「そんなのわかんないよ……」
「わかるよ! だって葉月くんは――」
「堀北、それ勘弁して」
いつからいたのか、振り向くと葉月くんが立っていた。
「堀北ごめん、藤代と話ししていい?」
「いいよ」
瑛里華が教室に戻って行ったので、その場に葉月くんと残されてしまった。
「俺の話、聞いてくれる?」
頷くと、葉月くんが話し始めた。
「俺が藤代のこと好きになったのは、高校受験の日からだから。あの日、知らないおばあさんが困ってるのをみんなが知らんぷりしてる中、立ち止まってるの見てからずっと気になってたんだ」
葉月くんと初めて会った日……
「だからまた会えるように祈ってた」
わたしも。
「そうしたら同じ高校になって、しかも同じクラスで、めちゃくちゃ嬉しかった」
わたしも同じ……
「話をするようになったら、もっと好きになった。俺は、藤代が思ってるより、もっと藤代のこと好きだから」
いつもより口調が強くて、葉月くんが怒ってるのがわかった。
「怒ってる?」
「うん」
「ごめん」
「なんで藤代が謝るの?」
「今、怒ってるって」
「怒ってるのは自分に対して」
「どうして?」
「……俺、言われたことあるんだ。『中途半端』って。それの意味がわかった」
「葉月くんは中途半端なんかじゃないよ」
「さっき、堀北が言ったこと、俺が言うべきことだった。他の誰かじゃなくて、藤代がいいんだ。だから他の子と付き合うとかないから。信じて」
「葉月くんのことは信じてるよ。わたしがひとりでごちゃごちゃ考えてしまっただけで……」
「誰かに何か言われたり、悩んだりしたら言って。俺もこういうの初めてだから考える。それで、できることするから。もっと頼ってもらえるようになるから」
「わたしも、がんばる……何かは、まだわからないけど、一緒に」
葉月くんが笑ったので、わたしも笑うことが出来た。
「俺、堀北より藤代の方がかわいいと思ってる」
ええっ!
「教室戻ろう」
葉月くんと一緒に教室へ戻ったら、池田くんがみんなに聞こえるように言った。
「2人でどこ行ってたんだよ?」
それでみんなが、ばっとこっちを見た。
「藤代をひとりじめしてた。彼女だし」
「嘘ーっ」とか「やるじゃん」とか、教室の中がざわざわする中、わたしの耳元に葉月くんが囁いた。
「藤代は誰にも譲らないから」
ひゃあっ!
葉月くんの爆弾発言は昼には広まっていて、休憩時間に教室まで見に来る子まで出て来て、ずっと下を向いていた。
気のせいじゃなければ、トイレに行く時も廊下ですれ違ったりする子達に振り向かれたりした。
放課後には、2人で一緒に帰っていたら、別のクラスの男子が通りすがりに声をかけてきて――
「葉月、その子が彼女?」
「そうなんだ」
「堂々としてんなー」
そんなやりとりを隣で心臓をばくばくさせながら聞いた。
「い、いいの?」
「何が?」
「な、何でもない……」
ひやかされても葉月くんは気にも留めてないみたいで……
「そうだ! 藤代、誕生日いつ?」
「た、誕生日? 8月25日」
「夏休み?」
「いつも宿題の追い込み中」
「宿題後回しにする方なんだ」
「もしかして葉月くんは先にやっちゃうタイプ?」
「地道に毎日やる」
「尊敬します」
「とりあえず、夏休みの予定2つ目と3つ目が決まった」
「2つ目と3つ目?」
「一つ目は家に遊びに来る。2つ目は宿題を一緒にやって早く終わらせる。それから、3つ目が誕生日に遊ぶ」
「うわっ」
「それ、喜んでる? 嫌がってる?」
「驚いてる。葉月くんの誕生日はいつ?」
間があった。
「もう終わった」
「いつだったの?」
「5月5日」
「え?」
「だから家族でテーマパークに行った」
「ニチカくんの誕生日だったからじゃなくて?」
「ニチカは5月3日が誕生日。だからいつも2人まとめられてる」
「ごめんなさい、知らなくて」
「言ってなかったし。俺も誕生日はいつも学校休みだから一緒」
「来年はお祝いさせてね」
「楽しみにしとく」
葉月くんが嬉しそうに笑った。
葉月くんが付き合ってることをみんなの前で言ったことで、すごい勢いで噂になったけれど、中間考査が終わってテストが返ってくる頃には沈静化していた。
仁木さんがそっと「葉月くんフアン減ったよー。彼女にデレてるのにあきれたみたい」と教えてくれた。
デレてはないと思うんだけど……
日和には「何で教えてくれなかったの~っ!」と怒られて、学校の売店で苺ミルクのジュースを奢らされた。
「夏休みの集まり中止になるかも」
「なんで? 楽しみにしてたのに」
「真優なんだから?」
「この間からそれ何?」
「でもまぁ、良かったねー」
そう言ってくれた。
そして、どうしてだか新庄くんには「ケンカしたらいつでも相談にのるから!」と顔を合わせるたびに言われている。
誰にも何も言われなくなったわけじゃない。
あの1組の子たちには、廊下ですれ違ったりする時、睨まれる。
寂しいけど、全ての人と仲良くなるのは無理なことなんだって知った。
「信じる」って、形がないから難しいけど、でも、わたしが葉月くんを好きでいるみたいに、葉月くんがわたしを好きだと言ってくれる言葉を信じる。
もうすぐ夏休み――


