strawberry * strawberry




想像していたよりずっと恥ずかしい。


これまでだって一緒に帰ったことはあったけど、その時は瑛里華や池田くんがいた。

それが2人とも、ついさっきまで暇そうにしていたのに、急に示し合わせたように「用事があるから」って、すごいいきおいでいなくなってしまった。


いきなり2人きりにされて、「付き合う」ってなってから初めて一緒に帰る。

そっと隣を見たら、葉月くんは普通に歩いてる。

「あー、なんかさ……」
「な、何?」
「緊張する」

葉月くんが笑ったので、つられて笑ってしまった。

「わたしもずっと緊張してた。それで何話したらいいんだろ? とか考えてた」
「同じ。今までそんなこと考えたことなかったのに」
「わたしだけかと思ってた」

言葉にしただけで、さっきまであった高い塀みたいなのが一気になくなった。

「夏休み、どっか行こう……2人で」
「い、行く」
「その前に、試験勉強……一緒にしない?」
「する。一緒にしたい」
「……誘うのって勇気いる」
「誘われる方も、どきどきする」
「あのさ……いや、やっぱりいい」
「何? いいならいいけど。変なの」
「変なことはいっぱい考えてるよ」
「えっ……」
「違う! そういうんじゃなくて! 『そういう』っていのはそうじゃなくて……」

葉月くんがあんまり一生懸命だから、おかしくて笑いが止まらなくなった。
それを見た葉月くんがムッとした顔をしたのが、かわいいとか思えて、幸せすぎる、とか思って、また笑った顔になる。

「葉月くんがいい人っていうのはわかってるよ」
「俺、きっと藤代が思ってるようなやつじゃないよ。『いい人』なんかじゃない」
「そんなことないよ。葉月くんは困ってる人ほっとけないような人って知ってる」
「困ってる人いたら助けてあげたいとは思うけど……」
「ほら、やっぱりいい人だよ」
「ずっと新庄に対して藤代に気安く話しかけるなよとか思ってたし」

うわわ……

「自分って、独占欲強いんだって最近気がついた。それに、こんなこと言う俺に幻滅してないかとか小さいことも考えてるし」


これが、漫画の世界だったりしたら、かっこいい人っていうのは、結構強引だったり、自信満々な俺様なのに。

周りから「かっこいい」って言われてる葉月くんでも、そんなこと考えたりするんだ。

わたしは、それを正直に言えちゃう葉月くんだから、好きなんだと思う。


「いっぱい葉月くんの話を聞きたい」
「俺も、藤代ともっといろんな話したい」


これから、もっともっと、葉月くんのことが知りたい。
電車の駅を降りて、学校に向かっていると、前を瑛里華が歩いていた。
どことなく元気がない?

「おはよー」
「おはよぉ」

もしかしてまた誰かが……

「瑛里華――」
「ワイヤレスのイヤホン片方落としちゃた」
「いつ?」
「今朝。多分電車の中。みんなみたいにヘッドフォンにしておけば良かった。片方だけ買わないといけない」
「学校着いたら駅にチャットで聞いてみよ?」
「そうする」
「元気出して」
「真優の話聞いたら元気出るかも」

瑛里華がいたずらっ子のような笑みを見せる。

「わたしの話?」
「昨日せっかく2人にしたんだから!」
「やっぱり! 『用事がある』とか言ってたの嘘だったんだ!」
「友情~」


いつもと変わらない朝だけど、少しだけ違うのは、教室に入る時、ちょっとだけ緊張したこと。


窓際の自分の席に着いて、葉月くんに「おはよう」と言ったら、「おはよう」と言ってくれた。

これは今までと変わりないはずなのに、どこか違う。


「放課後、大丈夫?」
「大丈夫」

放課後は、葉月くんと試験勉強。
図書室は上級生が使うと聞いて、教室で勉強しようという話になった。

それで、掃除が終わった教室で、試験範囲を見ながら待っていた。

葉月くんは音楽室の掃除当番だったので、遅れて来るのはわかってたけど、なかなか教室へ戻って来ない。

きっと時間がかかってるんだと思って先に苦手な数学の教科書を開いて、テスト範囲の例題を始めた。

何ページか解き終わったところで、葉月くんがようやく戻って来た。

「ごめん、遅くなって」
「先生のチェックでダメだしされたの?」
「え?」
「掃除」
「……そうじゃないんだけど……ちょっと……ごめん。何やってた?」
「数学。1日目だから」

葉月くんは席に着くと、リュックの中から数学の例題集を取り出した。


2人で放課後残って勉強。


……って、授業受けてる時と変わらない。

そうだよね。

だって元々席が隣だもん。

ただ単に、席が隣同士の2人が放課後残って勉強してるだけになってる。

でも、葉月くんは「彼氏」で、今までみたいに「同じクラスの隣の席の人」じゃないから、それを考えると顔が笑ってしまう。


「藤代」


へらへらしながら問題解いてるのを変に思われた?


「な、何でしょう?」
「席、くっつけていい?」


くっ――つけ――っ!


「これだと授業中と変わんないと思って」


葉月くんが自分の机をわたしの机にくっつけてきた。


わああああ。

近い……です。


もともと視力はいい方で、今の窓際の一番後ろの席から、教室の前の方のドアの近くに貼ってある行事予定も見えたりする。

だから……

いつもより葉月くんが近いので、いつもよりもっとよく見えてしまうんですけど?

考えてることが敬語になってきた……


「藤代、ここわかる?」
「えっ?」

葉月くんがすっごい近くから、教科書の例題をシャーペンで指してわたしに見えるように向けている。


すみません、ひとりで全然別のことを考えていました。
全然勉強が身に入ってません。


「これ……わたしもわかんない」
「そっか。先生に聞きに行くかなぁ……」
「あ、新庄くん数学が得意って言ってたよ? 教えてもらう?」
「嫌だ」
「え?」
「あいつが嫌だとかじゃなくて、悔しいから」

葉月くんがわたしの顔を見て言った。

「何笑ってんの?」
「笑ってた?」
「笑ってた」
「無意識に笑ってたのかな」
「かわいかったからいいけど」


神様っ!
葉月くんと放課後残って試験勉強をするようになって、3日目の朝、教室に入ろうとしたところで、仁木さんと谷さんに「ちょっとーっ」と言って、廊下の端っこまで引っ張られた。


デジャブだ。

もしかして葉月くんと放課後2人で残って勉強してることを言われる?
この2日間、何の噂にもなっていなければ、見られても誰にも何も言われたことがない。


「おはよう」

一応あいさつをしたけれど、「そんなこといいから!」と仁木さんに言われてしまう。

「藤代さんって、堀北さんと仲いいよね?」
「うん。何?」
「堀北さん、ついに葉月くんと付き合い始めたんでしょ?」
「え?」


葉月くんと付き合ってるのは……わたし……なんだけど……


「どうしてそういう話になってるの?」
「それが! 1組の三島さんが葉月くんに告ったらしいの!」
「葉月くんに?」
「そう! そしたら、『彼女がいるから』ってフラれたって!」
「それいつ?」
「いつ? いつだっけ?」

仁木さんが谷さんの方を向く。

「一昨日くらい? 放課後っていうのは聞いたけど、いつかはよくわかんない。それ何か関係あるの?」
「ううん。ちょっと聞いてみただけ」


もしかして……あの日?
葉月くんが教室に戻って来るのが遅かった日。


「それで、葉月くんの彼女はやっぱり堀北さんじゃないかって噂になってるの!」
「噂……」
「藤代さんなら知ってると思って!」
「瑛里華じゃない」
「それ絶対?」
「絶対」

言ってもいいのかな……

「あのね――」
「あ、やばっ。先生来た!」

谷さんの見ている方を向くと、木崎先生が歩いて来ていた。

「藤代さん、ありがとう! ごめんね、引っ張ってきちゃって」
「教室戻ろう!」

ばたばたと教室に戻る2人の後をついて教室に入った。


言い損ねてしまった。

でも、そもそもこういうのって、自分から言うものなのかな……

誰かに好きだと言われたら、それを付き合ってる人に言うのが正解? 言わないのが正解?

もし、もしもわたしが誰かに告られたりしたら……

だめだ。
想像すらできない。
葉月くんに好きって言ってもらえたのは奇跡みたいなもので、そんな奇跡は2度と起こるわけがない。


葉月くんは教えてくれなかった。

わからないことがいっぱいすぎるよ。
お昼休憩になった時、瑛里華に心配そうな顔をされた。

「何かあった? 朝から悩んでる顔してる」
「そんな顔してた?」
「うん」


すっごいだめだ。
三島さんの告白のことばっかり考えてた。
こういう自分は好きじゃない。
教えるとか教えないとか、葉月くんには葉月くんの考えがあるんだから。


「瑛里華、わたしのことグーで殴って!」
「またぁ?」
「お願い!」
「えいっ」
「だからぁ、それ、頭突きだってば」
「だってぇ」

2人で笑ってたら、いつの間にか池田くんがいて、あきれた顔をされていた。
その後ろにいた葉月くんは心配そうな顔をしている。

「何かあった?」
「何もないよ。遊んでただけ」


いつも通り4人でお昼を食べていると、池田くんが思い出したようにポケットからトランプくらいのカードの束を出した。

「一翔、これニチカにやる」
「仮面ライダーマンのカード?」
「兄貴が買った菓子に入ってた」
「ニチカ好きだから喜ぶよ。ありがとう」
「5歳って1番こういうの好きな年だよなぁ」
「俺もよく集めてた。カード欲しくてお菓子買ったりして」

ニチカくんって、葉月くんの弟だよね?
5歳ってことは10歳以上年が離れてることになる。だから、かわいくて仕方ないんだ。
葉月くんは池田くんにもらったカードを、一枚一枚嬉しそうに見ていた。

池田くんが葉月くんに渡したカードはたくさんあった。
お兄さんはどうやらかなりの量のお菓子を食べたらしい。
放課後、勉強を始める前に葉月くんがわたしの好きな猫のキャラのことを聞いてきた。
それで駅前のガチャでコースターを全部制覇した話なんかをした。

「モフモフサンドっていう名前でね、猫がいろんな被り物をしてるの」
「堀北とお揃いのキーホルダーのやつ?」
「そう、それ。エビフライの他にもいろいろ種類があって」

スマホでモフモフサンドのサイトを開いて葉月くんに見せた。
2人でスマホの画面を覗き込んだから、葉月くんとくっついてしまいそうなくらい近くなって、心臓がどきどきし始めた。

「俺はこれが好きかも」

急に葉月くんがこっちを向いたから、本当に顔が近くて――

その時、後ろのドアの所から名前を呼ばれた。

「藤代さんと葉月くん?」

見ると、仁木さんと谷さんがドアの所に立っている。
葉月くんとわたしが机をくっつけているのを見て、だだっと近くにやって来た。
最初に質問してきたのは谷さんだった。

「2人だけ?」

それに葉月くんが答えた。

「そうだけど」
「葉月くんって、堀北さんと付き合ってるんじゃなかったの?」

まさかの直球!

「違う。付き合ってるのは藤代」

ばっと、葉月くんの方を見てしまった。

「そうなんだ。てっきり堀北さんなんだと思ってた」
「藤代さんだったんだぁ」

今度は仁木さんと谷さんの方を見てしまう。

「あー、じゃあ、邪魔しちゃ悪いから帰るね」

ええっ!
思ってたよりあっさり。

「ばいばーい」
「ばいばい」
「ばいばい」

みんな普通。
動揺してるのはわたしだけ?

2人がいなくなると、葉月くんが話かけてきた。

「ずっと黙ってるよね? ごめん、言う前に聞くべきだった」
「それは……いいんだけど、ちょっと、驚いて……」

葉月くんが普通に答えたのにも驚いたんだけど、仁木さんと谷さんの反応にもっと驚いて。

「試験終わってから言おうと思ってたんだけど、やっぱり言っとく。一昨日、1組の子に告白されて、彼女いるって言ったら『誰?』って聞かれたから、正直に答えた。これも後だしで、ごめん」
「ううん。全然、全然、全然、全然」
「同じこと何回も言ってるよ?」
「嫌じゃないの?」
「嫌って何が?」
「わたしと……その……付き合ってるって……バレちゃって」
「藤代は嫌だった?」
「嫌じゃない。全然、全然、全然、全然、全然、全然」
「知られた方が……藤代のこといいって言ってるやついるし」

え……えっ……ええっ?

「いないよぉ、そんな人」
「気づいてないならいいけど。勉強始めよ」
「は、始める。始めよ」

いろいろ、予想外なことばかり。