未来へのバトン

自分には「伝える力」が、根本的に欠落していたのだ。
資料にはこうも書かれていた。

「伝える力の源泉は、テクニック以前の『貢献心』にある」

健一は、デスクに突っ伏した。

自分が麻衣に子供を欲しがったのは、本当に彼女のためだったのか。あるいは、54歳になっても「現役」である自分を証明したかっただけではないか。自分の「正しさ」を押し付け、彼女をコントロールしたかっただけではないか。

情けなくて、涙が出そうになった。
だが、資料の最後の一節が、彼を奮い立たせた。

「現在コミュニケーションに苦手意識があることは、技術的な改善の余地(伸び代)があることを意味する」
「……まだ、間に合うだろうか」

健一は、震える指でスマートフォンを取り出した。

いつもなら「帰宅時間は20時だ。夕食を用意しておいてくれ」と打つところだ。
彼は、十数分迷った末に、たった一行、こう打ち込んだ。

『麻衣、いつも美味しいご飯をありがとう。今日は、君の好きなアイスを買って帰るよ』

送信ボタンを押す手が、不器用なほど震えていた。