【試し読み】席替えしたら、どうやら後ろの男が俺のこと好きらしい2

 高校三年の春休み最終日、俺は朝宮の家を訪れていた。
「あのさ、俺たち会いすぎだよね?」
 勉強の合間、ふと気になっていたことをスマホで確認した。
 カレンダーアプリには、朝宮と書かれた日が毎日のように続いている。
「会いすぎ?」
 隣でシャーペンを器用に回していた朝宮は、心底不思議そうな顔で首を傾(かし)げた。
「俺としては全然足りなかったけど」
「毎日のように会ってるのに?」
「間山、一日は二十四時間もあるんだよ」
 俺と朝宮の始まりは、高二になってすぐの席替えで席が前後になったこと。
 朝宮から告白されたことをきっかけに、付き合うようになった。
「知って――んんっ」
 噛みつかれるようなキスが落ちてくる。薄らと目を開けると、朝宮が俺を見ていた。
「毎回思うんだけど、なんで目瞑らないの?」
「だって、間山の顔を見ていたいから」
 見つめられながら、どんどん口づけが深くなっていき、服の中に手が入ってくる。指先が素肌に触れた瞬間、びくりと肩が跳ねた。
「間山、我慢して」
 耳元で低く囁かれて、ぞくっと背筋に快い震えが走る。くすぐったさと触れられている実感が混ざって逃げるように身を捩るけれど、かえって距離が近づくだけで。
 いつもはやさしいくせに、こういうときだけ意地悪だ。
「手、止め……て」
「できない。くすぐったそうにしてる間山が可愛いから」
 指がゆっくり動くたび、慣れているはずなのに身体が正直に反応してしまう。息が浅くなっていくのが自分でも分かって、余計に恥ずかしい。
「間山は俺と会わなくても平気?」
「……そんなわけない」
「うん、一緒」
 唇がより一層深く重ねられる。逃げ場をなくすみたいに腰を引き寄せられて、体温がじわじわと溶け合っていく。
 これまで何度も体を重ねてきた。それこそ、この春休みの間だって、求められたり、求めたりして時間を過ごしてきたけど。
 やっぱりいくらしたところで恥ずかしさは消えないわけで、そのことを朝宮に伝えると、『恥じらいがある間山もいい』となぜか余計にヒートアップさせてしまう結果となる。
「はあ、この間山が明日から見られなくなるのか」
「え、なんで?」
「クラス替え」
「ああ……」
 できるだけ考えないようにしていたけど、暴走し始めた朝宮も同じ気持ちだったのかもしれない。
 明日から新しいクラスになる。
 いわゆる一軍キラキラのグループに所属している人気者で友達も多い朝宮は、どんなクラスでもやっていけるから問題ない。
 だけど、気軽に話せるような友人も常川田と榊くらいしかいない、ぼっちの俺は、今回のクラス替えで相当ナーバスになっていた。
 常川田と榊と離れるのも嫌だけど、それ以上に朝宮と離れたら、どうやって生きていけばいいんだ……。
「朝宮とクラス離れるのは嫌だな」
 動揺を悟られまいと必死になるけど、無意識に漏れる本音。
「俺も、間山とクラスが別々になったら生きていけんのかなって」
「死活問題になってるじゃん」
「で、考えたんだけどさ」
「うん?」
「クラスが離れたら、俺が間山のクラスメイトになればいいかって」
「……ん?」
「間山がいるクラスに、俺が入ればいいだけの話かって思ったんだよね」
「いったん落ち着こうか」
 俺がいるクラスに入ればいい?
「いや、だめだろ。てか無理でしょ」
「大丈夫、気合いで残り一年ぐらいやっていけると思うし」
 もしかしたら、俺より重症かもしれないな。いや、でも逆によかった。朝宮がいつも通りで。
「それは現実的ではないんだけどさ」
 諭すように、朝宮に声をかける。
「今の話を聞いて、朝宮も俺と同じように不安になってるんだなって思ったら、ちょっと元気出た」
「解決にはなってないけどね」
「いいんだよ、これで。クラスが離れたら俺が朝宮に会いに行けばいいだけの話だからさ」
「間山は動かなくていいよ。俺が会いに行くから」
「じゃあ昼休みは会うようにする?」
「……足りない。死にそー」
「えっ……じゃあHRの前に会うとか?」
「授業が終わったら毎回会いたい」
「そ……れは、さすがに無理じゃない?」
「なんなら、朝も毎日迎えに行くし帰りも送る」
「朝宮」
「あ、バイトがある日も送迎する。夜遅いと危ないし」
「朝宮」
「もし迎えに行けないときは、ずっと電話繋いでいてくれたらいいから」
「朝宮って」
 咄嗟に手首を掴むと、朝宮の口の動きが止まった。
「朝宮だけが動かなくていいから。俺も会いに行くよ」
「……間山が?」
 俺の言葉に、信じられない、とでも言いたげな顔で口元を手で押さえる朝宮。
「間山が俺に会いに来てくれるっていう、夢のようなシチュエーションがあんの?」
「あるって、ふつうに」
「てことは、間山と会うのを我慢するのは実質五十分か。まあ、なんとか耐えられそうだな」
「授業中はさすがに我慢してよ」
 傍から見れば、あまりにも小さな悩みかもしれない。でも、俺たちにとっては一大事だった。
 今まで席も近くて、ずっと一緒にいたからこそ、離れるのは不安しかない。
「俺たち、なんか必死だな」
「必死にもなるよ。間山と離れるかもしれないって考えたら」
 そのままソファに押し倒される。
「クラスが離れても、俺以外とはそんなに仲良くならないで」
「なれないって。言っとくけど、もともとぼっちだったから」
「関係ないよ。俺が好きになったんだから」
 それから、離れていた唇は簡単に重なり、さらに朝宮の動きが少し強くなっただけで、思わず声が漏れそうになる。
 恥ずい!
 何度も思うことだけど、慣れなくて慌てて口を押さえようとすると、縫い止めるように朝宮の手で阻止された。
「……間山」
 名前を呼ばれて顔を上げると、さっきよりもずっと近い距離で見つめられていた。熱を帯びた視線に捕まって、もう目を逸らせない。
「てことで、していい?」
「するつもり満々じゃん」
「間山が近くにいると我慢できなくなるから」
 悪びれた様子もなくそんなことを言われたら、まあいいか、なんて思ってしまうから不思議だ。
 朝宮の首に腕を回すと、すぐにうれしそうに目を細めるのが分かる。
「間山、好きだよ」
「うん、俺も」
 もう一度重なった唇は、さっきよりもずっと柔らかくて、やさしかった。
 そのままソファに沈み込むようにして、また距離がなくなっていく。
 高校生活最後の一年。不安なこともあるけど、朝宮となら乗り越えられるように思えた。

「……奇跡が起こった」
 翌朝、俺たちは学校の正門で待ち合わせて一緒に昇降口へ向かう。
 そこにはクラス表が貼り出されており、俺たちは見事同じクラスになることができた。
「え、見間違いじゃないよな……?」
 何度も確認する。三年一組。そこには、やっぱり朝宮と俺の名前がある。
「生き延びた」
 隣から、心底ほっとしたような朝宮の声が聞こえてくる。
「今年も一年よろしく」
「ん」
 ふたりで微笑み合っていたところに、「いいよな、お前らは」と常川田が入ってきた。
 常川田は、朝宮とつるんでいるメンバーのひとり。ムードメーカー的存在だけど、お調子者な一面もあるせいか、朝宮には雑に扱われている。だけど、すごくいい奴で、いつの間にか俺も素で仲良くなっていた。
「あ、おはよう」
「おはようじゃないんだよ、おはようじゃ」
 おお、やさぐれている。
 そんな常川田の後ろから、榊があくびをしながら歩いてきた。
 長髪イケメンの榊も、常川田と同じく朝宮のイツメン。クールなツッコミ役で、常川田とはいいコンビと言える。俺を茶化すこともあるけど、実は面倒見がよくて頼れる奴だ。
「こいつ、クラス替えが気になりすぎて朝七時から待機してたんだって」
「七時!?」
 朝宮と学校で合流したのは八時過ぎだ。
 ということは、常川田は一時間以上ここに居座っていたのか。
「先生たちが鬼畜でさ。七時に来た俺になんて言ったと思う?」
「早い?」
「八時まで昇降口前で待機しとけだって」
 わざわざ早起きまでした努力が、水の泡となったらしい。
「俺も榊もクラス離れたしさ」
 常川田は二組、榊は四組だった。常川田は不服そうだけど、榊に至っては「まあ学校一緒だしな」と余裕だ。
 俺なんて、昨日は不安で仕方ないことを朝宮に見抜かれてしまったというのに。
 とはいっても、常川田は顔が広く、あっちこっちに友達がいる。そこまで心配することはないだろう。榊も自由に伸び伸びと過ごすはずだ。
「間山、こいつらは放っておいていいから行こう」
 鬼畜がここにもいた。朝宮には情というものが突然欠けるときがある。特に、このふたりに対しては。
「つか思ったけどさ、お前らいつまで名字呼びなんだよ」
 榊が不思議そうに俺たちを見ていた。
「あー……一回挑戦したことあったんだけど」
 それこそ、俺から名前呼びにしないかと提案したことがあった。そのとき、朝宮から「晴」と呼ばれたけど、あまりの破壊力で耐えられなくなり、そこからまた名字呼びに戻っていた。
「俺は今すぐ呼べるけど」
「ごめん、朝宮と間山でお願い」
 朝宮を光星呼びするのも勇気がいる。一度は成功したけど、結果的に朝宮呼びが定着していることもあり、今もそのままだ。
「じゃあ、放課後は集まろうぜ」
 常川田の提案を華麗にスルーした朝宮は、「間山、教室行こう」と俺に微笑みかけた。「俺の話を聞けや」とクレームが入っても、シャットアウトだ。
 朝宮と一組に行くと、黒板には座席表が貼り出されている。
 席は出席番号順だ。
 朝宮は一番だから窓際の列の一番前の席。対して俺は二十四番。廊下側の列の後ろから二番目の席だった。
 つまり、席が端と端に離れてしまったわけで、さすがに予想はしていたけど、ちょっと残念でもある。
「離れたか」
 ぽつり、朝宮は言ったかと思えば、「抗議する」と予想の斜め上を行く考えを発動する。
「抗議はだめだろ」
「間山と席離れたし」
「離れたけど、同じクラスだからさ」
「それは……そうだけど」
 言葉とは裏腹に不服そうだ。
「会いに行くから」
「教室一緒じゃん」
「間山の席に行くから。授業終わったらすぐ」
「いいって。俺も行くからさ」
「間山を動かさせるわけにはいかない」
 どこに信念を置いているのか。朝宮の過保護さは日を追うごとにヒートアップしている。
 そのときチャイムが鳴ったことで、朝宮は渋々自分の席へと向かった。その姿に苦笑して、俺も自分の席に向かう。
 ふと周囲を見渡せば、前後も隣も斜めも、知っている生徒ではなかった。
 朝宮を見れば、すでに後ろと隣の生徒から声をかけられている。
 俺とは違い、朝宮は人気者だ。本人が望んでいなくても、目立つし、友達になりたいと思わせるカリスマ性もある。
 一緒にいる時間が長くてつい忘れそうになるけど、朝宮ってやっぱすごい奴なんだよな。
 それにしても……常川田と榊もいないから、なんか教室が静かだ。そのとき、クラスメイトたちと話していた朝宮と目が合った。
 その顔はふっと柔らかいものに変わって、微笑まれる。
 不安ではあるけど、それでも朝宮と同じクラスになれたんだから、この一年は大丈夫だ。
 そう思えたら、心がすっと軽くなった。

「今配った進路調査票は金曜日が締切だからなー」
 去年から赴任してきた若手の男性教師で、担任の波多野(はたの)先生が教卓に手をついた。長身で、茶髪でパーマをかけていておしゃれだ。生徒との距離が近くて話しやすい。
 ふわっと高三に突入したが、よくよく考えたら今年は受験だ。
 一応進学予定ではあるけど、卒業したあとのことなんてほとんど考えていない。
 そもそも、勉強が苦手な人間でも入れる大学なんてあるのか。
 地元の大学をいくつか思い浮かべる。大学に行って学びたいことを考えるけど、いまいちパッとしない。
 帰りの時間になると、恒例のように朝宮が俺の席にやってきた。
「これ、決まってる?」
 さっき配られた進路調査票を持ち上げると、朝宮は「ああ」とうなずいた。
「間山が行く大学」
「えっ……いや、俺と朝宮じゃ頭の出来が違うっていうか」
 俺が狙うようなところよりも、断然ハイレベルな大学に行けると思う。
 それに俺は、行きたい大学があるわけでもない。
「どっちかっていうと、朝宮が行く大学に行きたいなとは思うけど」
「俺?」
 目を丸くさせた朝宮は、「そんな考えはなかった」とガチトーンで返してくる。
「行きたい大学ないの?」
「間山がいない場所には行きたくない」
「それは、俺だって同じだけど……どこかひとつでも考えたことある大学はないの?」
 そう尋ねると、朝宮は渋々といった様子で口を開いた。
「……まあ、K大学は考えたことがあるけど」
「へえ……ってK大!?」
 偏差値がかなり高いと評判のハイレベ大学だ。まさか、自分の周りであの大学を目指している人間がいるなんて。
「ちなみにどこの学部か聞いても……?」
「今のところ経済かな」
「……似合うよ、ぴったりだ」
 俺の彼氏は、すごいところを狙っていたらしい。
 だけど、朝宮が行きたいと思う場所についていきたいのも事実だ。
「俺も考えてみようかな」
 ぽつりと出た言葉に、朝宮が勢いよく俺を見た。
「間山もK大?」
「あっ、いや、無理だとは思うけどね? でも、朝宮と同じ大学に行けたらいいなって思ったりして」
 その瞬間、朝宮が破顔した。
「俺も思った。てか行こ」
「う、うん」
 こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
 高校を卒業しても朝宮と同じ大学に通えるなら、これ以上うれしいことはない。
「で、さっき何考えてたの?」
 朝宮に聞かれて、「さっき?」と聞き返す。
「目合ったとき。なんか考え事してる顔だった」
「なんで分かるんだよ」
 思わず苦笑がこぼれてしまうと、「間山のことは分かるよ」と当たり前のように返ってきた。
「いや、朝宮はどこに行っても人気者だなと思って」
「俺のことだけ?」
「え?」
「ほかには?」
「ほか……あー常川田と榊も同じクラスだったらよかったのにな、とか?」
「あいつらいなくて寂しい?」
「そりゃあ、寂しいとは思うけど」
「でも、俺がいるからいいでしょ」
 その顔は、どこか嫉妬を感じさせるようなものだ。
「まあ、それはそうだけどさ」
「おーい、堂々とイチャイチャすんな」
 廊下から常川田と榊がやってくる。どうやら俺たちをからかいに来たらしい。
「お前ら来んなよ」
 朝宮は不満そうだ。俺としては二年のときに戻れたみたいで、四人揃うことがうれしかった。

 金曜日の放課後。俺は慌てて職員室へと向かっていた。
 進路調査票の締切が今朝だったことを、昇降口に着いた途端に思い出したのだ。
 朝、という時点で締め切りを過ぎているけど、望みはまだあるはず。
 一緒に帰ろうとしていた朝宮は、当然のような顔で『一緒に行く』と言ってくれたけど、さすがに申し訳なくて、『ダッシュで行ってくるから』と説得して待ってもらうことにした。
 朝宮を、そんなに長く待たせるわけにはいかない。できるだけ早く戻れるよう努力しよう。
 締切が過ぎた提出物に対して波多野先生はかなり厳しいと、始業式が始まってから知った。
 噂で聞いた限りだが、忘れ物をしたり、無断で遅れたりするようなことがあれば、成績表の評価は散々なことになるらしい。
 職員室に着くと、波多野先生がいた。
 その前にひとりのクラスメイトがいて、俺と同じように進路調査票を出しているのが見える。
「で、お前は本当にこの大学に行きたいのか」
 盗み聞きはよくないと思いつつ、聞こえてきた会話につい反応してしまった。
「行きたいかって聞かれると微妙」
「なんだよ微妙って」
「この大学有名じゃん? ここ入れたら俺すごくね? みたいな」
 なんかすごい理由で志望校にしてる奴がいるな。
「だから、ここ入ろっかなって」
「……まあ、とりあえず分かった。でも進路のことだからゆっくり考えろ」
 手元の調査票を見る。第一志望には、K大学の名前を書いたばかりだ。
 朝宮と行けたらいいな、と思って目指す大学。
「お、間山」
 先生が俺に気づいた。
 流れで進路調査票を渡すと、先にいたクラスメイトが「あとは頼んだ」とバトンを置いていくように職員室から逃げていく。
「K大?」
「あ……はい」
「今の間山の成績だと、かなり厳しいんじゃないか?」
「……そうなんですけど」
 さっきの会話を聞いたあとだから、何を答えても気まずい。
「まあ、分かった」
 「失礼します」と職員室を出ると、どっと疲労感が出た。
 朝宮と同じ大学に行くのは、やっぱり厳しいのか。
「でも、朝宮と同じ大学に行きたいんだよな」
 俺がK大を考えてみると言ったときの朝宮のうれしそうな顔を思い出し、改めて思う。
 やっぱりK大を目指したい。