僕の願いを君にたくして

 昼休み。ヤマセンに呼ばれて職員室へ行っていた加奈子が戻ってきた。加奈子はいつも通り自分の机を聖奈と茜の机にくっつけると、椅子に座り弁当箱を取り出す。
「私も海外研修行くことになった」
 加奈子は弁当箱を包んでいる巾着を開けながらサラッと発表した。
「ん!?」
 聖奈は口の中のシュウマイを危うく吹き出しそうになった。
「えええええ!? え?」
 茜は「え」を連発している。
「え、じゃあさっき呼ばれてたのってそういうこと?」
 食べていたシュウマイを飲み込んだ聖奈の問いに加奈子は頷いた。
「やったー!!!!!!」
 聖奈はとびっきりの笑顔を見せる。
「ということで、よろしく!」
 右手で握手を求めてきた加奈子に聖奈も応えた。お互いに握り合った手を上下に細かく5回動かした後、2人はパッと手を離した。
「そういえば加奈子って結局何位だったの?」
 茜は小さな串に刺された小さいサンドイッチを片手に尋ねた。
「12位。なんとも言えない順位だったけど、辞退者が多かったみたい。ちなみに私が最終枠だってさ」
 そう言って加奈子はお弁当の中に入っていた野菜の煮物をパクッと口に入れた。
「それにしてもクラス3位様がここにおられたとは…」
 茜は加奈子を拝み始めた。
「ううん、4位」
 加奈子は首を軽く横に振った。
「え、そうなの?」
 聖奈は少し目を丸くした。
「てことは8組から海外研修行くの4人?」
 茜も同じことを思ったらしい。驚いたように聞いた。
「いや、私と聖奈と宮田くんの3人だって。誰か分からないけど1人辞退してるっぽいね」
 加奈子は今しがた先生から聞いた情報を話した。
「私が3位だったら絶対行くんだけどなー。そしたら3人で海外旅行だよ?」
 茜がふくれ顔をした。
「いや、その3位が辞退しないと私が行けなくなるから」
 加奈子がツッコミをいれる。
「お土産楽しみにしております」
 茜は胸の前で手を合わせると深々とお辞儀をした。

◆◆◆◆◆

 ここのところ雨が続いている。これが梅雨というものか、今年は特にひどい気がする。雨のイメージが強い6月も残すところあと1日となった放課後、聖奈と加奈子は化学室へと向かった。
 ガラガラガラガラ。
「お、来たねー。金子とー、佐久間さんかなー?」
 黒板の前には海外研修の引率をする化学の柳川先生が立っている。眼鏡をかけた40代の男性教師。1年生の授業は担当していないが、聖奈の所属している化学部の顧問をしている。
「はい、佐久間です」
 柳川先生の問いに加奈子が答えた。
「んじゃ、奥から座ってもらおうかなー」
 聖奈と加奈子は奥の方の席に2人並んで座った。
 その後もパラパラと人が集まっては、その度に柳川先生が出席確認をしていく。
「これで全員揃ったかな。じゃあ、海外研修の説明会を始めますねー」
 集合時間ギリギリにやってきた宮田くんが着席するや否や、柳川先生は「海外研修のしおり」と書かれたホチキス止めの冊子を配りはじめた。
「えー、知っての通り、海外研修は8月7日から8月14日までの8日間。エグレシア王国にて行われます。しおりの4ページ開いてー」
 柳川先生の指示に従い、生徒たちは「海外研修のしおり」を開いた。

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【海外研修の全体スケジュール】
8/7 移動(日本→エグレシア王国)
8/8 エグレシア大学全体講義
8/9 エグレシア大学全体講義
8/10 エグレシア大学研究室見学→ミュージカル鑑賞
8/11 自由行動
8/12 ウェスター鉱山見学
8/13 帰国(エグレシア王国→日本※日本時間8/14着)
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 柳川先生はしおりを見ながら次々と補足を入れていく。
「8月8日から8月10日までの3日間、この、エグレシア大学で講義を受けたり見学をしたりするってのがこの海外研修のメインイベントになりますねー」
 柳川先生はしおりをペラペラとめくり出した。
「あったあった。しおりの24ページに講義内容が書いてあるから、各自目を通しておくようにー」
 聖奈は英語で書かれた講義名にザッと目を通す。薬学や医学関連の講義は無いみたいだが、微生物の講義から天文の講義まで幅広いジャンルの講義が受けられそうだ。理系分野では世界最高峰と言われているエグレシア大学。聖奈は胸を踊らせた。
「8月10日の夜は、みんなでミュージカルを観に行きましょう。エグレシア王国は芸術分野も盛んですからねー」
 柳川先生が「ミュージカル」という言葉を発した瞬間、加奈子の口元が緩んだのを聖奈は見逃さなかった。おそらく明らかに文系の加奈子が海外研修行きを決めた理由はこれだろう。せっかくの機会ということもあり、学校側はミュージカルを観劇する時間を用意してくれたみたいだ。
 その後も柳川先生は淡々と海外研修の大まかな流れを説明していく。
「スケジュールはザッとこんな感じかな。あー、そうだ、言い忘れてた、11日の自由行動だけど、しおり記載の地図の範囲であればどこに行ってもOK。但し、行き先は前日までに私に伝えること。ちなみに私は科学博物館に行くつもりなので、興味ある人と特に行きたい場所ないって人は一緒に行きましょうねー」
 聖奈はしおりの後半のページに載っているエグレシア王国の地図をじっと見つめた。
 それから柳川先生は、飛行機について、お金について、ホテルについて……サクサクと流れるように説明を続けていく。
「それで、ホテルの部屋割だけど、今回は男女ともに偶数だったので、全員生徒同士で2人ずつになってもらいます。特に希望なければクラス順にするけど、どうする?」
 これは、男子に向けられた問いらしい。なぜなら今回の研修参加者は全体で男子6人女子2人だからである。聖奈と加奈子はありがたいことに同部屋確定らしい。そしてクラスも部活もそれぞれ違う男子たちは全員静まり返っていた。
「じゃ、暫定でそういうことにしておきましょうかね。何かあれば言ってねー」
 柳川先生はしおりをペラっとめくり机の上に置いた。
「最後に大事な宿題のお話です!」
 柳川先生はパンと手を叩き胸の前で合わせた。
「みなさんにはレポートを書いてもらいます。しおりの『課題について』と書かれたページにあるテーマの中から1つ選んで、A4の紙1枚に英語でまとめてください。2週間後の7月14日までに提出ね。大学に提出するやつだから締め切り厳守よー」
 柳川先生は右手の人差し指を立てて顔の横でチョンチョンと振った。高校教師って……やっぱり変わり者が多い。

 一通りの説明と質疑応答を終えた柳川先生は机の上の自分用しおりをパサッと閉じた。
「じゃ、他に何かあればいつでも聞いてね。解散でー」
 柳川先生はスタスタと教室を後にした。

◆◆◆◆◆

 聖奈と加奈子は教室に戻り、帰り支度をはじめた。
「課題かー。やられた」
 加奈子はしおりをじーっと見ている。
「舞台目当てだったでしょー」
 聖奈はニヤリとしながら加奈子の方を向いた。
「そりゃ当然」
 加奈子は開き直っている。
「聖奈はやっぱり生物系か化学系?」
「まだ悩んでるけど、鉱物資源の活用についてまとめようかなって」
「へぇ、意外」
「加奈子はどうするの?」
「まあ、この中で興味あるのは天文かなー。今ハマってる小説が宇宙関連なんだよね」
 ここで「一緒にやろう」とならないあたりが進学校である。2人は教室をあとにした。