前期中間試験から2週間が経過した。各教科の解答用紙は授業中に返却されており、もう全て揃っている。ちなみに聖奈の点数は……国語(現代文)85点、国語(古文・漢文)88点、英語(リーダー)100点、英語(グラマー)94点、数学(Ⅰ)96点、数学(A)93点、日本史91点、地理87点、生物98点、地学95点。合計927点。どの教科も平均点が50点前後の試験。8位以内に入れただろうか……。考えれば考えるほど不安になる。聖奈はあまり試験のことを思い出さないようにした。
聖奈だけでなくほとんどの生徒の頭の中から「前期中間試験」の存在が消えかかり、学校中が9月に行われる文化祭モードになりつつあった。それにしてもまだ6月だというのに、進学校とは思えない熱の入りようである。
今日のLHRでは文化祭の劇の演目を決めるらしい。文化祭クラス委員の青山結衣と宮脇真由が黒板の前に立った。
「先週伝えた通り、今日は文化祭の劇の演目を決めたいと思います」
宮脇さんが話し始めるのと同時に青山さんが白い小さな紙を配り始める。
「まずは、今配布している紙にやりたい演目を記入してください。演目のあらすじや必要キャスト人数などあとで説明してもらいたいので記名式でお願いします。お任せという人は白紙で大丈夫です。その後投票で第三希望まで決めたいと思います」
宮脇さんが説明を続けていく。ちなみに第三希望まで決めるのは、演目が他クラスと被ってしまった場合に備える必要があるからだ。基本的に上級生優先のため1年生の希望は通りにくい。
聖奈は配られた紙が手元に届いた瞬間、白紙のまま小さな紙を折りたたんだ。「白紙でOK」というのは助かる。別に文化祭に非協力的なわけではない。むしろ頑張りたいと思っている。高校の思い出はこの3年間でしか作れないのだから。ただ、人にはそれぞれ頑張りどころがあって、自分の頑張りどころは今じゃないと思う。というか、こういうときは強い希望を持っている人に合わせた方がスムーズであろう。
言い訳みたいだけど、これが本音である。聖奈はぼんやり窓の外の景色を眺めた。
青山さんと宮脇さんは演目の書かれた紙を回収し終えると、それらを黒板に書き並べた。
やはり有名ミュージカル劇団の演目やミュージカル映画になっているような童話が多い。そして心なしかほとんどが恋愛絡みの演目な気がする。……いや、そもそも世に溢れている作品のほとんどが恋愛絡みなのかもしれない。
聖奈はそんな演目たちの羅列を見つめた。すると、最近見た言葉が黒板に現れる。
「……これ、茜だな?」
隣から聞こえた小さな声に反応して聖奈は首を横に向けた。加奈子は目を細めてじーっと茜の方を見ている。
聖奈は再度黒板を見た。『時ノ戦い』と書かれている。加奈子の部屋に置いてあったパンフレットの演目だ。
「いやー、なんかキャスト決めが平和に終わりそうな作品だなーって思ってね」
振り向いた茜は何かを企む子供のような目をしていた。
「万が一決まったらどうするのさ。あらすじ知らないでしょ」
加奈子は呆れた顔をする。
「いや、知ってるよ。配信サイトにあったから。5年くらい前のだったから、加奈子が見たやつと少し違うかもしれないけど」
茜はイタズラっぽい笑顔を見せた。
「なるほど。まあ、任せるよ」
と相変わらずの呆れ顔をする加奈子の口角は少し上がっていた。
◆◆◆◆◆
『時ノ戦い』
ときは戦国時代。紅月城の城主である紅月清貴は戦国の世では珍しく「平穏」を好む武将であった。そんな清貴は戦いではなく同盟を結ぶことで城を守っていた。しかし、ある日、先代の時代に長く敵対していた黒山家に裏切られ、奇襲をかけられてしまう。
圧倒的に不利な戦いの中なんとか粘るも、清貴は仲間を助けようとし、斬られてしまう。瀕死の清貴を救うべく、側近の松永空信は清貴を背負い、名医のいる城へと戻るのだが……途中で清貴は息絶えてしまった。そのことに気付いた空信が、視界に入った小さな祠に願いをかけるところから物語が始まる。
空信が目覚めるとそこは10年前の紅月城だった。そして、空信は「1度目の人生」の記憶を頼りに城の人々を救いながら、来たる合戦で紅月家を守ったのだった。
『時ノ戦い』についての説明を求められた茜は、椅子をひいて立ち上がると、まるで台本でも読み上げるようにすらすらと簡単なあらすじを語った。
「……まあ要約すると、タイムリープして城を救う話って感じかな。それで、キャストは……主人公2人を含め、メインキャストが男性10人くらい、アンサンブルキャストが男女ともに3〜4人ずつくらい。男性役を女子がやるってのもアリだと思うので、その辺はよきようにって思ってます!」
茜はストンと自分の椅子に座ると、加奈子の方を振り返った。加奈子は安心したように息を吐いた。
主人公が男性2名という点がこのクラスに合っていると思われたのか、藤原くんと宮田くんに和装させてみたい女子が多かったのか。1年8組の第一希望は『時ノ戦い』になった。この演目が他のクラスと被るなんて、まずあり得ないだろうから、ほぼ確定である。
文化祭の演目が決まり、青山さんと宮脇さんが自席に戻っていく。すると、突然担任のヤマセンが小さな紙の束を持って立ち上がった。
「じゃあ、中間の順位表配るぞー。青山ー。」
椅子に座ったばかりの青山さんが立ち上がった。そのまま次々と名前が呼ばれていく。相変わらず怠そうにしているヤマセンは、今回は紙の束を手元にしっかり抱えていた。ただ配り方がまるでティッシュ配りのそれだ。
「金子ー」
聖奈は順位表を受け取るや否や、学年順位を確認する。
「どうだった?」
席に戻らずに待ち構えていた茜が小声で聞いてきた。聖奈は順位表を広げて茜に見せる。
「やったじゃん!」
茜はテンションに似合わない小声でハイタッチを求めてきた。聖奈は軽く茜の手をパンっと叩く。そこにはクラス順位2位、学年順位6位と記載されている。そのまま2人は座席に戻っていった。
「8位以内、入れたみたいだね。」
教卓の方から戻ってきた加奈子は自席の椅子に座ると聖奈に微笑みかけた。
「うん、6位!」
聖奈は順位表を胸の前で掲げて加奈子にも見せた。
「さすが」
加奈子は小さな拍手を送ってくれた。
「加奈子はどうだったの?」
茜が加奈子の方を向いた。
「茜はどうなのさ。」
「聞いて! 199位! 200番台から抜け出せました!」
茜は自分に拍手を送った。まあ、学年に300人以上いることを考えると、茜にしては頑張った方である。
「良かったじゃん!」
「で、加奈子は?」
「ひみつー」
「えー!こっちの順位は教えたのにー!」
「んじゃ、二桁順位、とだけ」
茜と加奈子がいつも通りわちゃわちゃと茶番を繰り広げている。
「宮田ー」
教卓の方から宮田くんの名前が呼ばれたのを聞き、聖奈はフッと顔を教卓の方へと向けた。
順位表を受け取った宮田くんはクルッと後ろを振り向き、聖奈の方に視線を向ける。バチっと目が合ったのを感じた聖奈は微笑みながらコクンと頷いた。
「宮田くんどうだった?」
教室の前の方では宮脇さんが宮田くんの肩をツンツンと指で叩きながら話しかけている。宮田くんは順位表を宮脇さんの方に向けた。
「え! 1位! すご!」
前方の席の人やちょうど順位表を受け取りに来た人たちが宮田くんの周りに群がりはじめた。
「1位はやっぱり宮田くんかー」
いつの間にやら茜と加奈子の茶番劇は終わっていたらしい。茜は座席の背もたれに体をどっぷりつけながら前方の集団を見た。
「じゃあ、ウチのクラス、少なくとも聖奈と宮田くんは海外研修行きだね」
加奈子はニヤッとしながら聖奈の方を見る。
「いやー、さすがに宮田くんは行かないんじゃない? 忙しいからって部活入ってないくらいだし」
茜は机と椅子にそれぞれ肘をつき、くつろぎながら言った。
「そう? でも私なら宮田くんが海外研修に行く方に500ファス賭けたいね」
加奈子は自信たっぷりの表情を見せる。
「じゃあ私は1000ファス、行かない方に!」
茜が加奈子に対抗する。
「聖奈は?」
加奈子に茶番への参加を促された聖奈は戸惑った。
「え、じゃあ、行く方に100ファス……」
「ところで加奈子ー、このファスって何?」
「エグレシア王国の通貨単位に決まってるでしょ? ちなみにほぼ日本の円と同じくらいの価値だからね。」
この賭け事は3人の記憶からいつの間にか消えていた。
聖奈だけでなくほとんどの生徒の頭の中から「前期中間試験」の存在が消えかかり、学校中が9月に行われる文化祭モードになりつつあった。それにしてもまだ6月だというのに、進学校とは思えない熱の入りようである。
今日のLHRでは文化祭の劇の演目を決めるらしい。文化祭クラス委員の青山結衣と宮脇真由が黒板の前に立った。
「先週伝えた通り、今日は文化祭の劇の演目を決めたいと思います」
宮脇さんが話し始めるのと同時に青山さんが白い小さな紙を配り始める。
「まずは、今配布している紙にやりたい演目を記入してください。演目のあらすじや必要キャスト人数などあとで説明してもらいたいので記名式でお願いします。お任せという人は白紙で大丈夫です。その後投票で第三希望まで決めたいと思います」
宮脇さんが説明を続けていく。ちなみに第三希望まで決めるのは、演目が他クラスと被ってしまった場合に備える必要があるからだ。基本的に上級生優先のため1年生の希望は通りにくい。
聖奈は配られた紙が手元に届いた瞬間、白紙のまま小さな紙を折りたたんだ。「白紙でOK」というのは助かる。別に文化祭に非協力的なわけではない。むしろ頑張りたいと思っている。高校の思い出はこの3年間でしか作れないのだから。ただ、人にはそれぞれ頑張りどころがあって、自分の頑張りどころは今じゃないと思う。というか、こういうときは強い希望を持っている人に合わせた方がスムーズであろう。
言い訳みたいだけど、これが本音である。聖奈はぼんやり窓の外の景色を眺めた。
青山さんと宮脇さんは演目の書かれた紙を回収し終えると、それらを黒板に書き並べた。
やはり有名ミュージカル劇団の演目やミュージカル映画になっているような童話が多い。そして心なしかほとんどが恋愛絡みの演目な気がする。……いや、そもそも世に溢れている作品のほとんどが恋愛絡みなのかもしれない。
聖奈はそんな演目たちの羅列を見つめた。すると、最近見た言葉が黒板に現れる。
「……これ、茜だな?」
隣から聞こえた小さな声に反応して聖奈は首を横に向けた。加奈子は目を細めてじーっと茜の方を見ている。
聖奈は再度黒板を見た。『時ノ戦い』と書かれている。加奈子の部屋に置いてあったパンフレットの演目だ。
「いやー、なんかキャスト決めが平和に終わりそうな作品だなーって思ってね」
振り向いた茜は何かを企む子供のような目をしていた。
「万が一決まったらどうするのさ。あらすじ知らないでしょ」
加奈子は呆れた顔をする。
「いや、知ってるよ。配信サイトにあったから。5年くらい前のだったから、加奈子が見たやつと少し違うかもしれないけど」
茜はイタズラっぽい笑顔を見せた。
「なるほど。まあ、任せるよ」
と相変わらずの呆れ顔をする加奈子の口角は少し上がっていた。
◆◆◆◆◆
『時ノ戦い』
ときは戦国時代。紅月城の城主である紅月清貴は戦国の世では珍しく「平穏」を好む武将であった。そんな清貴は戦いではなく同盟を結ぶことで城を守っていた。しかし、ある日、先代の時代に長く敵対していた黒山家に裏切られ、奇襲をかけられてしまう。
圧倒的に不利な戦いの中なんとか粘るも、清貴は仲間を助けようとし、斬られてしまう。瀕死の清貴を救うべく、側近の松永空信は清貴を背負い、名医のいる城へと戻るのだが……途中で清貴は息絶えてしまった。そのことに気付いた空信が、視界に入った小さな祠に願いをかけるところから物語が始まる。
空信が目覚めるとそこは10年前の紅月城だった。そして、空信は「1度目の人生」の記憶を頼りに城の人々を救いながら、来たる合戦で紅月家を守ったのだった。
『時ノ戦い』についての説明を求められた茜は、椅子をひいて立ち上がると、まるで台本でも読み上げるようにすらすらと簡単なあらすじを語った。
「……まあ要約すると、タイムリープして城を救う話って感じかな。それで、キャストは……主人公2人を含め、メインキャストが男性10人くらい、アンサンブルキャストが男女ともに3〜4人ずつくらい。男性役を女子がやるってのもアリだと思うので、その辺はよきようにって思ってます!」
茜はストンと自分の椅子に座ると、加奈子の方を振り返った。加奈子は安心したように息を吐いた。
主人公が男性2名という点がこのクラスに合っていると思われたのか、藤原くんと宮田くんに和装させてみたい女子が多かったのか。1年8組の第一希望は『時ノ戦い』になった。この演目が他のクラスと被るなんて、まずあり得ないだろうから、ほぼ確定である。
文化祭の演目が決まり、青山さんと宮脇さんが自席に戻っていく。すると、突然担任のヤマセンが小さな紙の束を持って立ち上がった。
「じゃあ、中間の順位表配るぞー。青山ー。」
椅子に座ったばかりの青山さんが立ち上がった。そのまま次々と名前が呼ばれていく。相変わらず怠そうにしているヤマセンは、今回は紙の束を手元にしっかり抱えていた。ただ配り方がまるでティッシュ配りのそれだ。
「金子ー」
聖奈は順位表を受け取るや否や、学年順位を確認する。
「どうだった?」
席に戻らずに待ち構えていた茜が小声で聞いてきた。聖奈は順位表を広げて茜に見せる。
「やったじゃん!」
茜はテンションに似合わない小声でハイタッチを求めてきた。聖奈は軽く茜の手をパンっと叩く。そこにはクラス順位2位、学年順位6位と記載されている。そのまま2人は座席に戻っていった。
「8位以内、入れたみたいだね。」
教卓の方から戻ってきた加奈子は自席の椅子に座ると聖奈に微笑みかけた。
「うん、6位!」
聖奈は順位表を胸の前で掲げて加奈子にも見せた。
「さすが」
加奈子は小さな拍手を送ってくれた。
「加奈子はどうだったの?」
茜が加奈子の方を向いた。
「茜はどうなのさ。」
「聞いて! 199位! 200番台から抜け出せました!」
茜は自分に拍手を送った。まあ、学年に300人以上いることを考えると、茜にしては頑張った方である。
「良かったじゃん!」
「で、加奈子は?」
「ひみつー」
「えー!こっちの順位は教えたのにー!」
「んじゃ、二桁順位、とだけ」
茜と加奈子がいつも通りわちゃわちゃと茶番を繰り広げている。
「宮田ー」
教卓の方から宮田くんの名前が呼ばれたのを聞き、聖奈はフッと顔を教卓の方へと向けた。
順位表を受け取った宮田くんはクルッと後ろを振り向き、聖奈の方に視線を向ける。バチっと目が合ったのを感じた聖奈は微笑みながらコクンと頷いた。
「宮田くんどうだった?」
教室の前の方では宮脇さんが宮田くんの肩をツンツンと指で叩きながら話しかけている。宮田くんは順位表を宮脇さんの方に向けた。
「え! 1位! すご!」
前方の席の人やちょうど順位表を受け取りに来た人たちが宮田くんの周りに群がりはじめた。
「1位はやっぱり宮田くんかー」
いつの間にやら茜と加奈子の茶番劇は終わっていたらしい。茜は座席の背もたれに体をどっぷりつけながら前方の集団を見た。
「じゃあ、ウチのクラス、少なくとも聖奈と宮田くんは海外研修行きだね」
加奈子はニヤッとしながら聖奈の方を見る。
「いやー、さすがに宮田くんは行かないんじゃない? 忙しいからって部活入ってないくらいだし」
茜は机と椅子にそれぞれ肘をつき、くつろぎながら言った。
「そう? でも私なら宮田くんが海外研修に行く方に500ファス賭けたいね」
加奈子は自信たっぷりの表情を見せる。
「じゃあ私は1000ファス、行かない方に!」
茜が加奈子に対抗する。
「聖奈は?」
加奈子に茶番への参加を促された聖奈は戸惑った。
「え、じゃあ、行く方に100ファス……」
「ところで加奈子ー、このファスって何?」
「エグレシア王国の通貨単位に決まってるでしょ? ちなみにほぼ日本の円と同じくらいの価値だからね。」
この賭け事は3人の記憶からいつの間にか消えていた。
