茜と美咲は眠りについたようだ。静まり返った部屋からは空調の音が薄く広がっている。頭の中で夢なのか考え事なのか曖昧な場所を彷徨いながら、聖奈は昔のことを思い出していた。
小学校3年生のとき。聖奈は1度だけ宮田くんと話したことがある。
夏休み。聖奈は自宅から徒歩20分くらいのところにある北山記念病院に1週間ほど通っていた。おばあちゃんが入院していたのだ。
聖奈の家はお母さんが働いていることもあり、おばあちゃんにはだいぶお世話になっていた。だからこそ心配してお見舞いに来ていたというのもあるが……これはお母さんの指示でもあった。というのも、聖奈のお母さんはこの病院で小児看護師として働いている。家に1人ぼっちで留守番させるよりも、病院にいてもらった方が安心というわけだ。
おばあちゃんの入院は、命に関わるものでも後遺症が残るものでもなく「ちょっと安静に」くらいの怪我によるもので、聖奈にとっては正直ただ退屈なだけの1週間だった。あのとき病室で見ていた昼ドラの映像を聖奈は今でもなんとなく覚えている。内容までは覚えていないけれど。
そんな退屈な病院通い生活も終わり、おばあちゃんは退院することになった。
「先にこのスーツケース持って下降りてて。待合スペースで待ってなさい」
お母さんにそう言われた聖奈は、自分用のリュックサックを背負うと、大きなスーツケースをコロコロと転がしながら入院部屋を後にした。そのまま廊下を突き進み、突き当たりのエレベーターの前で立ち止まる。ストレッチャーも乗せられるような大きなエレベーター。「このエレベーターも見納めだな」と思いながら聖奈は逆三角形のボタンを押した。
しばらくして、ティーンと音を響かせながらエレベーターの扉が開いた。
「あ……」
エレベーターの中にいたのは同じ小学校に通う宮田理玖くんだ。聖奈は思わず声を漏らしてしまう。聖奈は軽く会釈をし、エレベーターに乗り込んだ。
大きなエレベーターに2人だけ。静かな空気が張り詰めた。
ティーン。
音が響き渡る。1階に着いたようだ。宮田くんが「開」ボタンを押してくれているのを見て、聖奈は再度会釈をしながらエレベーターを後にした。そのままスーツケースを押しながら歩き出す。すると突然、聖奈は待合スペースの手前で立ち止まった。待合スペースの座席は満席だ。聖奈は少し悩んだ後壁際に寄りかかり、その場で待つことにした。
どうやら宮田くんも行き先は同じだったらしい。聖奈に続いて宮田くんも壁際の方に寄ってきた。
「3組の金子さんだよね?」
もう話さない方が不自然だと感じた宮田くんが口を開いた。
「うん。1組の宮田くんだよね?」
聖奈はスーツケースに少し体重を預けつつ宮田くんの方を向いた。宮田くんはコクリと頷いた。
「退院?」
宮田くんはスーツケースを右手で指さした。
「うん、おばあちゃんが。怪我しちゃって1週間入院してたんだよね。もう元気になったから退院」
退屈だった病院通いから解放される嬉しさが、聖奈の声色から滲み出た。
「そっか。良かったね」
宮田くんは聖奈に微笑みかけた。
「うん、宮田くんはお見舞い?」
「……うん」
「そっか。早く良くなるといいね!」
「うん、ありがとう」
そのとき宮田くんが抱えていた事情に、聖奈は気付くことができなかった。ただ、動物的直感が働いたからなのか、無意識のうちに「この話題は深掘りしない方が良さそう」とは感じていた。
「そうだ。これあげる」
聖奈はリュックサックの横ポケットに手を突っ込むと、青色の丸い石でできたキーホルダーを取り出した。
「病気が治るお守りなんだって。おじいちゃんが間違って買ってきちゃったんだけど、ウチのは怪我で使えなかったから」
そこで聖奈はハッとした表情になる。
「あれ、宮田くんのところも怪我だった?」
「あ、いや、病気」
宮田くんは、矢継ぎ早に話す聖奈に少し戸惑いながら答えた。
それを聞いた聖奈は少しだけ真面目な面持ちで目を閉じると、右手と左手を合わせてキーホルダーを優しく包み込みながら合掌をした。
「病気良くなりますように」
聖奈はお守りに祈りを込めると、深い青が光るキーホルダーを宮田くんに渡した。
「はい」
「え、あ、ありがとう」
宮田くんは戸惑ったが、聖奈の好意を無駄にできなかった。
「おまじないもかけといたから、きっと良くなるよ!」
聖奈は宮田くんに微笑みかけた。
「うん」
宮田くんが返してくれた笑顔に少しだけ照れくさくなったのか、聖奈は目線を少し横にずらした。と同時に奥の方から近付いてくるお母さんとおばあちゃんの姿を視界に捉える。
「じゃあ、ママとおばあちゃんが来たから行くね。また学校でね!」
そう言うと、聖奈はスーツケースの向きを変えた。宮田くんが小さく手を振ってくれたのを見て、聖奈も少しだけ手を振り返した。そのまま聖奈はエレベーターの方へと進み、「会計」と書かれた矢印の方へと消えていった。
夏休みが明けたとき、宮田くんは転校してしまっていた。
宮田くんの弟が20歳まで生きられないと言われている病気を発症したこと。宮田くんの転校は大きな病院の近くに引っ越すためのものだということ。
聖奈がこれらの事実を知ったのは中学生になってからだった。
小学校3年生のとき。聖奈は1度だけ宮田くんと話したことがある。
夏休み。聖奈は自宅から徒歩20分くらいのところにある北山記念病院に1週間ほど通っていた。おばあちゃんが入院していたのだ。
聖奈の家はお母さんが働いていることもあり、おばあちゃんにはだいぶお世話になっていた。だからこそ心配してお見舞いに来ていたというのもあるが……これはお母さんの指示でもあった。というのも、聖奈のお母さんはこの病院で小児看護師として働いている。家に1人ぼっちで留守番させるよりも、病院にいてもらった方が安心というわけだ。
おばあちゃんの入院は、命に関わるものでも後遺症が残るものでもなく「ちょっと安静に」くらいの怪我によるもので、聖奈にとっては正直ただ退屈なだけの1週間だった。あのとき病室で見ていた昼ドラの映像を聖奈は今でもなんとなく覚えている。内容までは覚えていないけれど。
そんな退屈な病院通い生活も終わり、おばあちゃんは退院することになった。
「先にこのスーツケース持って下降りてて。待合スペースで待ってなさい」
お母さんにそう言われた聖奈は、自分用のリュックサックを背負うと、大きなスーツケースをコロコロと転がしながら入院部屋を後にした。そのまま廊下を突き進み、突き当たりのエレベーターの前で立ち止まる。ストレッチャーも乗せられるような大きなエレベーター。「このエレベーターも見納めだな」と思いながら聖奈は逆三角形のボタンを押した。
しばらくして、ティーンと音を響かせながらエレベーターの扉が開いた。
「あ……」
エレベーターの中にいたのは同じ小学校に通う宮田理玖くんだ。聖奈は思わず声を漏らしてしまう。聖奈は軽く会釈をし、エレベーターに乗り込んだ。
大きなエレベーターに2人だけ。静かな空気が張り詰めた。
ティーン。
音が響き渡る。1階に着いたようだ。宮田くんが「開」ボタンを押してくれているのを見て、聖奈は再度会釈をしながらエレベーターを後にした。そのままスーツケースを押しながら歩き出す。すると突然、聖奈は待合スペースの手前で立ち止まった。待合スペースの座席は満席だ。聖奈は少し悩んだ後壁際に寄りかかり、その場で待つことにした。
どうやら宮田くんも行き先は同じだったらしい。聖奈に続いて宮田くんも壁際の方に寄ってきた。
「3組の金子さんだよね?」
もう話さない方が不自然だと感じた宮田くんが口を開いた。
「うん。1組の宮田くんだよね?」
聖奈はスーツケースに少し体重を預けつつ宮田くんの方を向いた。宮田くんはコクリと頷いた。
「退院?」
宮田くんはスーツケースを右手で指さした。
「うん、おばあちゃんが。怪我しちゃって1週間入院してたんだよね。もう元気になったから退院」
退屈だった病院通いから解放される嬉しさが、聖奈の声色から滲み出た。
「そっか。良かったね」
宮田くんは聖奈に微笑みかけた。
「うん、宮田くんはお見舞い?」
「……うん」
「そっか。早く良くなるといいね!」
「うん、ありがとう」
そのとき宮田くんが抱えていた事情に、聖奈は気付くことができなかった。ただ、動物的直感が働いたからなのか、無意識のうちに「この話題は深掘りしない方が良さそう」とは感じていた。
「そうだ。これあげる」
聖奈はリュックサックの横ポケットに手を突っ込むと、青色の丸い石でできたキーホルダーを取り出した。
「病気が治るお守りなんだって。おじいちゃんが間違って買ってきちゃったんだけど、ウチのは怪我で使えなかったから」
そこで聖奈はハッとした表情になる。
「あれ、宮田くんのところも怪我だった?」
「あ、いや、病気」
宮田くんは、矢継ぎ早に話す聖奈に少し戸惑いながら答えた。
それを聞いた聖奈は少しだけ真面目な面持ちで目を閉じると、右手と左手を合わせてキーホルダーを優しく包み込みながら合掌をした。
「病気良くなりますように」
聖奈はお守りに祈りを込めると、深い青が光るキーホルダーを宮田くんに渡した。
「はい」
「え、あ、ありがとう」
宮田くんは戸惑ったが、聖奈の好意を無駄にできなかった。
「おまじないもかけといたから、きっと良くなるよ!」
聖奈は宮田くんに微笑みかけた。
「うん」
宮田くんが返してくれた笑顔に少しだけ照れくさくなったのか、聖奈は目線を少し横にずらした。と同時に奥の方から近付いてくるお母さんとおばあちゃんの姿を視界に捉える。
「じゃあ、ママとおばあちゃんが来たから行くね。また学校でね!」
そう言うと、聖奈はスーツケースの向きを変えた。宮田くんが小さく手を振ってくれたのを見て、聖奈も少しだけ手を振り返した。そのまま聖奈はエレベーターの方へと進み、「会計」と書かれた矢印の方へと消えていった。
夏休みが明けたとき、宮田くんは転校してしまっていた。
宮田くんの弟が20歳まで生きられないと言われている病気を発症したこと。宮田くんの転校は大きな病院の近くに引っ越すためのものだということ。
聖奈がこれらの事実を知ったのは中学生になってからだった。
